株式会社スターパイロッツ代表・三浦丈典
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
2021/06/01 「新しい公共空間」としての図書館の在り方(1)
2021/06/04 「新しい公共空間」としての図書館の在り方(2)
2021/06/07 「新しい公共空間」としての図書館の在り方(3)
2021/06/10 「新しい公共空間」としての図書館の在り方(4)
「絶対につぶれない」。そう思われてきた地域のアイコン的商業施設が、今、全国で次々と空き家化しています。行政側では1980年代から「箱物問題」が議論されてきましたが、ここ数年は民間側でも大規模建造物(大箱)の維持や活用について真剣に考えざるを得なくなってきました。
そんな状況の中、静岡県牧之原市で始まった「牧之原図書交流館プロジェクト」は、空き家化した民間の大箱に市の公立図書館と民間のテナントを共存させ、市民にとっての「小さな街」をつくる官民共創型のプロジェクトです。
組織風土や経営観が異なる官と民を、どのように融和させ、一つの共有空間を成立させていったのか? このプロジェクトの全体統括および設計に携わった株式会社スターパイロッツ代表の三浦丈典氏にインタビューした内容をお届けします。(聞き手=Public dots & Company 代表取締役・伊藤大貴)
2035年には維持費だけでマイナスになる現実
伊藤 まず、多くの地方都市が抱える「大箱(大型店舗の空き家化)問題」について、詳しくお話しいただけますか?
三浦氏 2010年ごろからリーマン・ショックの影響が街に表れ始めて、駅前のビルなど大型店舗がつぶれる時代になりました。最近では毎週一つか二つのペースで、全国のどこかのデパートがなくなっていますし、電通ですら本社ビルの売却を検討しています。そんな「箱が丸ごと空いてしまう」状況が、ここ2〜3年で急激に進んできています。
いわゆる郊外型の大箱は、坪単価も施工費も安いので建てるときは簡単です。だから今まで場所を選ばずどんどん建てられてきましたが、中に入っているテナントが撤退したら、次に入るテナントがいない。維持費や解体費もままならない。大きな廃虚が街の風景として残ってしまっている。こんな状況が今、全国各地に見られます。
これら大型店舗の空き家化にまつわる一連の問題を私は「BIG BOX(大箱)問題」と呼んでいます。
伊藤 大箱は最初に造るときの投資が小さくて済む一方で、維持費の問題は深刻そうですよね。
三浦氏 社会資本投資額は2000年をピークに減ってきていて、リーマン・ショック後の2010年ごろさらに大きく下がっています。仮にこの低い投資額がこの先ずっと続いたとしても、2035年には既存インフラの維持費だけでマイナスになってしまう計算なんですね。新しい道路やトンネルや建物を造らなくても、赤字になります。
大箱は社会インフラなので、赤字になるなら単純に壊すという判断もありますが、いかに活用していくかも考える必要があります。これは多くの自治体に共通する社会課題なのではないでしょうか。
伊藤 「大箱が社会課題になる」という認識を、自治体は持っていますか?
三浦氏 すごく持っていると思います。庁舎自体もさることながら、古い図書館や体育館。これらは建て直しをすることが多いですが、問題は駅前のショッピングセンターやデパートなどですね。
こういった建物は中のテナントが埋まらず、かといってほっておくととても印象が悪いので、行政が仕方なく子育て支援施設や土日の出張所などを入れて民間の支援をしています。ただ、それはニーズがあって入れているわけではないんです。
伊藤 テナントが埋まらなくても地域のアイコンだからほってはおけない。だから行政が何かやる、という流れをずっと続けるわけにはいきませんよね。先ほどの維持費のお話にもあった通り、大箱問題は早く解決しないと、後から街に大きく跳ね返ってくるでしょうね。
三浦氏 そうですね。どれだけ行政が頑張っても、民間の建物がその何倍もの勢いで空き箱化されています。そうしていくうちに、今まで「絶対につぶれない」と思われていた大型店舗が廃虚になって街に残っていく。そうなると周辺土地の価値も下がっていく。これはショッキングな風景ですよね。
ならば空き箱に新たなテナントを、という話になりますが、大型資本、例えば量販店などを入れるのはもうこのご時世、難しいです。
だからやはり大事なのは、官と民の垣根を越えて、お互い協力しながらスペースを埋めていくことです。一方で、2035年以降はさっさと解体する判断も必要になってくると思います。更地にした後公園にするなどですね。
大箱を「新しい公共空間」に
伊藤 大箱は、運営のマインドセット自体を変える必要がありますね。
三浦氏 仮に大箱を民間だけで埋めようとすると、短期的な資金回収が目的になります。そうなると全国同じようなチェーン店が集まります。彼らは見切りをつけるのも早いです。ですから、そのマインドで官民連携して事業性として成り立たせようとしても、うまくはいかないです。
伊藤 そうですよね。民間企業的な考えでいうと、マーケットがないから大箱から撤退しているわけで。同じやり方だと、どんなテナントが入ったって続かないですよね。
三浦氏 とある地域では、空いた大箱を巨大な古本の倉庫にしてアマゾンで大量に販売しています。そういった新しいIT系の物流倉庫として使うのもすごく賢いと思います。家賃は安いですし、雇用も生まれますから。
ただ一方で、街の風景としては直接的には関与しません。だから別の方法もあるのではないかと思っていました。
伊藤 そういう問題意識や背景があって、今回の牧之原の図書交流館プロジェクトにつながるのですね。
三浦氏 はい、大箱は「新しい公共空間」になる大きなチャンスを秘めていると思っています。
今回の牧之原図書交流館プロジェクトでリノベーション(大規模改修)したのは、空き家化したホームセンターです。周りにスーパーやドラッグストアなどがあるような、地方都市でよく見るショッピングモール街の一角ですね。駅から離れていて、車に乗って買い物に来るような場所。
なので、人の動きには「たくさん買い物はするものの長くは滞在しない」という特徴があります。ただそうやって、見掛け上人の出入りがあったので、市としても急いで手を打たねば危険だとは感じていなかったと思います。
このホームセンターが空き家になった理由は、多分すぐ近くにもっと巨大なホームセンターがあるからなんです。車で15分くらいの距離なので、客がそちらの方に流れてしまったと。
伊藤 資本主義の原理が働いたのですね。では、この場所を図書館にしようという話はどういういきさつで出てきたのですか?
三浦氏 実は、最初にこの場所に目を付けたのは、清水義次さん(建築・都市・地域再生プロデューサー。民間や公共の遊休不動産を活用し、エリア価値を向上させるリノベーションやまちづくり事業のプロデュースを行っている。アーツ千代田3331代表。一般社団法人公民連携事業機構代表理事)です。牧之原市から、新しい図書館を造りたいという要望がありまして。
それで、清水さんが行政アドバイザーとして入り、リノベーションを中心に周辺施設と関連させながら造るのがいいのではないか? とのアイデアが出たところで私も関わるようになり、一緒に現地へ視察に行きました。
そこでまず不動産オーナーに紹介していただいた物件は、件のホームセンターではなく、隣接する建物でした。規模でいうと4分の1くらいの広さの。
そこを単体の図書館にしようか、という話をしていたのですが、途中でオーナーが「実は、隣のホームセンターも半年後には空いてしまう」と仰ったんですね。それを聞いた清水さんと私は「絶対こっち(ホームセンター)を図書館にした方がいいですよ!」と提案しました。大箱の中で、図書館も民間のテナントも混在するような「小さな街」をつくりましょうと。
(第2回につづく)
【プロフィール】
三浦丈典(みうら・たけのり)
株式会社スターパイロッツ代表
早稲田大卒業、ロンドン大バートレット校ディプロマコース修了、早稲田大大学院博士課程万期修了。2007年設計事務所スターパイロッツ設立。各地で開催されるリノベーションスクールのユニットマスターを務め、大小さまざまな設計活動、シェアオフィス撮影スタジオなどの経営や運営にも携わる。「道の駅FARMUS木島平」で2015年グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)、2015JCDデザインアワード銀賞、日本建築美術工芸協会(AACA)賞、中部建築賞など受賞。2016年稲門建築会特別功労賞受賞。
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。