地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(1)~

北海道帯広市長・米沢則寿
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子

 

2025/02/26 地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(1)~

2025/02/27 地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(2)~

2025/03/04 「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(3)~

2025/03/06 「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(4)~

 


 

北海道帯広市、米沢則寿市長のインタビューを全4回でお届けします。米沢市長は民間企業で多様な経験を積み、経営者から54歳で故郷の市長に転身しました。民間企業と自治体トップの違い、地域の価値を高めるマネジメント手法、そして周辺自治体との信頼関係構築まで、経営者の視点を生かした自治体運営の姿に迫りました。

 

民間企業と行政で異なる時間軸

小田 米沢市長は2010年に民間企業の経営者から首長へ転身され、現在4期目を務めていらっしゃいます。就任当初は行政運営に対してどのような印象を持たれましたか。

米沢市長 民間企業と行政では結果、成果が出るまでの時間軸があまりにも違うので、当初は頭が壊れそうになりました。しかし、市政運営を進めるうちに、その違いの中にもだんだん面白さを感じるようになりました。

私が市長に就任したのは54歳のときです。民間の世界でそれなりに経験を積んでからのスタートでしたが、それでもかなりの大変さを覚えました。最近は若手の首長も増えていますが、ある程度多様な経験や考え方の軸を持たずに飛び込むと、かなり「しんどい」世界だと思います。

 

小田 具体的に、どういった点が「しんどい」とお感じになりましたか。

米沢市長 民間企業と行政の「目的と尺度の違い」です。民間企業では目的が明確です。一定の約束事の中で、決められた期日内にどれだけ利益を最大化できるかという分かりやすい目的と尺度があり、一緒に仕事をする人も株主も、その目的と尺度を共有しています。

ところが行政は、選挙で他の候補者に票を投じた人も含めて、市長就任の瞬間から市民全員の幸せを考えることが目的になります。選挙で自らを受け入れてくれなかった考え方の違う市民も含め、合意・同意を希求し続けなければならないこと、ここに最初は大きな違和感がありましたね。

 

小田 「市民のため」「地域のため」とおっしゃる首長は多いですが、確かに民間ご出身の方からすると、最初は違和感を覚えるかもしれませんね。そんな感覚を抱きつつも、米沢市長はどういった姿勢で市政に取り組まれてきたのでしょうか。

米沢市長 照れくさいので日本語では言いづらいのですが、英語で言うと〝Challenge〟です。「市民のため」「故郷のため」という言葉を、最初は半信半疑でも、それを絶対に本物にしていこうとするチャレンジ、挑戦です。民間の世界にいた頃にも、自分の周囲や自己の能力アップのために努力をし、成果を挙げてきました。しかし市長に就任してみて、広く「社会」のために何かをするということがこれほど大変で難しい仕事なのかということを、初めて実感しました。

繰り返し申し上げると、社会のための仕事、公共の仕事というのは本当に大変だと思います。自分にやり切れるのかという不安もあります。私は自分をそれほどしっかりした人間だとは思っていませんし、どこかで自分を偽っているかもしれないし、ブレることもあるかもしれない。しかし市長という仕事をラストキャリアと考え決めたので、自らの集大成としてここで精いっぱい全てを出し切ろう。そんな思いで市政運営に取り組んでいます。

 

小田 現在4期目でいらっしゃいますが、これまでのご経験から「企業と自治体のトップの役割の違い」についてどのようにお考えですか?

米沢市長 一定の目標を持ち、それを実現するために手元にある資源を組み合わせて活用し、一定の時間軸の中で実現し成果を出していく点では、企業と自治体のトップに違いはないと考えています。ただし、どのくらいの範囲の人を巻き込んでマネジメントしていくのかという点では、質が異なる部分があります。

 

小田 マネジメントの質の違いについて、詳しくお伺いしたいです。

米沢市長 民間企業と自治体では目標の立て方が違います。時間軸も異なります。企業では四半期決算や場合によっては月次決算が求められることもありますが、自治体は単年度予算・決算です。また、自治体運営には非常に多様な人たちが関わります。これも民間企業とは異なる点です。しかし、人と接点を持って理解し、解決策を見つけ、次の方向性を定めていくというところは本質的に同じかもしれません。

私は民間にいた頃、さまざまなマネジメントの現場を経験しました。海外にいたこともありますし、メーカーの工場やプラントサイト、金融界でも働きました。証券会社系のベンチャーキャピタルに在籍していた時代には、世界中の機関投資家や経営者とも接しました。

30代はじめにピーター・ドラッカー(オーストリアの経営学者)の「マネジメント」に出会い、マネジメントとイノベーションに強い関心を持ちながら仕事をしてきました。

50代になって公務員と政治家の分野が「まだ見ぬ世界」として残っていました。行政や政治の世界のマネジメントとは一体どのようなものなのか。この興味がチャレンジに変わり、今ここにいます。

 

「畏れ」から生まれる俯瞰的な視点

小田 米沢市長は「フードバレーとかち」(注1)や「北海道フード・コンプレックス国際戦略総合特区(HFC特区)」(注2)など、地方創生に向けた多様な取り組みを行っています。経営的な視点や能力を持った方が自治体の首長を務めることで、ここまで前進するのかと外から見ていて感心しています。もちろん、ご本人の資質や能力が大きく影響していることは前提としてですが、加えて、経営者としてのご経験も確実に生かされているのではないでしょうか。

(注1)国内および拡大するアジア市場に目を向け、食と農林漁業の集積拠点を目指す取り組み。食・農・自然といった日本有数の地域の強みを生かし、生産・加工・流通・販売が結び付いた十勝型のフードシステムを、十勝19市町村(オール十勝)でつくりあげる。

(注2)食産業の研究開発・輸出拠点を形成し、成長著しい東アジアの食市場を獲得することを目標に、北海道・札幌市・江別市・函館市・北海道経済連合会および十勝管内全19市町村が連携。規制の特例措置や財政・税制・金融支援等を通じて食のバリューチェーンの形成に取り組んだ。

フードバレーとかちの概念図

フードバレーとかちの概念図(出典:フードバレーとかち公式Webサイト)

 

米沢市長 これまでさまざまな職場・国で多様な経験・キャリアを積めたことには非常に感謝をしています。しかし、自分自身に高い能力があると思ったことはありません。世の中には「こんなに優秀で立派な人がいるのか」と驚かされるような方がたくさんいます。そんな素晴らしい方々に出会い、刺激を受けたからこそ、自分自身の中にそれなりの知見が培われたのだとは思います。

かつての上司から言われた言葉が忘れられません。「お前は天才でも秀才でもない、普通の人だということを絶対に忘れるな」という言葉です。また、その上司からは、「だから毎日努力しろ。もし不安に思うなら、その仕事には安易に手を出すな」とも助言されました。私は根本的にいつもある程度の「畏れ」を感じながら仕事をしているのだと思います。

「これで間違っていないか」「これは失敗するんじゃないか」と常々考えます。物事の背景を深く理解しないまま立場だけをかざし、「自分は偉い」「権限を持っている」「リーダーシップを発揮しなくては」と思い込んでしまったら、きっと間違い、失敗します。

いつも「まだ足りない部分があるかもしれない」という意識を持ち熟慮します。そして何かを行う際には思い切って実行しますが、間違いがないかを常に検証し、違っていたらすぐに軌道修正できるようにしておきます。逃げ道というわけではありませんが、そういった視点を常に持って行動しています。

 

小田 それこそがまさに経営者的な視点だと思います。自分一人が知り得る知識や経験には限りがあります。何か大きな物事をなそうとするならば、「畏れ」を持ってさまざまなステークホルダーと連携することが重要です。

米沢市長 私はベンチャーキャピタルにいたことから、「創造的破壊」というヨーゼフ・シュンペーター(オーストリアの経済学者)の言葉に触れる機会がよくありました。ただし、「創造的破壊」は「創造」と「破壊」をセットで使わないと誤解を生む言葉だと感じています。

何かを「壊したい」と思って体制や組織を変えようとする場合、単に壊すのではなく、壊すことで何を創造するのか、その方向性も同時に持たなければなりません。何かを壊したいと思うなら、何をつくるのか、何をつくるために壊すのかもクリアにしなければならないと、常に自分に言い聞かせてきました。

先ほど話題に上がった「フードバレーとかち」の町村との連携においても、私は相手のことを決して「分かった気」にならないように自戒しています。

この取り組みには私の他に18人の首長に関わっていただいています。皆さんとは良好な関係を築き、10年以上のお付き合いがある方もいらっしゃいますが、それでも私は常にどこかに畏れを持ち続けています。

「まだ知らない、理解し切れていない部分がきっとある」「分かった気になるのはよくない」といった意識です。そういう意味では臆病なんです。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年1月20日号

 


【プロフィール】

米沢 則寿(よねざわ・のりひさ)

1956年生まれ。帯広市出身。北海道大法学部卒。石川島播磨重工株式会社(現株式会社IHI)、株式会社ジャフコ取締役、ジャフココンサルティング株式会社取締役社長等の経験を経て2010年に帯広市長就任。現在4期目。(写真提供:株式会社スマヒロ)

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