「新しい公共空間」としての図書館の在り方|遊休不動産を住民の新たな居場所に変える(4)

株式会社スターパイロッツ代表・三浦丈典
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/06/01  「新しい公共空間」としての図書館の在り方(1)
2021/06/04  「新しい公共空間」としての図書館の在り方(2)
2021/06/07  「新しい公共空間」としての図書館の在り方(3)
2021/06/10  「新しい公共空間」としての図書館の在り方(4)


図書館の振る舞いをアップデートする

オープン後の牧之原交流図書館の外観

 

伊藤 市の労働局や経済局は、地元にどんな面白い人がいるのか知っている気がするのですが、牧之原図書交流館の建物のオーナーさんと連携はあるのですか?この両者がしっかり連携すれば、建物の民間側の経済活動がしっかり回って、地元経済へのインパクトを与えられると思うのですが。

三浦氏 その連携はこれからといったところです。官も民も、お互いの境界線が融解するのはいいことだらけで、その面白さをもっとオーナーと共有できればと思っています。

分かりやすい例で言えば、確定申告や相続税の勉強会を市役所の会議室ではなくて、図書館横のオープンスペースを使ってコーヒーを飲みながら開催するとかですね。その方が絶対にいいと思います。

 

伊藤 今仰った「官と民の境界線が融解するイメージ」は、今後プロジェクトを走らせながら多くの方と共有していくのですね。

三浦氏 今回の牧之原の事例がこれからいよいよ運営されていく様子を見て、これよりさらに面白いとか、スマートな方法を、全国1700の自治体が考えなければならない時代になってくると思います。

これまで民から民で建築プログラムを単一に変えていく事例は幾つもあり、我々も手掛けてきました。例えば、ゲームセンターをスポーツジムにするとか、工場を商業施設にするとか。

しかし今後は、官と民(ローカル民)がマーブル状になっている施設が地域に根差すと、住民の暮らしによりフィットした価値を提供できると思います。そうしていかないと、また同じことの繰り返しになりますからね。

 

伊藤 民間のテナントにはどんな業種が入る予定なのですか?

三浦氏 ボルダリングの施設はすでにオープンしています。カフェもオープンしました。貸自転車屋さんも入っています。地元のママたちが使えるようなキッチンスタジオもありますね。それ以外は何店舗かまだ空いていますが、実際に図書館が開館したらすぐ埋まると思います。

今後は例えば学習塾とか、歯医者さんなどが入っても面白いですよね。空いた時間に予習したり、診察待ち時間を図書館で過ごしたりしていただけますからね。いろいろ展開の余地はあります。

 

伊藤 そうなると、やはりリーシングが重要ですね。

三浦氏 そうですね。だから、リーシングを行うオーナーをサポートできるような体制がつくれるといいと思います。運営に対して継続的にアドバイスしていくような。それでも一番大切なのは、オーナーのパブリックマインドなんですが。

 

伊藤 今回のモデルは従来の民間の発想(短い期間で投資回収する考え方)だと成り立たないじゃないですか。その覚悟を持って長期的に運営に取り組めるかどうかは、すごく重要ですよね。

三浦氏 地方都市の大箱のオーナーは、意外とその覚悟を持ち合わせていることが多いかもしれません。「名士」と呼ばれる旦那衆たちです。彼らは街のステークホルダー(利害関係者)でもありますから。

 

伊藤 この建物、オープンしてからがとても楽しみですね。実際の様子を見て、イメージが一気に膨らむ人が多いのかもしれませんね。

三浦氏 私たちの仕事は、最終的に建物が出来上がって初めて伝わることがあります。造る前には図面や模型やCG(コンピューターグラフィックス)で一生懸命説明はしますけど、やはり実際形になって、その場に立っていただかないと伝わりません。

牧之原図書館は、図書館の振る舞いをアップデートするモデルだと思います。

ひと昔前の図書館は、物音を立てるとギロッと睨まれましたし、ましてやコーヒーや食べ物のにおいがするなんて許せないような雰囲気でした。

この建物は緩やかにBGMが流れていて、それが図書館の方にも聞こえてくるでしょう。もちろん民間のテナントも入っているので、人の流れの気配や雑音もかすかに感じられるはずです。「図書館とはこうあるべきだ」という既存のイメージに囚われることなく、新しい心地よさを表現していきたいですね。

官民共創を進める座組みとマインドセット

オープン当日の様子

 

伊藤 プロジェクトを進めていく中で、行政とも密に関わってきたかと思います。一連のやりとりを通して、気が付いた点などはございますか?

三浦氏 部署間の横連携は非常に大事だなと思いました。図書館を造るという一つのプロジェクトには、教育委員会・建設課・児童福祉課・総務課など、行政の中のさまざまな部署が関わります。それらがきちんと連携して一枚岩になることで、特に今回のような民間との共創モデルは進んでいくのだろうなと思います。

もう一点は、首長からのトップダウンですね。これもプロジェクトが滞りなく進むのに欠かせないポイントになると思います。首長が指揮を執って、それぞれの課が動いていく形がつくれると、途中で空中分解しなくて済むと思います。

 

伊藤 確かに、行政側のプロジェクトマネジメントは重要ですね。ちなみにこの案件自体は、市長からのトップダウンだったのですか?

三浦氏 まず真っ先に市長室に連れて行かれました。

私に牧之原市をつないでくださった清水義次さん(建築・都市・地域再生プロデューサー。民間や公共の遊休不動産を活用し、エリア価値を向上させるリノベーションやまちづくり事業のプロデュースを行っている。アーツ千代田3331代表。一般社団法人公民連携事業機構代表理事)と一緒にごあいさつをしに行ったのがスタートです。

そこでは「これからよろしくお願いします」と、まとまった感じがしましたが、いざプロジェクトが始まってみると、途中で担当者の人事異動があったり、庁内で情報共有されていなくてばらけたりしてしまうこともたびたび起こりました。そのたびに軌道修正をしていったような感じですね。

 

伊藤 大箱問題という新たな社会課題に官民一体で取り組むなら、まずは既成概念を捨てることから始まるのかもしれませんね。「私の役割はこれだけなので」と、従来のマインドセットで臨むと、すぐに機能分解が起こってしまいます。

あくまで私の感覚ですが、部署を越えた横連携の重要性や、全体俯瞰の感覚を理解している行政関係者は、ことの外少ない気がします。実はその感覚が、今後自治体が生き残っていけるかどうかの鍵なのですが。

三浦氏 一般論的に言うと、教育委員会の予算は今後どんどん減らされていきますよね。本すら買いづらくなる時代が来ようとしている中で、他の部署との横連携で図書館の利用率が上がれば、予算の減少を食い止めたり、反対に上げたりすることもできるかもしれません。

全体俯瞰の発想がまず首長にあって、教育委員会をはじめとした他の部署にもある、というのが理想ですね。

 

伊藤 「現場に任せてあるから大丈夫」という、ある意味無関心に近い姿勢になるのは避けたいですよね。

三浦氏 座組みが大事ですね。誰に何を任せつつ、どうやって全体の意思統一を図るか?というチームデザインは自治体がもっと積極的に行うべきだと思います。ゴールはみんなのためであっても、プロセスにおいては必ずしも多数決や公平性は重要でありませんから。

 

伊藤 結局、行政と民間がつながるための選択肢が少ないというのが、現状大きな課題なのだろうと思います。入札か、公募プロポーザルか、随意契約か、くらいしかありません。そのうち随意契約は相当な条件が重ならないと成立しませんから、実質、入札か公募プロポーザルの二択です。

三浦氏 確かに、入札や公募プロポーザルだとフィットはしないかもしれませんね。なぜかというと、最初から委託業務内容を提示できないことが多いから。官と民で何かやりましょう、となったときは、プロジェクトの途中から新しい仕事が生まれてくることが多いじゃないですか。だから、難しいですよね。

 

伊藤 全く同感です。最初から完璧なものはないのが当たり前で、それを皆がきちんと理解していることが重要です。

三浦氏 新しい仕組みやルールをつくっていくことが必要と感じています。今回の図書館の場合だと、従来型の公共施設とは造り方から運営の仕方から、何もかも違います。だから、市民も一体となって造っていこうという「走りながら考える」姿勢は必要かもしれません。

でも、今まで図書館に来たことのなかった人たちには喜んでいただけると思います。本が入って、スタッフの方たちが動いている様子を見れば、自分たちの街に新しい居場所ができたと感じていただけるはずです。


 【編集後記】
大型店舗の閉店で、地域にぽっかり穴ができてしまう光景は、今や全国至る所で見られます。

解体か、活用か。限られた社会資源の中で迫られる二つの選択肢に対して「活用」を選んだとき、今回の牧之原図書交流館プロジェクトのような、行政も民間企業も地域住民も、誰もが価値を感じる場所へと協力して変えていくモデルは、同じ大箱問題を抱える自治体にとって大きなヒントとなることでしょう。

牧之原図書交流館は、2021年4月17日に開館しました。今後は心地よいBGMが流れる空間の中で、さまざまな世代の方たちが、官も民も関係なく交ざっていくことと思います。

 

(おわり)


【プロフィール】

三浦丈典(みうら・たけのり)
株式会社スターパイロッツ代表
早稲田大卒業、ロンドン大バートレット校ディプロマコース修了、早稲田大大学院博士課程万期修了。2007年設計事務所スターパイロッツ設立。各地で開催されるリノベーションスクールのユニットマスターを務め、大小さまざまな設計活動、シェアオフィス撮影スタジオなどの経営や運営にも携わる。「道の駅FARMUS木島平」で2015年グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)、2015JCDデザインアワード銀賞、日本建築美術工芸協会(AACA)賞、中部建築賞など受賞。2016年稲門建築会特別功労賞受賞。

 

伊藤大貴(いとう・ひろたか)伊藤大貴プロフィール写真
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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