長野県佐久市長・栁田清二
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2024/11/12 「和而不同」のリーダーシップ~栁田清二・長野県佐久市長インタビュー(1)~
2024/11/14 「和而不同」のリーダーシップ~栁田清二・長野県佐久市長インタビュー(2)~
2024/11/19 偏りに対し「問いを投げかける存在」に~栁田清二・長野県佐久市長インタビュー(3)~
2024/11/21 偏りに対し「問いを投げかける存在」に~栁田清二・長野県佐久市長インタビュー(4)~
長野県佐久市、栁田清二市長のインタビューを全4回でお届けします。
市のWebサイトのプロフィルには、市長の座右の銘に「和而不同:人格者は、道理に従って人と親しく協調して付き合うが、道理や自分の心を曲げてまで、同調したりしない」という言葉が書かれています。
今回のインタビューでは、その言葉通りの在り方を実践する市長の様子が随所に感じられます。柔軟さと貫く力を兼ね備えるリーダー像をご覧ください。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)
災害時に備え、情報発信力を高める
小田 栁田市長はご自身のX(旧Twitter)のアカウントで積極的に情報発信をされています。内容は公務の様子、市内の店舗やイベントの紹介、災害情報、プライベートに至るまでさまざまです。ここまでXを活用している首長は珍しいと感じますが、どんな目的で運用されているのですか?
栁田市長 目的は「自分自身のメディア化」です。
最近では、Xを本格的に運用した例として、令和元年東日本台風(台風19号)への対応があります。あのとき、長野市が大きな被害に見舞われたことは広く報道されましたが、佐久市の被害に関する報道はほとんど行われませんでした。これは災害報道の一般的な傾向を示していると思いますが致し方ないと思います。能登半島地震の際も、石川県輪島市の大規模火災については繰り返し報道されましたが、その他多くの地域の情報はなかなか把握できませんでした。
しかし、被災地出身で県外に出ている方からしたら、本当に知りたいのは、「自分の実家の近所はどうなっているのか」という、超ローカルな情報です。私は、このような超ローカルニュースのニーズに応えるのは自治体や首長、市議会の役割だと思っていますし、最適なツールがSNSだと考えます。
いざというときに「痒い所に手が届く情報」を提供するためには、日常的に発信力を高め、フォロワー数を増やす努力が必要です。つまり、「自分自身のメディア化」です。地域のグルメ情報などを発信しているのは、身近な関心ごとでフォロワーの方々を楽しませ、ファンになっていただこうという意図があります。しかし究極的な目的は、災害時における情報発信力を日頃から高めておくことにあります。
小田 栁田市長は2014年の記録的な大雪の際にも、Xで自ら市内の状況を発信されたと伺いました。当時、SNSでそのような発信をする首長はほとんどいなかったと記憶しています。
栁田市長 あの時は苦し紛れと言いますか、まずはそれしかできなかった状況でした。大雪が降ると身動きが取りづらくなるため、市内のどこでどのような事態が起きているのか、正確に把握することはできませんでした。佐久市は面積が約420平方㌔(おおよそ20㌔四方)あることから、短時間で全域の状況を把握し、どの地域から除雪作業を始めるべきか優先順位を付けるのは困難を極めました。そこで市民の皆さんに現地の状況を教えていただくことが最も効果的な方法だと考え、Xで情報を募集しました。
災害対策本部では、市民の皆さんから寄せられた情報を基に対応を進めました。Xに入ってくる情報が全てではないことは承知していましたが、速やかに対応することを優先しました。寄せられた投稿文や写真付きの報告を参考に、「この道路にはこんな問題が起きている」「一度除雪したはずの場所が再び吹きだまりになっている」などの具体的な情報を共有し、除雪作業の判断につなげました。
小田 Xが重要な情報源となったのですね。実際にどんな判断が現場でなされたのでしょうか?
栁田市長 市民の皆さんからの情報を災害対策本部で共有し、担当部長が優先順位を付けて対応していきました。寄せられた声の中には、「排雪場をつくってほしい」という要望もありました。一晩で1mもの積雪があった状況を考えると、この要望は十分理解できるものでした。
そこで私は、建設部長に排雪場設置の検討を指示しました。すると建設部長からは、「市長の指示はアクセルとブレーキを同時に踏んでいるのと同じだ」との指摘がありました。排雪場の設置は、単に場所を確保するだけでは足りません。なるべく多くの雪を運び込めるように、まずはその場所の除雪を行う必要があります。当時の状況では、排雪場の設置と道路の除雪を同時に行うのは難しいとの報告でした。議論の末、排雪場の設置を優先することに決めました。
このような状況把握と判断ができたのは、市民の皆さんがXに情報を集約してくださったからです。各地域の状況がリアルタイムで流れてくるので、市全体の状況把握もしやすく、自衛隊の出動要請の判断にもつながりました。非常時にXが役立つということが、実感を伴って理解できた出来事でした。
判断や発言の責任
小田 Xの積極的な運用は、災害時の対応における重要なご経験から始まったのですね。
栁田市長 自衛隊の出動要請を行った際、もう一つ重要な経験をしました。自衛隊の要請は「公共性」「緊急性」「非代替性」という三つの条件が揃うと行えます。当時、道路の除雪中に行方不明になった方がいたため、県に自衛隊の要請を依頼しました。ところが、依頼から4〜5時間たっても県から反応がありませんでした。今でこそそんな判断はしないと思いますが、当時の県の見解は「県が管理している道路のことだから県が対応する」というものでした。
私はこの返答に大きな違和感を覚えました。人の命が懸かっている状況です。一刻も早い対応が必要だと再度県に要請し、自衛隊を派遣していただきました。
その後、自衛隊が到着し、除雪について具体的な段取りへと話が進みました。詳細な調整はお任せできるだろうと、私はその場から離れて別の対応へと移りました。すると、また想定外のことが起こりました。私たちが依頼していた県管理の道路ではなく、市管理の道路が自衛隊によって除雪されていたのです。この経験から、自分で判断を下すときは、最後の詰めの段階まで立ち会うことの重要性を痛感しました。特に、行政の仕事において異なる組織が連携する場合は、最後まで緊張感を持って対応する必要があります。
小田 市長が不在の間、県と市と自衛隊の間で、何かしら組織の力学が働いた可能性があったということですね。
栁田市長 私自身、大きく反省する出来事でした。災害時の市長は「暇」であることが重要だと学びました。市長の役割は集まった情報から状況を判断し、決定を下すことだからです。市長自身が現場に出向いて、どこにいるのか分からないような状況になると、本来受け取るべき情報や判断すべき事項を見逃す恐れがあります。これは為政者としての適切な行動とは言えません。
私はこれまで災害対応を2、3度経験しましたが、混乱を最小限に抑えるために、情報の集約場所からあまり動かず、自らの判断や責任で行ったことは最後まで見届けることを意識するようになりました。
小田 ここまでのお話で、市長のXのアカウントが市の公式ではなく、個人のものである理由が見えてきた気がします。「自らが責任を取る」という覚悟の表れではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
栁田市長 おっしゃる通り、発信の責任は自らが取るという気持ちで運用しています。いわゆる「公式」のアカウントは公平性を担保するためにあらゆる配慮が必要になりますから、スピーディーな発信ができなかったり、多くの人に関心を寄せていただけるようなエッジの立った投稿がしづらかったりする面があります。冒頭にも述べた通り、Xを運用する目的は「災害時の情報発信力を高めておくため」です。その目的から考えると、公式よりも私個人のアカウントで運用した方が適切です。
小田 アクティブに発信をしていると、時には批判のような反応もあるのではないでしょうか。それに対してはどう対応をされているのですか?
栁田市長 もちろん、中には批判的なコメントを書き込む方もいらっしゃいます。ただし、書き込みをする方はごく少数で、9割以上の方は私の投稿を冷静に見ています。そんな状況下ですから、一部のコメントに対して私がヒートアップするのはおかしいでしょう。丁寧に説明をして、私の意図を理解いただくことを心掛けています。発信とコミュニケーションのトレーニングを日々させていただいているような感覚です。
(第2回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年9月30日号
【プロフィール】
栁田 清二(やなぎだ・せいじ)
1969年生まれ。中央大経済学部卒。井出正一・元厚生相秘書を務めた後、佐久市議会議員(1期)、長野県議会議員(3期)を経て2009年4月に佐久市長に就任。現在4期目。