コロナ禍における地方自治体変革の方向性 三重県「スマート改革」を通じて見る、地方自治体の現在地(前編1)

三重県スマート改革推進課長(令和3年3月時点) 横山啓

2021/03/30  三重県「スマート改革」を通じて見る地方自治体の現在地(前編1)
2021/04/02  三重県「スマート改革」を通じて見る地方自治体の現在地(前編2)
2021/04/05  東京一極集中の是正とデジタル社会形成の関係(後編1)
2021/04/07  東京一極集中の是正とデジタル社会形成の関係(後編2)


コロナ禍によって世界中の人々が苦しい立場に置かれているが、対応に当たっている日本の行政機関の職員にとっても、業務時間の増大などにより昨年は極めて厳しい年であったと思う。行政需要に対応するのが地方自治体の仕事なのだから当然だろう、と多くの読者は考えるかもしれないが、地方自治体がこうした行政需要に対応していくことは限界に近づきつつあると感じている。

総務省の「自治体戦略2040構想研究会」は、人口減少社会となり、労働力確保もさらに困難になる状況を見据え、地方自治体の生産性向上などを目指す「スマート自治体」を提唱し、これをきっかけとして全国的に「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)ブーム」も生まれた。

コロナ禍以前から、地方自治体の人的、財政的リソースは制限されてきており、行政需要への対応力が脆弱になりつつあることが指摘されていたのだが、2040年という先を見据えるまでもなく、コロナ禍は地方自治体の変革が待ったなしであることを明らかにしてしまった。

デジタル化が進んでおらず、給付金の支給が人海戦術になり、極めて非効率であったことは、どの自治体も経験しているところだと思うが、コロナ禍にプラスして豪雨・豪雪災害が起きた地域や、豚熱(CSF)・鳥インフルエンザなどへの急な対処を要する課題が生じた地域もあり、これだけ多くの行政需要を同時にさばくことは不可能だと実感した団体も多いのではないだろうか。

三重県では、「このままでは県庁が継続的に行政サービスを提供することは困難になる」という危機感の下、2019年度から、デジタルも活用しながら県庁業務の在り方や職員の働き方を見直す「スマート改革」を進めてきた。最近のはやりである自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)を先取りした取り組みだと考えているが、2021年度からは、「デジタル社会推進局」を設置し、デジタル社会形成のトップランナーを目指している。

この「スマート改革」の取り組みと、「デジタル社会推進局」設置に向けての動きについて、前後編とテーマを変えながら4回にわたってお伝えする。組織の変革を進めたいと思っている地方自治体関係者のみならず、これから地方自治体のサポートを考えているビジネス関係者にとっても参考になれば幸いである。なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であることをお断りする。

このままでは県庁の行政サービス提供は崩壊する

これは、2019年に三重県庁若手職員による「スマート改革検討チーム」が立ち上がった際に共有されていた問題意識である。

現在、三重県庁では40歳以上の職員が全体の約7割を占めており、今後20年間でこれらの職員が退職する一方、新規採用についてはそれを補うほどには行っておらず、少子化等による志望者数の減少などにより、人的リソースの減少は避けられないと考えられている。

新たな行政課題が生じないのであれば、今の仕事のやり方を続けても何とかなるかもしれないが、いつ何時大きな行政課題が生じないとも限らず(この懸念はすぐに翌年のコロナ禍で現実となった)、より少ない人的リソースをもって、同等もしくはさらに大きな行政ニーズに応えなければいけない。

職員の年齢層の偏りについては、三重県は全国でも厳しい状況に置かれているかもしれないが、全国あまねく、ほとんどの自治体が同じような状況に直面しているか、または今後直面するものと考えている。

このような状況を回避するためには、業務の生産性を上げるしかないが、単にRPAをはじめとした新しい技術を活用するだけでなく、そもそも非効率の温床となっている組織文化や慣習によるところにまでメスを入れる必要がある。

スマート改革検討チームがとりまとめた「提言」において、デジタル技術の活用だけでなく、「会議の見直し」「決裁の在り方の見直し」といった「デジタル以前」の課題が列挙されていたのは、このような問題意識からである。

自治体DXが流行となっている昨今、安易にデジタル技術に飛びつく前に、まずは長年積み重なってきた非効率の温床を特定し、解消していくことが、遠回りなように見えて一番の近道であると考えている。

2020年度に司令塔として設置された「スマート改革推進課」

このような改革を進めるためには、司令塔組織の存在が不可欠である。

内部の業務改善から職員の働き方の見直し、人材育成まで、全庁的に一貫した取り組みを進めるための牽引役として、2020年4月から総務部にスマート改革推進課が創設された。この2020年4月というのは、まさに社会情勢が大きく変わりつつあるタイミングであり、今となっては当たり前の考え方だが、コロナ禍によって世の中の常識や物の考え方が変わっている「新常態(ニューノーマル)」を見据えた改革をしなければいけない、という共通認識の下、取り組みを進めてきた。

特に、スマート改革を進めるに当たり意識しておかなければいけない「新常態」としては、大きく①国と地方の在り方に関すること②働き方に関すること──の2点に着目した。

一つ目は、既に数字上にも表れてきているが、東京などの大都市圏から地方都市への人の流れができつつあることだ。テレワークが浸透することにより、もはや居住地と勤務先が物理的に接している必要性のない業務も増えてきている。三重県のような地方都市は、このような人の流れの受け皿として機能することを目指すことで、以前から進めている地方創生をさらに発展させることができると考えている。

二つ目は、テレワークが世の中で浸透するに当たり、ジョブ型雇用など、より生産性が重視される働き方へのシフトが見られることだ。地方自治体の業務の進め方は、生産的、効率的とは言い難い面が多々あり、民間企業での働き方が生産性重視にシフトしていく中で、行政もこのままでは立ち行かなくなるだろう。テレワークについても、地方自治体では活用の幅を広げていく必要がある。

都市部にある自治体であれば、多くの職員が公共交通機関で通勤しているはずだが、コロナ禍においては、自分の勤めている役所が身を守る手段(=テレワーク環境)を提供してくれるか否かが明らかになった。「自治体はテレワークに向いてないから」と初めから諦めているところには、今後優秀な人材は来てくれないのではないだろうか。

このような「新常態」を見据えつつ、若手からの提言もベースにしながら、スマート改革は三つのSmartにより取り組むこととした。1点目は、業務の生産性、住民サービスの観点からアップデートを図るSmart Government、2点目は、職員のみならず、民間部門も含めた新しい働き方を模索するSmart Workstyle、3点目は、技術進歩に伴う社会課題解決の実証を進めるSmart Solutionsである。

出典:三重県スマート改革推進課

Smart Government

まずは、県庁自身の業務の進め方を徹底的に見直す必要があり、内部事務の非効率さを改めるとともに、対住民や対事業者等において、不便や非効率なことがないかを点検する必要がある。

地方自治体において「業務の生産性向上」とはどのように測るのか難しいところもあるが、幾つかの項目を優先的に解決したいと考えている。例えば、「移動のコスト」の削減である。三重県は南北に広大な領域を持ち、県庁から県境まで出張する場合、ほぼ一日仕事となっていたが、コロナ禍を契機としてウェブ会議環境を大規模に整備した結果、現在ではかなりの割合の県内出張をウェブ会議で代替でき、その分庁内での業務処理に時間を割くことができている。

生産性向上において避けて通れないのが、業務プロセスの一貫したデジタル処理である。押印廃止もその最初のステップとして位置付けられると思うが、電子申請システムといったフロント部分からバックオフィスまでの業務プロセスの効率化について、引き続き模索しなければいけないと考えている。

DXは、最終的に住民の体験価値を変えることが目的だが、行政としてこの領域に踏み込むためには、まだまだ超えるべきステップがあると考えている。対住民向けとなると、基礎自治体との連携が欠かせないが、情報発信の在り方など、行政と住民の接点を分析し、改善ポイントを探すことから始めたいと思う。

Smart Workstyle

職員の働き方を見直すことも、自治体DXを含めた組織変革を進める上では重要な柱になると考えている。

これまでの地方自治体では、全職員が午前8時30分から午後5時15分まで働くことを原則とし、子育てや介護などの家庭の事情への配慮も不十分だった。コロナ禍を契機として、「密」の回避のための分散出勤や時差出勤が進んだが、人材の確保と生産性向上の両面の観点から、それぞれの家庭の事情に合わせた労働時間の柔軟化は平時であっても必要だと考えている。

なお、テレワークについては、育児・介護を抱えた職員のみならず、職員の生産性を上げる手段として、すべての職員が活用できる制度設計が必要だと考えている。個人によって向き不向きはあるが、家の方が資料の読み込みや資料作成の効率がいい、という方もいるだろう。

出勤者に過度の負担がかからない工夫、通信環境への配慮などを行い、各職員が最もパフォーマンスを上げられる仕組みを整える必要があると考えている。

Smart Solutions

技術の進歩により、これまでアプローチできていなかった課題の解決が進むことがある。

例えば、三重県では次世代の空の移動手段である「空飛ぶクルマ」の実証実験を進めている。離島や山間部など、従来行政サービスが届きにくいといった課題を抱えていた地域であっても、簡単な空の移動手段ができることによって、今後は住み続けることが可能となる。

このような課題解決は、最初のステップに行政が関与することが重要であるが、具体的に課題解決を進めるためには、職員の育成が欠かせない。世の中にどのような最新技術が登場しているのかを理解し、自らの業務との関係で、どのように課題解決に生かすことができるのかを考えられる職員を育成する必要がある。

三重県では、2020年度から、若手有志を「スマート人材」(2020年度は20人)と名付け、最新の技術動向を学ぶ座学から、スマート農業などの実地体験も含めた実践的な職員育成をスタートしている。今後数年かけて同様の研修を実施し、各部局に数人は、このようなリーダー的人材が配置できることを目指している。

 

「前編2」につづく


【プロフィール】

三重県スマート改革推進課長横山啓

横山 啓(よこやま・けい)
三重県スマート改革推進課長(令和3年3月時点)
2011年に総務省入省後、政府の情報システム改革、マイナンバー制度関連業務に従事。2020年4月から、三重県スマート改革推進課長として行政のDX、働き方改革などを担当し、三重県の変革の指揮を執る。

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