アフターコロナと自治体のデジタル変革4〜全ては人と仕組みから始まる

自治体DXのコンサルティングを手がけるPublic dots & Companyは新型コロナウイルスの感染拡大が引き金となって自治体のデジタル変革がどのように進むのか、アフターコロナを展望します。
本記事は一般社団法人Publitech代表理事、菅原直敏氏の記事です。

新型コロナウィルスの大流行により、人類は世界的危機に直面しています。

この機会に、2017年夏より構想し、「テクノロジーで人々をエンパワメントする」というミッションの下、2018年11月より一般社団法人Publitechを設立して進めてきたパブリテックプロジェクトへの思いや進捗や思いについて、現在フィールドとする福島県磐梯町等の事例も踏まえながら、「アフターコロナと自治体のデジタル変革」というテーマで7回に分けて綴っていきます。

今回は第4回です。

参考:「なぜ、パブリテックは生まれたか〜代表理事菅原直敏ピッチ@一般社団法人Publitech設立キックオフイベント

※自治体のデジタル変革:自治体がデジタル化を通じて、住民本位の行政、地域、社会を実現するプロセス。デジタルトランスフォーメーション、DX。

●司令塔の不在

私が磐梯町の最高デジタル責任者(CDO=Chief Digital Officer)に就任してから、地方自治体の首長や幹部、担当職員の方々からデジタル変革についてのご相談を受けることが増えました。

危機感をもってデジタル変革に臨まなければならないという意識がある自治体関係者が意外と多いと感じました。中には、このデジタル変革に今手をつけないと、1年の差が後の10年の差になるという先見性をもった首長もいました。民間企業ではデジタル変革の速さと適切さが企業の存亡に関わりますから、自治体運営においてもこのような危機感をトップや幹部がもてる自治体というのは素晴らしいと思います。

一方で、この過程で私が痛切に感じたのは、デジタル変革を戦略的に進めるための司令塔の不在でした。司令塔となる人材がいないと、テクノロジーを使ったデジタルっぽいことをやることに終始してしまい、結局は税金と労力を投じただけで、住民のためにはならなかったということになりかねません。

私は相談を受けた自治体に対しては、最高デジタル責任者(どのような名称かは判断)を、自治体のトップに準ずる立場において、適切な権限と役割を与えることを強く勧めています。

2004年にデジタル変革を初めて提唱したスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授は、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と定義しています。この中で「あらゆる」という点が重要です。なぜなら、行政の「あらゆる」に対応できる立場というのは、知事、市町村長か副知事、副市長村長またはそれに準じる俯瞰的に行政をマネジメントする立場の人たちだからです。

実際、デジタル変革に真剣に取り組む民間企業ではCDOを役員待遇で設置しています。例えば、直近では、トヨタ自動車の関連会社で、知能化ソフトウェアの研究から開発を一気通貫で担う新会社「Toyota Research Institute Advanced Development」のトップであるCEOのJames Kuffner氏はCDOも兼ねている上に、本体であるトヨタ自動車の取締役会にシニアフェローとして名前を連ねています。

また、海外の政府や行政機関では、権限と役割をもったCDOが設置されており、女性のCDOも結構います。東京都でも元ヤフージャパンの宮坂学氏が副知事に就任しました。都のデジタル変革を推進する上ではまさに最も適切な人事と言えますし、小池百合子都知事の強い意志が感じられます。

以上より、最初の司令塔の設計に躓くと、全てが躓くと私は断言できます。また、当然のことですが、CDOという肩書きの人を形式的に置くことには意味がありません。権限のある役割だからと、知見のない年長職員を異動させる充て職は、行政の18番ですが、デジタル変革においては最も避けるべき手法です。

改めて強調します。デジタル変革は適切な司令塔なくして成り立ちません。

●組織の不在

前段では、自治体のデジタル変革における司令塔の重要性について触れましたが、合わせて組織も重要です。プロジェクトを推進する母体という意味では、チームと表現した方が適切かもしれません。

デジタル変革は、自治体のあらゆる仕組みを根本から再構築する作業です。司令塔の下に適切なチームが組織できないとそのスピード感は落ちますし、途中で息切れしてしまう可能性もあります。

また、行政は良くも悪くも手続き主義です。組織を設置し、適切な所掌事務を割り振ることで、行政全体にその役割が可視化され、他のセクションの職員も動けるようになります。

しかし、自治体の中にはデジタル変革を推進する意思表示をしているものの、外部の知見のある人材をアドバイザーに招聘したところで止まってしまうところがあります。

これはあと一歩のところまで来ているのですが、機能しません。なぜなら、アドアイザーはたいてい要綱で設置されますが、基本的には何の権限も持ちません。したがって、どんな良い提言をしても、受ける側の職員の裁量に任されてしまいます。

私が幹部研修で訪れた東北のある自治体は、幹部もデジタル変革を推進する気もあるし、外部人材として知見とさらに地域への思いもあるCDO適任者がアドバイザーに就任していました。しかし、その間を繋ぐ組織と手続きが未整備のため、現場の取り組みに落とし込まれることが困難な状況にありました。

よく形式的と非難される行政ですが、郷に入れば郷に従え、形式的な手続きにのっとった組織を整えることが、実は自治体のデジタル変革における近道であると考えます。もちろん、中身が伴った運用は必要不可欠です。

●議会の重要性

デジタル変革は自治体の全てを巻き込んだ壮大な取り組みです。したがって、議会の理解と後押しは不可欠です。

デジタル系の取り組みに限らず、一見先進的な取り組みを進めようとする際に、議員の理解を得ることが難しいために(政治的な理由も含めて)、首長・行政主導(時はその行政の中の一部)で物事を強引に進めていこうとするパターンがあります。

私は、これは次の2点であまり好ましくないと思っています。

1点目は、議員に受け入れられないものは、広く一般的な住民に受け入れられない可能性が高いためです。地方議会はよくできていて、その地域の住民を映し出す合わせ鏡です。良い意味で、議員の中にはデジタル・テクノロジーに対して感度や理解が高い人と、そうでない人がいます。したがって、最初から議員が理解できないからと、そこを差し置いて進めると、最終的には住民に協力を仰ぐ段階で、結局受け入れられません。議会構成と同じように理解できない人が一定数いるからです。

議員に理解をしてもらう過程で出てくる様々な意見は、知見のある人からすると笑ってしまうようなこともあるかもしれません。しかし、それが住民の持つ課題意識だと捉えることができます。地方議員は地域の意見を拾い上げるプロフェッショナルが揃っています。むしろ、その笑ってしまうような住民の声に、デジタル変革を妨げる本質的な課題が詰まっていることもしばしばです。

2点目は、最初の理解で躓くと、ことあるごとに議会がデジタル変革推進の障壁となるためです。デジタル変革は行政のあらゆる仕組みを再構築する一大事業です。議会にも責任感をもって前向きに関わってもらうようにすることは重要です。世界一の電子国家と言われるエストニアの政府機関の人に伺ったところ、デジタル政策については国家の根幹に関わるので、党派によって右往左往することはないとのことでした。

なお、磐梯町では、デジタル変革の推進にかかる様々な動きを進める際にまず議会に説明し、行政の大きな仕組みに関わる部分については議会の判断も仰ぎます。

佐藤淳一町長が、デジタル変革を推進する方向性を明示し、最高デジタル責任者の設置を検討した際も、全員協議会で説明の時間をしっかりとって、議員全員の承諾を頂いた上で設置しました。特に議長から強い激励の後押しを頂いたのは、私が磐梯町でデジタル変革を推進する上での大きな支えとなっています。

また、デジタル変革について、総合計画に位置付け、議会で審議・議決もしているので、議会と行政双方の合意による町の方向性です。今年度の予算案もその総合計画に基づいています。

さらに、総合計画に基づき、組織改正条例を議会に議決して頂き、デジタル変革戦略室がCDOの下に設置されます。

つまり、磐梯町ではCDOに適切な役割と権限が付与され、そして共に進めていくチームが組織されました。

行政・議会が形式的であることを逆にポジティブに捉え、双方が責任を持って関わってもらう術としました。この足元を固めるまでに1年強かかりましたが、今後スピード感を持って取り組みに専念できる環境ができたという点では、むしろ近道であったと考えています。デジタル変革の自治体における実践は人と仕組みから始まるからです。

アフターコロナの時代には、これらの行政・議会の既存の枠組みを維持しながらも、運用を柔軟にすることで様々な変革が行われ、最終的にはその枠組み自体も再構築されていくと考えます。


シリーズ連載

アフターコロナと自治体のデジタル変革1〜テクノロジーで人々をエンパワメントする

  • アフターコロナ
  • 平成、変われなかった時代
  • 新しい価値を共創できる時代

アフターコロナと自治体のデジタル変革2〜自治体の存在意義を再考しよう

  • 自治体のミッションとヴィジョンは何ですか?
  • 言葉は踊らされずに、利用しよう
  • テクノロジーは手段であって目的ではない

アフターコロナと自治体のデジタル変革3〜戦術よりも戦略、現状把握をしよう

  • RPAに失望する自治体
  • ビジョンに至るまでの戦略を描こう
  • ミッション・ビジョンがぶれなければ、戦略・戦術はピボットしても良い

アフターコロナと自治体のデジタル変革4〜全ては人と仕組みから始まる

  • 司令塔の不在
  • 組織の不在
  • 手続きの重要性

アフターコロナと自治体のデジタル変革5〜適切な理解と人材活用

  • ICT化とデジタル変革の違い
  • 誰一人取り残さない
  • 埋れている人材を活かそう

アフターコロナと自治体のデジタル変革6〜本気で取り組もう

  • 成果につながらない実証実験と包括連携協定
  • 自分たちで考えよう
  • 重要なのはパブリックマインド

アフターコロナと自治体のデジタル変革7〜アフターコロナの自治体像

  • 新型コロナウィルスの危機は日本社会社会のリトマス紙
  • 私たちは何を望みたいのか
  • 行動するかしないか

筆者プロフィール
菅原直敏
一般社団法人Publitech 代表理事
株式会社Public dots & Company取締役
磐梯町CDO(最高デジタル責任者)。ソーシャルワーカー(社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、保育士、福祉にかかる4大国家資格を有する)。介護事業所を複数経営する企業の法人本部長として、経営および現場業務にかかわる。また、「共創法人CoCo Socialwork」 CEO、出勤しない会社、持たない会社、給与以外の価値を与える会社をコアバリューとして、自分らしい働き方の実践を行う。テクノロジーを活用して人々をエンパワメントするパブリテックという概念を提唱し、行政のデジタル化、社会のスマートか、テクノロジーによる共生社会の共創を目指すソーシャルアクションを行なっている。さらに、株式会社Public dots & Company取締役として、官民共創の取り組みを推進する。

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