愛知県豊橋市議・古池もも
(聞き手)Public dots & Company パブリック人材育成事業部/東京都目黒区議・田添麻友
2022/07/25 それぞれが望む生き方を受容し合える社会に(1)〜社会のバイアスを意識し、すべての政策に反映させよう! 〜
2022/07/27 それぞれが望む生き方を受容し合える社会に(2)〜社会のバイアスを意識し、すべての政策に反映させよう! 〜
2022/08/01 それぞれが望む生き方を受容し合える社会に(3)〜表面化したジェンダーバイアスを地道に正す〜
2022/08/03 それぞれが望む生き方を受容し合える社会に(4)〜表面化したジェンダーバイアスを地道に正す〜
第1回、第2回に引き続き、愛知県豊橋市議の古池もも氏のインタビューをお届けします。
前回までは、古池氏がジェンダー(社会的な性)に基づくバイアス(偏見)の問題に取り組み始めた経緯や、実際にどんなジェンダーバイアスが存在するのかについて、実例を交えてお話しいただきました。
「ジェンダーバイアスは、それを持っている本人は気付かない」「違和感を覚える人も、適切に言語化できない」という点が、この問題の根深さを物語っています。
引き続き、古池氏に実例を伺いながら「何がバイアスに相当するのか」について深掘りしていきます。地方自治体の関係者にとって、今後のジェンダー対策に関する基準を明確化する第一歩となるでしょう。(聞き手=Public dots & Company パブリック人材育成事業部/東京都目黒区議・田添麻友)
政策に含まれるジェンダーバイアス
田添 今回も、まずは古池議員が実際に相対したジェンダーバイアスの事例からお話しいただきます。
古池氏 一例ですが、バイアスを強化すると考えられるものに、人工知能(AI)の擬人化があります。豊橋市はウェブサイトのトップ画面にチャットボットを導入していますが、2020年に広域で共有できるシステムにリニューアルした際、質問に答えるキャラクターのアイコンが、頰を赤らめた胸の大きい女性に変わりました。
このアイコンを採用した理由を問い合わせたところ、初期設定で選択できるものだった、試行運転期間を終えたら市のキャラクターに変更する予定だが、今すぐ変更すると間違って答えてしまう可能性がある、間違いが多いと市のキャラクターの印象が悪くなるため、一時的な措置でこうなっている、との返答を頂きました。
悪意の有無や意図的であるかということよりも、結果的に選んだものがどのような影響を及ぼすのかを考えることが重要です。短期間であっても、そうした視点なしに設定することは好ましくありません。
この場合、問題となるのは固定的な女性像の一般化です。男性が年配者から若者まで多様に描かれるのとは対照的に、女性は若くて美しい、性的な魅力を強調した表現にされがちです。高齢であったり筋肉質だったりする女性が、こうしたイラストに採用される例はかなり少ないですよね。
きれいで、かわいいからと好意的な意味で採用したとしても、好ましいと考えられる人物像を限定することにつながり、固定的な情報が受け取る側の無意識に蓄積され、一般化されていきます。私たちには、より多様な性や人物像を次世代に見せる責任があります。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、19年5月に「音声アシスタントの声が女性であることは、ジェンダーの偏りを強める」と発表しました。特定の性と役割が組み合わさった状態に繰り返し触れることで、その性への偏見がより強まると考えられています。
今回の場合は「女性は補佐に向いている」といったイメージなどです。担当課には、必要性がないのに女性性を強調したキャラクターを採用することの問題を伝え、ご理解いただいた上で、試行期間中に市のキャラクターに変更していただきました。
男女差を解消するための事業が、やり方次第でバイアス強化になる場合もあります。
豊橋市は、21年度に20〜40代の女性がオンラインで運動指導を受けられる事業を企画しました。スポーツ庁の調査(注1)を見ても、フルタイムで働く、または子育て中の女性は、運動する時間が男性に比べて極端に少ない傾向があります。この事業は将来の女性のフレイル(加齢による心身の衰え)予防のため、男女のギャップを解消させる事業であり、女性限定でした。
事業目的は素晴らしいものでしたが、対象となる女性に興味を持ってもらうため、当初はスポーツのほかにメークのアドバイスを行う予定もありました。女性は化粧を楽しみで行うこともありますが、義務感から行う場合も少なくありません。先のスポーツ庁の調査でも、スポーツをしている女性のイメージについて、7.3%が「化粧が落ちてしまい、身だしなみが整わない」と考えています。
女性限定の事業でスポーツ講座とメーク講座を同時に行うと、「化粧は女性の身だしなみ」「女性はいつでも美しく在りたいはず」といった考え方を強調し、「スポーツをしているときも、きれいでいなくちゃ」という思いにとらわれる恐れがあると考えました。汗によるメーク崩れに悩む女性は多いので、ターゲットへ効果的にアプローチできるかもしれません。しかし、大切なのは容姿などを気にせず、運動そのものを楽しいと思っていただくことですから、女性の容姿と運動が切り離されることが大事だと伝え、その要素は変えていただきました。
田添 「切り離して考える」という点には私も賛成です。ジェンダーバイアスが話題になったときに出てくる反論として、「表現の自由が阻害される」というものがあります。しかしジェンダーバイアスに対する指摘は、表現の自由を侵害するものではありません。「選んだ表現が置かれている立場として適切かどうか」を問題としているのです。
特に行政は住民への影響が大きいことから、どのような表現を選ぶのかを慎重に見極める必要があります。「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という価値観が根強く残る日本では、行政が知らず知らずのうちにジェンダーバイアスを含んだ表現を選んでいる場合が多々あると思います。
古池氏 問題となるのは、ジェンダーバイアスを助長する表現ですね。個人の表現は自由ですが、公の表現はできるだけ多くの方に寄り添い、響くものであるべきです。公的な機関・団体が普段は用いないような手法でPRを行うと、「攻めている」と評価する向きもありますが、大事なのは「攻める」ことではなく、なぜその表現を用いる必要があるのかです。行政の仕事は表現の追求ではなく、そこに住む人々の課題を解決することなので、バイアスにつながる要素がないのかを踏みとどまって考える作業が大事だと思います。
バイアスにつながるものは、政策そのものにも含まれています。
「女性が輝く」「女性活躍」といった言葉には、女性は今、輝いておらず、「男社会的な労働」でなければ活躍ではないという偏見が含まれています。本当に女性が望む生き方を選べる社会を目指すのであれば、誰かに女性の担うケア労働を分配する必要がありますが、女性の労働を正当に評価しない社会のままで仕事を分配された側は、自分の価値が落ちると感じるはずです。だから、男性の家事・育児への参画が進まないのではないでしょうか。
大事なのは、女性が無償で担ってきた労働には価値があり、社会的なことであると認めることです。しかし、「輝く女性」として取り上げられるのは、家事も仕事もこなすスーパーウーマンばかりです。すごい女性を目標とさせることで女性が直面している現実を美化し、変革ではなく保持させています。
今の日本で最も大きな課題だと感じるのが、こうした女性の課題に目を向けない政策のゆがみです。女性のための政策と称して、子育て政策だけがずらっと並んでいるパターンもあります。子育ては「仕事」です。この「仕事」は女性だけのものなのでしょうか。「子育てしながら働く親の課題」であり、社会全体の課題のはずです。
出産に関しても、女性に寄り添って考えられている状況とは思えません。不妊治療と同じ規模で里親支援に取り組まないのは、なぜでしょうか。人口減少と女性の都市部への流出を同時に語れば、女性の生殖における自己決定権を侵害しているとは考えないのでしょうか。
「女性は出産と子育てで幸せになり、人間的に成長する」というイメージを私たちは日々、与えられています。出産しないという選択は、まだ自由に選べる状況ではありません。本人が望んでいないのに、周囲の要求に応えて出産する場合もあるでしょう。しかし、産んだ途端に子育ては女性の私的なこととして扱われ、当然のように女性がコストを支払います。女性に「選択肢」を与えるそぶりを示していても、女性が選択できるのは「社会が望む生き方」の中からだけです。私たちは母親である女性の人生を応援する内容を、女性の側に立って考えなければならないのです。
政策にジェンダーバイアスが含まれる傾向は地方都市の方が強く、内閣府も女性が地方から都市部に流出する一因になっているとの見解を示しています(注2)。過疎化や少子高齢化に真剣に向き合うのであれば、まずは地域内の女性がジェンダーバイアスによって苦しまないようにすることが先決です。
「何が問題か」「なぜ問題なのか」を常に問う
田添 ジェンダーバイアスの問題は、「男性」と「女性」の対立で議論されがちですが、単なる性差の話ではなく、「人権」の文脈で語られるべきだと思います。
古池氏 そうですね。権利の問題です。男女の賃金格差は年収ベースで239万円(注3)ですが、ジェンダーについて学ぶ前と後では見え方が大きく変わると思います。ある人が権利を侵害され、困難な状況に陥る理由が性別だった、性差による影響が大き過ぎるということです。
きょうの私の話は女性のことばかりでした。これらは私の視点で見たジェンダーの課題です。私は女性ですから、より女性の課題に気付きやすいでしょう。しかし、私では気付けない女性の課題もたくさんあるはずです。同じように、男性の課題もさまざまな視点で語られるべきでしょう。いずれにしても、現状をより良くするために前に進みたいですし、仲間も増えてほしいです。
私がこうした活動をしていると、男性からも女性からも批判的な意見を頂きます。中には「男性のことはなぜやらないのですか。やってくれないから反対です」という方もいます。私は女性のためにやっているのではなく、女性だから、男性だからという理由で権利を剥奪されている個人のために活動しています。
田添 ジェンダー平等の概念は「持続可能な開発目標(SDGs)」にも位置付けられており、既に市民権を得ていると思っていました。しかし浸透するまでには、まだ時間がかかりそうですね。
古池氏 私の活動は重箱の隅をつつくような作業ですし、ご理解いただくまでに時間もかかりますが、私一人ですべてを解決するのではなく、「何が、なぜ問題なのか」を言語化し、豊橋市に一人でも多くの理解者を増やせればと思っています。おかげさまで、3年たった今では市役所内にも味方になってくださる方が増えてきました。
特にうれしかったのが、私が議員になった当初に「やりたいことは分かるけれど、女性には解決は無理だと思うよ」と笑った幹部の方がいたのですが、退任される日にわざわざ部屋まで来てくださり、「古池議員の質問はとても勉強になりました。これからも頑張ってほしい」と話してくださったことです。その方のおかげで、全く違う考えの方にも伝わるのだと信じることができました。地道に活動してきて良かったと、心から思える出来事でした。
注1=スポーツ庁「スポーツを通じた女性の活躍促進のための現状把握調査(平成29年度)」
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/detail/1413558.htm
注2=内閣府男女共同参画局「第5次男女共同参画基本計画〜すべての女性が輝く令和の社会へ〜」第2部第3分野
https://www.gender.go.jp/about_danjo/basic_plans/5th/index.html
注3=国税庁「令和2年分 民間給与実態統計調査」
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan/gaiyou/2020.html
(第4回に続く)
【プロフィール】
古池 もも(ふるいけ・もも)
愛知県豊橋市議
一人会派「とよはし みんなの議会」代表。2児の母。多摩美術大卒。2019年統一地方選で行われた同市議選で、最多の5928票を得て初当選。現在も中小企業でデザイナーとして働きながら、ジェンダーをめぐるオンライン座談会などを開催している。