福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(1)市民500人に見送られて勇退、愛され市長4期16年の歩み

前福井県鯖江市長 牧野百男
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/02/02  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(1)
2021/02/05  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(2)
2021/02/09  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(3)
2021/02/12  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(4)


眼鏡、繊維、漆器が地場産業のものづくりの街、福井県鯖江市。「めがねのまちさばえ」として知られ、自治体初のオープンデータや女子高校生を市政に参加させる「JK課」など、革新的かつユニークな施策で全国から注目を浴びている。この地で2004年から4期16年にわたり行政運営を牽引。先日多くの市民に見送られながら任期満了を迎えた牧野百男前市長に、市民協働型まちづくりの歴史や自身の哲学を聞いた。インタビュー(1)と(2)では、就任当時の鯖江市の状況と、それをどのように再建させていったのかを紹介する。

のぼりに横断幕。市民約500人が集まった市役所前での勇退セレモニー

伊藤 牧野市長のご勇退セレモニーの様子を、いろんな方、特に若い方がブログやツイッターで発信されているのを拝見しました。

牧野氏 あれは私も驚きました。最初は職員と後援会の方が何人かお見えになるという話を聞いていたのですが、当日は本当にたくさんの方がのぼりや横断幕を持って会いに来てくださってね。あれだけ盛大にセレモニーをやっていただけるなんて夢にも思っていませんでしたから、感動と感激でしたね。

伊藤 私は短い期間ですけれど、10年間議員の経験があります。なのでパッと見たときに、その場にいる方たちが後援会の方なのか、後援会以外の方なのか? というのは分かります。牧野前市長のご勇退セレモニーのお写真には、本当にいろんな方が収まっている。この多様性に驚きました。

牧野氏 後援会だけじゃなく、区長会の元メンバーの方、各種団体の方もたくさん来ていただきました。特に女性団体が多かったように思いますね。後から聞いたのですが、地域活性化団体の若い女性たちが必死になって準備してくれたようです。セレモニーの動画も頂きました。当日は全ての方に一人ずつごあいさつできる状況ではなかったのですが、動画を拝見して、この方も? あの方も? と顔触れに驚くとともに、本当に感激しました。幸せでしたね。

勇退セレモニーの様子

勇退セレモニーの様子。市民の手作りうちわには「ありがとう」の文字

 

伊藤 あそこまで市民に愛されて引退できるなんて、お世辞ではなく本当に幸せだと思います。

牧野氏 現在の佐々木(勝久)市長とスムーズな引き継ぎができたことも嬉しかったですね。ずっと厳しい選挙戦を繰り広げてきた土地でしたから、前職と現職が対面で引き継ぎ書を交わすのが初めてでした。その日は引き継ぎ書にお互いはんこを押して、握手をして役職のバトンタッチをしました。

鯖江市役所の正面玄関で、私と現市長がタッチをしている様子が写真に収められまして。その写真が「広報さばえ」の表紙を飾ったのですが、ご覧になった市民の皆さんは安心されたのではないかと思います。

よかったです。あんなに素晴らしい引き継ぎができるとは、夢にも思わなかったです。

激甚災害や財政逼迫を「市民と共に」乗り越えた16年

伊藤 確か、牧野市長が初当選されたときはリコール(解職請求)がありましたよね?

牧野氏 そうです。リコールなので、引き継ぎの際に前市長はおられませんでした。当選と同時に市長就任ですから、文書だけの引き継ぎでしたね。それまでの市長交代選挙でも、ずっと厳しい選挙が続いていました。

伊藤 市長に初当選されたのが2004(平成16)年ですよね? 当時の鯖江市はどのような状況だったのでしょう?

牧野氏 私が就任したのは2004年、激甚災害に指定された「福井豪雨」の年でした。非常に大きな災害に遭って、その復旧と財政再建が急務でした。同時に平成の(市町村)大合併で揺れ動いていた時期(市を二分したリコールの署名活動、リコール成立後の選挙)でもありますから、厳しい状況でしたね。

伊藤 特にご苦労されたのはどんな点でしたか?

牧野氏 私が就任したのが2004年の10月17日でした。7月に福井豪雨があって、その直後だったんです。さらに同じ週には、激甚災害の台風23号に遭いました。4カ月で2度も大きな災害が鯖江を襲ったということです。当時はバブル崩壊後で(鯖江の産業である)眼鏡、繊維、漆器は下降気味。事業者数はバブル期の半分以下になっていました。市の財調(財政調整基金)も当時は2億円を切るような状況で、その中で追い打ちをかけるように激甚災害ということで、うまく後始末ができるのかなという心配はありましたね。

伊藤 今ちょうど財政調整基金の話が出ました。就任時が1・9億円ほどで、ご勇退されたとき(16年後)が約23億円。鯖江市の一般会計予算が年間約270億円の中で、毎年1億円強を平均して捻出していくのは相当大変だったのではないでしょうか?

牧野氏 私が就任した当時は高金利の時代でしたからね。自治省(現総務省)が進めていたリーディングプロジェクトの時代で、どんどん公共事業を行って景気を回復させようとしていました。建設事業に掛かるお金を35年償還で借りて、金利が年7%や5%。そのようなのが当たり前でした。

そういった高金利の借金をとにかく繰り上げ償還していったんです。国が認めてくれた繰り上げ償還は全部実施しました。それから地元の金融機関にお願いして、縁故債の繰り上げ償還もしました。地元の銀行さんも鯖江の財政の逼迫を感じて、私たちのお願いに応じてくれましてね。ありがたかったです。

伊藤 高い金利の借金を安い金利のものに借り換えすることで、将来払わなければいけない金利負担をギュッと圧縮したということですよね?

牧野氏 その通りです。後は「市民公募債」というものも実施しました。とにかく市民の皆さまにも市政に協力してほしい。子どもたちのためになるように学校を直す、あるいは施設を建てるということで、市民に協力をお願いしたんですね。そうしたら何と、その市民公募債がすぐに売り切れましてね。6億円くらい出したのですが。市民の皆さまが本当に温かく協力をしてくださいました。今でもその市民公募債は続いています。

伊藤 今でも毎年6億円、市民公募債が続いているのですか?

牧野氏 その年によってですが、多いときで6億円、少ないときで4億円ですね。市民の皆さんのご協力のおかげで、26・5億円くらいを繰り上げ償還できました。

伊藤 行政に対する社会の見方が厳しい時代にあって、お金を出してくれる市民がいないと消化できない公募債が毎年、ちゃんと消化できているというのは驚きです。鯖江市の財政再建は市民の方々の協力が大きかったということですね。

牧野氏 そうですね。後は行政の方でも工夫をしないといけませんから、とにかく健全財政の鉄則「入るを量りて出ずるを制す」に徹しましたね。普通債の発行が返済を上回らないように、ずっと見張ってきました。

おかげさまで就任当時は294億円ほど借金がありましたが、2019(令和元)年度で254億円まで減りました。40億円ほどしか減っていないように見えますが、254億円のうち116億円が臨時財政対策債です。これは後で地方交付税として措置されるので、実際は普通債だけを計算しますと138億円くらいですね。ですから実質的には136億円ほど普通債が減っています。今ある普通債の36%も元利償還で戻ってくるものですから、実際に出るのは90億円くらいです。福井県の中では、借金の減り方と財調(財政調整基金)の増え方はナンバーワンですね。

伊藤 すごいですね。その「出ずるを制す」の姿勢は、2004年の就任時からずっと一貫してということですよね?

牧野氏 ええ、ずっとです。とにかく子や孫に借金のツケを回さないでおこうと徹しましたね。おかげさまで将来負担の借金は、4年連続でずっとマイナスです。これは福井県の中でも鯖江だけだと思います。職員には「市長は貯金が趣味」と皮肉を言われましたけどね。それでも、コロナになってからは貯めてよかったと思いました。コロナ対策で財調は10億円ほど減りましたが、23億円残して引き継ぎできたのは嬉しかったですね。

第2回につづく


【プロフィール】

牧野百男(まきの・ひゃくお)
前福井県鯖江市長
1941年生まれ、福井県鯖江市出身。
福井県総務部長、福井県議会議員を経て、2004年から2020年10月まで鯖江市長(4期16年)。2020年11月から国連の友Asia-Pacific特別顧問。市長在任中は〝市民が主役〟のまちづくりを推進し「河和田アートキャンプ」「鯖江市役所JK課」などの新事業に挑戦。「めがねのまちさばえ」を国内外に向けて発信し、鯖江のブランドイメージ向上に取り組んだ。

 

 

伊藤大貴(いとう・ひろたか)伊藤大貴プロフィール写真
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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