アフターコロナと自治体のデジタル変革5〜適切な理解と人材活用

自治体DXのコンサルティングを手がけるPublic dots & Companyは新型コロナウイルスの感染拡大が引き金となって自治体のデジタル変革がどのように進むのか、アフターコロナを展望します。
本記事は一般社団法人Publitech代表理事、菅原直敏氏の記事です。

新型コロナウィルスの大流行により、人類は世界的危機に直面しています。

この機会に、2017年夏より構想し、「テクノロジーで人々をエンパワメントする」というミッションの下、2018年11月より一般社団法人Publitechを設立して進めてきたパブリテックプロジェクトへの思いや進捗について、現在フィールドとする福島県磐梯町等の事例も踏まえながら、「アフターコロナと自治体のデジタル変革」というテーマで7回に分けて綴っていきます。

今回は第5回です。

参考:「なぜ、パブリテックは生まれたか〜代表理事菅原直敏ピッチ@一般社団法人Publitech設立キックオフイベント

※自治体のデジタル変革:自治体がデジタル化を通じて、住民本位の行政、地域、社会を実現するプロセス。デジタルトランスフォーメーション、DX。

●ICT化とデジタル変革の違い

誰もが自分らしく生きられるために、人々が幸せになるためにテクノロジーを活用しようといって、様々な実際の事例を提示していくと、ほとんどの人が共感してくれます。

しかし、官民問わず、日本おけるテクノロジーの活用は残念ながら先進的な国々の後塵を拝しています。かつて電子立国として「JAPAN AS NUMBER 1」とまで国際的に言わしめた日本の凋落ぶりは著しいものがあります。

その大きな理由は、日本ではテクノロジーを業務効率化・省人化の視点で捉える人が非常に多いことにあると私は考えています。つまり引き算の思考です。

一方で、エストニアやデンマークのように比較的テクノロジーを行政運営にうまく落とし込んでいる国の人々は、テクノロジーを自分たちが自分らしく生きるため、幸せになるため、価値を生み出すためにテクノロジーを活用していこうという意識があります。つまり足し算の思考です。

私は前者をICT化、後者をデジタル変革とざっくり分けて、多少の誤解を恐れずに説明するようにしています。ここの理解がしっかりしていないと、デジタル・テクノロジーにかかることをICT化の文脈のみで捉えようとして、デジタル変革が生み出す価値について目を向けることができないからです。

おそらく、失われた30年の間、民間企業も自治体も組織や業務を削ることばかりで維持されてきたため、顧客や住民に対して価値を提供していこうという視点が大きく欠落してしまっているのだと思います。

もちろん、財政が厳しい折に、業務のICT化によるコスト削減や省人化は不可避でしょうし、進めていくべきことであると私も考えます。しかし、もう一度考えて欲しいのです。それは何のためのICT化何だろうかと。住民の幸せにつながらないICT化はそれ自体が目的化した自滅への取り組みです。

より正確には以下の図のように私は整理しています。

●誰一人取り残さない

デジタル変革は外国の民間企業が主導してきました。これはグーグル、アマゾン、フェイスブックのようなデジタルネイティブ企業の台頭が始まり、デジタル・テクノロジーを前提としてサービス・プロダクトをつくることみならず企業運営も行わなければ、世界的な大企業ですらあっという間に負けてしまうという危機感が背景にあります。

企業のデジタル変革の最大のインセンティブは、利益の最大化であり、企業の生き残りにあります。したがって、デジタルを活用した高いUX(ユーザー体験)やUI(ユーザーインタフェース)を構築し、データを利活用することにより、顧客のランク付なども行われます。極端な話、利益になる顧客には熱心にアプローチするが、そうでない顧客には力点は置かれないこともあります

海外ではこのデジタル変革の取り組みを行政に援用し始める国や自治体が出始めました。では、この際の自治体のインセンティブは何でしょうか?それは住民本位の行政を実現することです。

ここに、民間企業と自治体のデジタル変革における大きな違いがあります。自治体は住民を選別することはできません。いや、むしろ誰一人取り残さないためにデジタル・テクノロジーを活用することが求められます。

実は、自治体が住民全てのためにあるというのは建前で、実際はリソースが限られているために、取り残されてしまっている住民は少なくありません。しかし、アナログの手法のみでそれを解決するのは極めて困難です。

したがって、アナログ的な手法のみでは解決し得なかった業務を、デジタル・テクノロジーも活用することによって、住民誰一人取り残さないように再構築していくことが自治体には求められます。

そして、時として費用をかけてでもやらなければならないことも出てきます。これが単なるICT化との大きな違いです。デジタル変革は情報のデータ化、業務のICT化を前提としながらも、住民本位の行政を実現するためにデジタル・テクノロジーも活用していくプロセスです。

●埋れている人材を活かそう

ところで、私が全国各地の自治体を回っていて感じるのは、どんな自治体にもデジタル・テクノロジーを活用して地域や役所をより良くしていこうと思っている職員や住民が少なからずいることです。

なぜ、それを感じるのかというと、実際に研修を行った後に、どう進めていったら良いかという連絡を若手・中堅の職員から頂くことが少なくないからです。そして、大抵は地域の熱意ある住民とつながり、何か仕掛けてやろうと日々取り組んでいます。

しかし、彼らは今大きな壁にぶつかっています。それは組織の不理解という壁です。私はこういったやる気のある人材をデジタル変革の中心に据え、抜本的な取り組みをしていくことが、衰退する地方自治体に求められていると強く感じています。トップや幹部の方々がやることは単純です。全てを委ねて責任だけ取れば良いのです。組織や地域に思いのある人間は適切な役割と権限を与えられれば一生懸命結果につながる取り組みを進めると思います。

なお、磐梯町ではまずは職員を誰一人取り残さないために、全職員対象の研修を既に終え、今後は職員の能力に合わせた研修も行なっていきます。また、全ての課の最年少職員をデジタル変革推進員という形でデジタル変革戦略室の職員と兼任させ、デジタル変革の各課への調整や落とし込み、また不得手な職員への寄り添った支援を行います。

また、住民に対しては、各地域にデジタル活用支援員を配置し、「デジタルを使えないからやらない消極的選択」ではなく、「デジタルの恩恵を受けられるように、住民を育成する寄り添った支援」を仕組みかする予定です。支援員を誰にするのかという検討の中には、地域でICTに明るいアクティブシニアも有力な候補です。

このように、デジタル変革を行う際は、誰一人取り残さないことと、そのために、自治体や地域に埋もれている人材を活かしていくことが効率的かつ効果的であると私は考えています。

さらに、自治体内のやる気にあふれている職員と地域のアクティブな住民は相性が非常に良いです。デジタル変革を通じて様々な共創的取り組みが期待できます。

アフターコロナの時代には、社会の様々なソーシャルキャピタル(社会関係資本)を有機的に結合していく、ある種のソーシャルワーク的な取り組みが重要になってくると私は考えます。


シリーズ連載

アフターコロナと自治体のデジタル変革1〜テクノロジーで人々をエンパワメントする

  • アフターコロナ
  • 平成、変われなかった時代
  • 新しい価値を共創できる時代

アフターコロナと自治体のデジタル変革2〜自治体の存在意義を再考しよう

  • 自治体のミッションとヴィジョンは何ですか?
  • 言葉は踊らされずに、利用しよう
  • テクノロジーは手段であって目的ではない

アフターコロナと自治体のデジタル変革3〜戦術よりも戦略、現状把握をしよう

  • RPAに失望する自治体
  • ビジョンに至るまでの戦略を描こう
  • ミッション・ビジョンがぶれなければ、戦略・戦術はピボットしても良い

アフターコロナと自治体のデジタル変革4〜全ては人と仕組みから始まる

  • 司令塔の不在
  • 組織の不在
  • 手続きの重要性

アフターコロナと自治体のデジタル変革5〜適切な理解と人材活用

  • ICT化とデジタル変革の違い
  • 誰一人取り残さない
  • 埋れている人材を活かそう

アフターコロナと自治体のデジタル変革6〜本気で取り組もう

  • 成果につながらない実証実験と包括連携協定
  • 自分たちで考えよう
  • 重要なのはパブリックマインド

アフターコロナと自治体のデジタル変革7〜アフターコロナの自治体像

  • 新型コロナウィルスの危機は日本社会社会のリトマス紙
  • 私たちは何を望みたいのか
  • 行動するかしないか

筆者プロフィール
菅原直敏
一般社団法人Publitech 代表理事
株式会社Public dots & Company取締役
磐梯町CDO(最高デジタル責任者)。ソーシャルワーカー(社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、保育士、福祉にかかる4大国家資格を有する)。介護事業所を複数経営する企業の法人本部長として、経営および現場業務にかかわる。また、「共創法人CoCo Socialwork」 CEO、出勤しない会社、持たない会社、給与以外の価値を与える会社をコアバリューとして、自分らしい働き方の実践を行う。テクノロジーを活用して人々をエンパワメントするパブリテックという概念を提唱し、行政のデジタル化、社会のスマートか、テクノロジーによる共生社会の共創を目指すソーシャルアクションを行なっている。さらに、株式会社Public dots & Company取締役として、官民共創の取り組みを推進する。

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