岐阜市長 柴橋正直
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2023/12/21 「こどもファースト」は不変の方針~柴橋正直・岐阜市長インタビュー(1)~
2023/12/25 「こどもファースト」は不変の方針~柴橋正直・岐阜市長インタビュー(2)~
2023/12/28 圧倒的なインプットが政策の土台に~柴橋正直・岐阜市長インタビュー(3)~
2024/01/05 圧倒的なインプットが政策の土台に~柴橋正直・岐阜市長インタビュー(4)~
岐阜県の南西部に位置する県都・岐阜市。人口約40万人の中核市は、市政運営の大きな柱として「こどもファースト」を掲げ、さまざまな取り組みを進めています。子育て支援に関する政策は昨今の潮流ではありますが、同市の柴橋正直市長は2018年の就任当初から「こどもファースト」を掲げてきました。
「あらゆる社会課題の突破口」と位置付ける「こどもファースト」政策には、どのような思いが込められているのでしょうか。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)
あらゆる社会課題の突破口
小田 市のホームページで公開されている「平成30年3月定例会 市長提案説明」を拝見しました。これを読むと、柴橋市長が就任1カ月後の18年3月の時点で「こどもファースト」を市政運営の中心に掲げていることが分かります。経緯を伺えますか?
柴橋市長 私はかつて衆院議員を務めていました。その時代に当時の政権の一員として、社会保障と税の一体改革に取り組んだことがあります。
当時の議論で大きな部分を占めていたのが社会保障関係経費でした。それには四つの分野があります。年金、医療、介護、そして子育てです。従前は高齢者福祉、つまり年金、医療、介護が主な焦点でした。それが12年の一体改革で子育ても社会保障の重要な分野と位置付けられ、全世代型社会保障という考え方が生まれました。
社会保障は国民生活の基盤として、高齢者だけでなく、子どもたちのためにもあります。そうしたメッセージを分かりやすく伝えるためには「こどもファースト」と打ち出すのが最も良いだろうと考え、就任直後から市政運営の基本方針として掲げることにしました。「こどもファースト」はあらゆる社会課題の突破口になります(図1)。
小田 例えば、どんなことでしょうか?
柴橋市長 例えば通学路の安全対策です。子どもたちが安心して通学できる環境をつくることは、交通事故の防止や高齢者が安心して歩ける道路を造ることとイコールです。実際には交通事故の被害者は高齢者が多いですから、通学路の安全対策は高齢者が安心して外出できる環境づくりにもつながるのです。これは住民自治のもと、人工知能(AI)やデータも活用しながら進めています。
不登校の解消にも懸命に取り組んでいます。これは、超高齢社会における最大の課題である「8050問題」(ひきこもりなどの長期化で、高齢〈80代〉の親が中高年〈50代〉の子を抱えて困窮すること)を未然に防ぐことにつながります。大人のひきこもりを少しでも防ぐために、子どもの不登校から光を当てていく必要があります。
不登校は、子どもたちが孤立化しているということです。そこで、やはり社会の中での包摂が重要となります。また、ひきこもりになってしまった方が再び働きたいと思ったときの受け皿をつくっておくことも必要です。そのため当市は「ワークダイバーシティ」という、多様で柔軟な働き方を創出する政策を推進しています。
このように「こども」という観点から解きほぐしていけば、あらゆる社会課題の突破口につながります。これは私の終始一貫したメッセージです。おかげさまで地域の皆さんは、子どもたちのためなら喜んで協力するという姿勢でいてくださいます。私の中で「こどもファースト」は不変の方針です。
子どもたちの孤立化を防ぐために
小田 「こどもファースト」の具体的な取り組みについて、お話しいただけますか?
柴橋市長 力を入れていることの一つに「絵本の読み聞かせ」があります。理由はいくつかありますが、まずは幼児教育に良い影響を及ぼすことです。物語を読むことで子どもたちの創造性が高まりますし、国語も得意になります。情操教育にもなるでしょう。
もう一つの理由として、温かな親子関係の構築につながることです。コロナ禍を機に、全国的に児童虐待が増えつつあります。これは親子関係はもとより、人間関係そのものを破壊します。
実は絵本の読み聞かせは、児童虐待を防ぐのにとても有効な手立てとなります。親御さんの膝の上にお子さんがちょこんと座り、ぬくもりを感じながら絵本を読み聞かせることで、親子の間で信頼関係が育まれるからです。夫婦で行えば夫婦関係が良くなり、離婚を防ぐことにつながります。離婚の増加も社会課題の一つですが、これにも絵本の読み聞かせからアプローチができると考えています。
このように「絵本」をキーワードとして円満な家庭が築かれるよう、市の保健センターや子育て支援施設に絵本の読み聞かせコーナーを設けました。図書館でも気軽に多くの絵本に触れていただけます。今年度からは、図書館で利用カードを作った赤ちゃんへ絵本を1冊プレゼントする「はじめての図書館」事業を実施しています。
小田 絵本の読み聞かせは子育て中の何気ない動作のように思えますが、今のお話を伺うと深みを感じます。
柴橋市長 私があまりにも絵本の読み聞かせについて熱心に語るものですから、幼稚園から「園児に向けて市長から読み聞かせをお願いしたい」というオファーがありました。年明けから各園を回る予定です。
小田 その他の「こどもファースト」施策についても伺えますか?
柴橋市長 21年度に東海地区初の公立不登校特例校「草潤中学校」を開校しました。長く不登校だった子どもたちがオンラインも含めて通える学校です。現在約40人の生徒が利用しており、毎年全員が卒業と進学をしています。
今年度は、地域の五つの中学校に草潤中の分教室といえる「校内フリースペース」を設けました。ここには計60人を超える生徒が来ています。このように子どもたちの居場所をつくって学びにつなげ、未来の可能性を拓くことに来年度も全市的に取り組んでいくつもりです。
子どもたちの心身の健康サポートにも力を入れています。当市では19年7月に「いじめ重大事態」があり、中学生が亡くなるという大変悲しい事件がありました。これをしっかりと受け止め、再び同じようなことを起こさないために、学校教育の中でいじめについて学ぶ機会を数多くつくっています。そして全小中学校に「いじめ対策監」を配置し、いじめの兆候を察知したらすぐにアクションを起こせる体制を整えています。
子どもたちの声なき声をキャッチすることも重要です。そこで、国の「GIGAスクール構想」に基づき子どもたちに1人1台配備したタブレットに、心の健康状態を自己申告できる機能を付けました。毎日の朝の会、帰りの会で子どもたちはその日の心の状態について、ボタンを選んでタップすることで先生に伝えます(図2)。
例えばハートマークがいくつか並ぶボタンがあるのですが、子どもたちは今の心の満たされ具合と対応するハートをタップします。これにより先生は、各生徒の心の様子を毎日確認することができます。
また「先生に聞いてほしい」というボタンもあります。子どもたちが不安なことや気掛かりなことについて先生に相談したいと思ったとき、勇気を出して職員室に飛び込まなくても気軽に呼び掛けられる仕組みです。相談相手を指名することもできます。以前に担任だった先生でもいいですし、校長先生でも大丈夫です。子どもたちにとって話したい相手、話しやすい相手にすぐにシグナルを送ることができます。
このようにいろいろな形で子どもたちの孤独化を防ぎ、しっかりと学びにつなげる仕組みづくりにかなり力を入れています。ここまで取り組む自治体は全国的にも珍しいと思います。予算もその分かかりますが、最も大事な分野ですから、しかるべき予算として捉えています。
(第2回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年11月13日号
【プロフィール】
岐阜市長・柴橋 正直(しばはし まさなお)
1979年生まれ。阪大文卒。UFJ銀行を経て、2009年から衆院議員を1期務める。14年2月岐阜市長選に立候補するも落選。18年2月に再挑戦して初当選。現在2期目。