千葉県流山市長 井崎義治
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2024/02/05 「量」より「質」の自治体経営~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(1)~
2024/02/08 「量」より「質」の自治体経営~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(2)~
2024/02/12 「選ばれるまち」になるためのマーケティング戦略~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(3)~
2024/02/17 「選ばれるまち」になるためのマーケティング戦略~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(4)~
開発圧力が高いほど、行政は関与できる
小田 「民間の開発には関与できない」という自治体関係者の声を耳にすることがあります。その結果、駅前にはタワーマンションが、郊外には大型のショッピングモールが建つなど、どのまちも同じような風景が広がっています。民間の開発圧力について、どのように考えていますか?
井崎市長 私はむしろ逆に、開発圧力が高ければ高いほど、行政が関与できる余地があると考えています。大規模な事業ほど、建築許可や農地転用など都市計画法に基づく行政の許認可が必要なポイントが出てきます。ですから、そのタイミングで使えるさまざまなガイドラインや条例をつくり、良質なまちへの移行を促します。
小田 流山市では、例えばどのようなガイドラインがあるのでしょうか?
井崎市長 「開発事業緑化整備基準」を設けています。まちの景観価値と環境価値を高めるためのものです。例えば低層の建物しかない地域に、大きなマンションを建てる計画が持ち上がったとします。この場合は戸建て住宅からマンションが見えなくなるように、マンションの敷地内に背の高い木を植えることになります。植樹面積を確保するためのセットバックも要請します。そうすると、戸建て住宅に住む方の眺望権や日照権が守られます。
さらにエリア全体で見ると緑化が進むことから、景観の良さにもつながります(写真)。このように緑化についての基準を細かく設け、条件を満たした計画に開発許可を出しています。
また「流山グリーンチェーン認定基準」(図)を設けており、開発事業者の皆さんには認定の取得をお願いしています。認定レベルは「1」から「3」まであります。「開発事業緑化整備基準」で定めているのは「レベル1」相当ですから、さらに高い基準の緑化を推進するための制度です。
小田 他自治体に比べ、厳しい緑化基準ですね。開発事業者はどのような反応を示していますか?
井崎市長 基準を定めたのは16年前です。しばらくは事業者の皆さんから「なぜ、ここまでやらなければならないのか」と反発を受けました。住民から「枯れ葉が舞い込んでくるから、木をこれ以上、植えないでほしい」といった要望が寄せられたこともあります。
市職員も当初は、なぜこのような基準を設けるのか疑問を抱いていたように思います。緑化を進めた結果の景色を誰も見たことがありませんから当然です。
そのような声に対し、私は「まちの価値を上げる開発をしなければならない」「まちの景観価値と環境価値を高めれば、資産価値も高まる」と、ひたすら伝え続けました。そうして少しずつ事例ができてくると「井崎が言っていたのは、こういうことだったのか」と理解いただけるようになってきました。
今では、グリーンチェーン認定を取得した物件の売れ行きが好調です。より高く、より多く売れる傾向があります。認定ランクは広告にも使えますから、事業者の皆さんは予算や敷地面積の許す限り、より高いレベルの緑化を進めてくださっています。
小田 井崎市長の忍耐強さが伝わってきます。
井崎市長 市長になるまで、自分にこれだけ忍耐力があるとは思ってもみませんでした(笑)。ガイドラインや条例に強制力はありません。ですから開発事業者の皆さんには嫌がられても、ひたすらお願いするのみでした。職員も諦めずに取り組んでくれました。
人口減少時代のまちづくりは「量」より「質」
小田 流山市のように、緻密な都市計画や景観にこだわるまちづくりができている自治体はまれです。なぜでしょうか?
井崎市長 景観価値と環境価値が上がれば、資産価値が上がるというイメージがないからだと思います。人口減少が加速する時代において、比重を置くべきは「量」より「質」です。便利でも環境が悪い地域より、多少不便でも環境の良い地域が選ばれるでしょう。「質」にこだわれば、まちは生き残れると私は確信しています。
人口減少時代は買い手市場であり、売り手市場ではありません。それを理解しないまま、取りあえず人口を増やすためにと、狭小住宅や安くて質の低い住宅を増やす方向にかじを切ったとしましょう。一時的に人口は増えるかもしれませんが、環境の良しあしは住民満足度に直結します。徐々に選ばれない地域になることは想像できます。
小田 市長がおっしゃる「質」とは、具体的にどういうものでしょうか?
井崎市長 流山おおたかの森駅周辺の開発事例をお話しします。そこでは当時、マンションの建設が進んでいました。市は建設業者に対し、戸数を当初計画の550から520ほどに減らすよう依頼しました。1戸当たりの専有面積が70~80平方メートルでそろえられていたところを、70~120平方メートルとバリエーションを増やす形で調整し、全体の戸数を引き下げたのです。また、物件ごとの床面積もぎりぎりまで広く取っていただき、その分、価格を上げました。結果、入居者の世代や世帯構成にバリエーションが生まれました。子育て世代が一斉に入居し、子どもが大きくなったら一斉に退去するような不安定さもなくなりました。
このように1戸でも減らし、広めの物件を造ること、専有面積のバリエーションを多様にすることを一貫して行っています。今でも新たなマンション建設の計画が出るたびに同様のお願いをしています。
小田 都市計画の専門家ならではの視点ですね。お話を伺っていると、井崎市長のような方が庁内にいない自治体は「選ばれるまち」になるための戦略・戦術を立案し、実行するのは難しいのではないかと感じます。民間人材がアドバイザーのような形で連携することも可能でしょうか?
井崎市長 可能だと思います。良質な住宅地や沿線イメージを形成するために尽力する企業は、その道のプロです。
例えば沿線開発にたけた電鉄会社などです。経験ある方の知見を借りるのは有効でしょう。ただし行政側の協議や検討に時間をかけ過ぎ、前に進まないのでは意味がありません。しっかりと信頼関係が築けているアドバイザーが示した戦略や戦術であれば、速やかに実行に移すことが重要だと思います。
小田 今回は「まちのポテンシャルは顕在化しなければ意味がない」「民間の開発圧力が高いほど、行政は関与できる」など、井崎市長の鋭いご意見が印象的でした。
次回は流山市のマーケティング戦略について、さらに深掘りします。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年12月11日号
【プロフィール】
千葉県流山市長・井崎 義治(いざき よしはる)
1954年生まれ。米サンフランシスコ、ヒューストンで都市計画やエリアマーケティングに従事した後、1989年から千葉県流山市に在住。住信基礎研究所、エース総合研究所を経て2003年4月流山市長選に初当選し、現在6期目。