
長野県野沢温泉村長 上野雄大
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2025/12/17 20年ぶりの村長選で示された変化への期待~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(1)~
2025/12/18 20年ぶりの村長選で示された変化への期待~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(2)~
2025/12/23 コミュニケーションを取り続け、多様な共生社会を築く~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(3)~
2025/12/25 コミュニケーションを取り続け、多様な共生社会を築く~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(4)~
対話を基本姿勢に
小田 起業も経験されていますよね。フリースタイルスキーと自転車の専門店をオープンし、ツアー事業も含めて村の自然資源をPRする取り組みを行ってきたと伺いました。
移住者増加のきっかけをつくったり、多店舗展開で雇用創出に貢献したりと地元に好影響をもたらしてきたそうですが、ゼロからの起業でなぜそこまでうまくいったのでしょうか? 村政運営にも通ずるところがあるのではないかという意図でお聞きします。
上野村長 あれは本当にゼロからのスタートでした。資金もなく、世の中の情勢はリーマン・ショック直後でしたから、起業するには一番大変なタイミングだったと思います。地元のスキー場の来場者の数も少なかったですし。
しかし私は最初に申し上げた通り、物事に対してあまり考え過ぎずにシンプルに捉えます。そのため外的要因を一切無視してですね、「世界中でこんなに素晴らしい雪が降る所はない。この地でスキーをすることの楽しさを一人でも多くの人に伝えたい」という信念で「スキーをもっと楽しくもっと自由に」のコンセプトを立て、それを貫き通しました。
そうしたら1人、2人、3人と来てくださる人が増え始め、気が付いたら輪が広がっていたという感じです。同じ志を持った仲間やお客さまが集まって来ました。
小田 観光が活況な半面、人手不足で飲食店や宿泊施設が全面オープンできない地域もあると聞きます。村でも少子高齢化や過疎の影響がある中、ここまで盛り上がりをつくれたことに驚きです。
上野村長 お店の運営は半分奇跡のような出来事の連続でした。気付いたら3店舗と1カ所のテナントに拡大していました。一時期東京に出店する機会にも恵まれ、なびきそうにもなりましたが、やはり地元に根差した運営に徹底しようと。全てをこの地に賭けようという思いで空き店舗の利活用をしたりして、事業を広げてきましたね。
小田 まさに経営判断ですね。そして「より良くしていく」「物事をシンプルに捉える」という姿勢が徹底していますね。ところで、経営感覚を持つ首長がスピード感を持って意思決定を行う際、住民との合意形成の場面で衝突することもあるかと思います。その点では、どのように村民の皆さんとコミュニケーションを取っているのですか?
上野村長 確かに、民間企業はスピード感を持って動くことが常識的ですよね。ですが私が常々意識しているのは、きちんと対話をして、コミュニケーションをとにかく絶やさないようにすることです。民間にいたときも、やみくもにスピード感を求めていたわけではありません。スピード感があれば何でもできるわけではないからです。働いてくれるスタッフの方の合意を得ながら経営を進めてきました。現場の声も聴くし、自分の考えも伝える。これを繰り返してきたので、村長になった今でも村民の皆さんとは対話することを重視しています。
結局のところ、対話をして自分を知ってもらい、相手も知るということを本当に丁寧にやっていくと、結果的にスピード感も出始めるのではないかと思っています。私としては、そんなに難しいことはしていません。
小田 村民の皆さんとは定期的に対話の機会を設けているということでしょうか?
上野村長 村長選の前の議員活動の最後には、村内20カ所で懇談会を行わせていただきました。就任後も各地区で懇談会をスタートし、村民の皆さんとの直接の対話を始めています。頂いた質問やご意見に対し、その場で答えるタイムリーさを大切にしていますね。
少々批判的に聞こえてしまうかもしれませんが、「住民が行政に要望を言ってもダメだ、聞いてくれない」という雰囲気はあると思うんです。当村の行政だけでなく、他の地域の行政でも。
そういった形式的な意見交換会にはしたくなかったので、「検討します」という言葉はなるべく使わず、その場で回答するようにしています。村民の皆さんからの要望に対し、できないのであればその理由や改善策を述べたり、できることであればいつまでに何を実行するかをお伝えしたりしています。中には予算の裏付けが必要な意見もたくさんあります。それについては裏付けを持ってお答えすることになりますが、その場では「私としてはやりたいと思っている」と、思いや考えを伝えるように心掛けています。
小田 丁寧に対話の姿勢を示したことで、村民の皆さんの意識や態度に変化が表れたのではないでしょうか?
上野村長 各地でさまざまな意見が上がるようになりました。見方を変えれば、それまで黙っていたことが一気に表出したとも言えます。だから、職員は大変だと感じているかもしれません。私自身も責任の重さを感じます。
伝統的な自治組織との協働
小田 上野村長は就任直後、村の伝統的な自治組織である「野沢組」とトップ会談を実施しました。これは歴代の村長が踏み込まなかった領域に対してのアプローチで、対話重視の姿勢が強く感じられます。背景には何があったのでしょうか?
上野村長 「野沢組」は江戸時代から続く自治組織で、村の共有財産の維持や管理、温泉資源の管理、式典祭事の運営などを行っています。村政との関係性は良好ですが、暗黙の了解で役割分担が行われており、お互い干渉し合わない歴史が重ねられていました。時に二重行政といわれることもありました。私が就任前から常々感じていたのが、「野沢組」の運営する社会システムが時代の変化とともに維持が難しくなってきているということでした。特に人口減少の影響は大きく、このままの仕組みでは住民の暮らしに歪みが出ることは明らかでした。そこで、「野沢組」の惣代さんと、これからの村づくりについて対話しましょうということになったのです。
もしかしたら、組の中には伝統を変えないことが美学と考える方もいらっしゃるかもしれません。でも実際に人口が減り、危機感が隠せないところまできています。私が村長選で当選したことで、村民が変化を求めていることを惣代さん自身が捉えてくださったのだと思います。惣代さんとは25年6月に最初のトップ会談を行い、お互いに考えていることや課題を出し合うことからスタートしました。これからも定期的に対話の機会を設ける予定です。
小田 大きな一歩ですね。「野沢組」の惣代さんとは、以前からお付き合いはあったのですか?
上野村長 もちろん、祭りの運営で小さい頃から皆顔見知りです。ベースに信頼はあります。一方で、議会で二重行政の話題に踏み込もうとすると、「お湯に触ると火傷するから」という決まり文句で全ての議論が終わっていました。
小田 それは野沢温泉の共同浴場のお湯が熱いことに掛けているのでしょうか。
上野村長 そうです。私自身は「お湯に触ると火傷するから」という決まり文句を聞くたびに、口には出さなかったものの「少々の火傷くらいであれば」と思っていました。命懸けで惣代さんと対話して、次の世代に残せる地域づくりを一緒にやりましょうと伝えるために、歩み寄ることを決めました。
小田 会談は今後も定期的に行うとのことで、初回から建設的な対話がなされたのですね。
上野村長 良い感触を得ることができました。現在、村で深刻なのが土地問題です。土地の売買が活発化しており、特に外資系による温泉施設や不動産の買収が目立っています。その結果、もともとの住民が村外に転出していくという状況になっています。私としては、行政の立場から、できる限り個人の方々が土地を保有された状態で適切に運用していただけるような提案を進めていきたいと考えています。しかし、財源面では村単独での対応は非常に難しい状況です。
幸いなことに、惣代さんが住宅所有者やオーナーの情報を詳しく把握されており、外国人所有者についても含めて管理されています。そこで惣代さんと連携して、土地保有に関する団体組織を設立し、民間企業にも参画していただく取り組みを実施したいという提案をさせていただきました。
おそらくこうした提案に対しては、従来であれば相当な抵抗があったと思います。しかし、今回は前向きなご回答を頂くことができました。
小田 上野村長の真摯な姿勢がもたらした成果ですね。貴重なお話をありがとうございます。
後編でも引き続き、対話をベースとした上野村長の行政運営について伺います。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2025年11月17日号
【プロフィール】

上野 雄大(うえの・ゆうた)
1981年生まれ、長野県下高井郡野沢温泉村出身。元フリースタイルスキー日本代表選手。実業家として4店舗を経営後、2021年に村議会議員に当選し、総務社会常任委員長も務める。
25年3月、20年ぶりとなる村長選挙で初当選し村長に就任。現在1期目。

