移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(2)〜「見える化」で得られる改善のヒント〜

黒部一隆・環境省総合政策課政策企画官
(聞き手)Public dots & Company パブリック人材育成事業部/東京都目黒区議・田添麻友

 

2022/1/14 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(1)〜「見える化」で得られる改善のヒント〜
2022/1/16 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(2)〜「見える化」で得られる改善のヒント〜
2022/1/19 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(3)〜  デジタルで解決すると、アナログが輝く 〜
2022/1/21 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(4)〜  デジタルで解決すると、アナログが輝く 〜

 

民間企業と連携

田添 「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」で使用している個人の移動データは、どこから収集しているのですか?

黒部 プロジェクトで連携している株式会社unerry(ウネリー)の位置情報プラットフォーム「Beacon Bank(ビーコンバンク)」に蓄積された、ユーザーの使用許諾済みの情報を使用しています。

ビーコンバンクは、1.1億件がダウンロードされているスマホアプリのバックグラウンドで動く位置情報取得モジュールです。スマホのIDとひも付いており、移動の手段や方向などが把握できます。個人情報は取得しておらず、使用許諾済みのデータを扱っているので、リーガル(法的)面での問題はありません。

第1回目で述べた、個人の移動にポイントを付与するアプリでのナッジについてですが、難しいところが2点あります。

一つは、アプリのダウンロードと位置データの使用許諾を行うユーザー数の獲得です。統計的に信頼できるデータ数を全体の母数の4〜5%と仮定すると、一つのまちでどれだけのユーザー数が必要になるでしょうか。

実は、私は大分県杵築市の次に福井県鯖江市で、同じくアプリを用いたCO2の見える化を行いました。新聞などでも取り上げていただきましたが、200ユーザーほどで頭打ちになりました。移動の見える化を試している他の自治体の事例も耳にしますが、ユーザー数が数百を超えたというケースを聞いたことがありません。まず、データを取得すること自体に一定のハードルがあります。

二つ目は、ユーザーにポイントを付与したとしても、そのポイントに対する財源を自治体が用意することが難しいという点です。

このような背景があったので、ひとまずポイントによる後押しは置いておいて、移動データをたくさん取得するところからクリアしようという話になりました。そこでビーコンバンクにたどり着いたわけです。

富山市と鎌倉市の取り組み

田添 その他の自治体の事例についても、お聞かせください。

黒部 昨年、富山市と神奈川県鎌倉市で移動データの見える化を実施しました。両自治体とも脱炭素をはじめとした、持続可能な地域に向けた環境対策やまちづくりに熱心ですが、それぞれ抱えている課題が違いました。

富山市の場合は、自動車移動の依存度が高い地域であるため、住宅や商業施設が郊外に広がり、中心市街地のにぎわい創出や公共交通の衰退が課題でした。

鎌倉市の場合は、オーバーツーリズムによる慢性的な交通渋滞が起こっており、地域住民の生活の利便性が損なわれているという課題がありました。

このため移動の見える化を実施することで、富山市はコンパクトシティー化に向けた施策のヒントを、鎌倉市は交通渋滞の緩和に関するヒントを得られるのではないかという仮説の下、データの収集と分析を進めました。

その結果、富山市は想定以上に自動車の利用比率が高く、中心市街地をウオーカブル(歩きやすい、歩きたくなる、歩くのが楽しくなる)な場にしていくために、ベンチの設置や歩行空間の拡充などが議論されました(図1)。

 

図1 富山市での「移動の見える化」結果の一部

 

一方、鎌倉市では、市民のために土日に開放されていた市営駐車場なのに、実は観光客の利用比率が高いことが分かりました。そこで公営駐車場の料金見直しや、市民が車移動を行う目的を調べる追加調査などについて議論しました(図2)。

 

図2 鎌倉市での「移動の見える化」結果の一部

 

両自治体とも個人の移動データの見える化を通じ、市民の満足度向上や、コストパフォーマンスに優れた、より解像度の高い施策につなげられたと思います。

 

田添 今回のお話で印象に残っているのが、黒部さんが意識して数字を追い掛けていらっしゃる様子です。「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」からは、EBPM(エビデンスに基づく政策立案=Evidence-based Policy Making)の原則が感じられます。この10〜20年で、EBPMの考え方が行政の中で本流になってきたのでしょうか?

黒部 確かにEBPMの考え方は浸透してきたかもしれません。今はこれだけテクノロジーが発達しており、手順を踏んでリーガル面をクリアすれば、あらゆるデータが活用できます。ですから、データドリブン(データに基づいた企画や戦略の立案・実行)のまちづくりが、今後は主流になってくると思います。

自治体にはデータを読みながら、まちをデザインする力が求められますね。

 

田添 既に四つの自治体で実施された「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」の事例から、まちの実情がより明確になると感じた読者も多いことでしょう。事実そのものであるデータを見たとき、そこから理想のまちの姿と現実のギャップを認識する方もいれば、仮説と現実のギャップを認識する方もいるでしょう。

いずれにせよ、そのギャップを埋める活動の積み重ねが、持続可能なまちの形成につながります。今回の黒部さんのお話からは、データドリブンのまちづくりの重要性が一段と理解できました。

黒部 本日はいろいろな角度から掘り下げていただき、ありがとうございます。この場を借りて強調したいのは、共に実証実験に挑んでくださった大分県地球温暖化防止活動推進センターの皆さま、鯖江市と株式会社jig.jp(ジグジェイピー)の皆さま、株式会社unerryと株式会社デジタルガレージの皆さま、その他関わってくださったすべての皆さまへの感謝の思いです。お礼を申し上げます。

 

第3回目からは、行政がデータを活用した施策に取り組む際の注意点や、コンパクトシティーのデザインに重要な「人の感情にアプローチしたまちづくり」について、さらに詳しく伺います。

 

第3回に続く


【プロフィール】

黒部一隆黒部 一隆(くろべ・かずたか)
環境省総合政策課政策企画官

2002年12月に環境省入省。07~08年に九州地方環境事務所課長補佐を務め、地域活性化やエコツーリズムの推進に携わる。09~11年 資源エネルギー庁再生可能エネルギー推進室長補佐。11~12年 民主党政権下で環境副大臣秘書官。13年から福井県に出向。17年に環境庁に復帰。環境再生・資源循環局環境再生施設整備担当参事官補佐、官房環境計画課長補佐を経て現職。

スポンサーエリア
おすすめの記事