ニューノーマルにおけるこれからの図書館
オンラインとオフラインの境界のない世界へ
株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役 岡本真
2020/9/23 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(1)
2020/9/25 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(2)
2020/9/28 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(3)
2020/9/30 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(4)
岡本: 今回の新型コロナで私が注目したのはニューヨーク公共図書館(https://www.nypl.org/)です。図書館としてのポリシーに非常に力強さを感じました。ウェブサイトにアクセスすると、「さぁ、デジタルライブラリーカードを入手しよう!」というメッセージが表示されていたのです。新型コロナで外出ができなくなりましたが、ここではたくさんのオンライン講座も提供されていました。まさに図書館の役割は何かを身をもって発信していたのがニューヨーク公共図書館だったと思います。
伊藤: そういえば、2019年にそのニューヨーク公共図書館が映画になって、日本でも大いに話題になりましたが、映画のワンシーンの中で「図書館は本の置き場ではない。人そのものだ」ということをこの図書館で働くライブラリアン(図書館司書)が発言していたのが印象的です。
岡本: そう。この図書館はマンハッタンの一等地にありますし、みんな、観光場所としての図書館にどうしても目がいってしまいますが、そうじゃない。今回、新型コロナでこれだけ社会が混乱しても、この図書館が回っていたのは、哲学があるからです。「デジタルだろうが、アナログだろうが、サービスを維持する、届ける」という強い意志を感じました。
未来を見ていたからこそニューヨーク公共図書館はニューノーマルへの移行がスムーズだった
伊藤: 彼らは従前からその意識で仕事をしていたのでしょうけど、今回の新型コロナでオフラインの部分が断たれたことで、その意識が社会的に強く映ったかもしれないですね。そういう意味では、この意識そのものがニューノーマルとして今後、図書館行政の中に根付いていくかもしれない。
岡本: あまり知られていないかもしれませんが、ニューヨーク公共図書館の凄さはデジタルアーカイブにあります。かなりのものをデジタル化していて、その根底にはサービスを届ける、という強い意志があります。それに対して、日本の図書館は新型コロナで閉館するしかありませんでした。
伊藤: 今のところはもう少し詳しく聞きたいのですが、日本の図書館はデジタル化が遅れているから対応できなかったのか、それともデジタル化はできるのだけど、サービス提供者としてのマインドセット(考え方)に問題があってサービスを提供しなかったのか、どちらでしょうか。
岡本: それはいい質問です。身もふたもない話をしてしまいますと、その両方です。まず、デジタル化以前の問題として、このサービスを届けるという意識で大きな差がありました。実は日本で行政の電子化という意味では図書館は割と進んでいる方で、それは総務省の調査でも明らかになっています。例えば、平成30年版の「情報通信白書」で紹介されている調査結果には、基礎自治体間での共同利用が進んでいるシステムの筆頭として図書館システムが挙げられています。国内における、他の行政サービスとの比較になりますが、図書館行政のデジタル化、電子化は進んでいるのです。それでも今回は閉館するしかなかった。それはやはりマインドセットの問題です。
伊藤: 外出自粛の中で閉館せずに図書館サービスを維持できたはず、ということですか?
岡本: いや、そうではありません。図書館に来館して本を借りるということは、あの状況ではできなかったし、やるべきではなかったでしょう。でも、その状況でもやれたことはあるはずです。例えば、どんな図書館でも小さな配送システムを持っていますから、郵送貸し出しを徹底する、本の配送はやろうと思えばできたはず。閉館に伴って図書館スタッフの3分の1を配送業務に割り振れば、きっとやれたと思います。
伊藤: なるほど。やれることはあったはずなのに、そのアイデアが出てこなかったところに問題があるわけですね。それは今後、図書館DXを考えるときに非常に重要なポイントになりそうです。
岡本: 知恵と意思があれば、色々できたはずです。数は少ないけど、そういう対応をした図書館として宮城県名取市図書館があります。この図書館は赤ちゃん向けの読み聞かせ「ピヨピヨおはなしタイム」という取り組みをしていますが、緊急事態宣言発出後、割とすぐにYouTubeでの配信に切り替えています。名取市図書館がなぜ、こんなにも速やかに対応できたのかといえば、やはり、東日本大震災の体験があったからです。あの震災を受けて、図書館の役割は何かを常に考えてきたことがあのようなアクションに繋がったのだと思います。
伊藤: そういう話を伺っていますと、自治体も企業と同様、今後コロナに対する向き合い方でだいぶ差が出てくるのでしょうね。社会が新しいフェーズに移ったんだという意識で図書館を運営するのか、前の状態の感覚で運営するのか、大きな違いです。
そういえば、去年に続き、今年も図書館の映画が話題になっているのは何か、社会の大きな変化なのかもしれないですね。今、上映中の「パブリック 図書館の奇跡」には米国型民主主義の強さが非常によく表れています。図書館が住民の誇りであり、住民生活の最前線という位置付けで描かれています。昨年上映された「ニューヨーク公共図書館」の「図書館は人そのもの」と相通じるところがあります。
(第3回につづく)
プロフィール
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。
岡本真(おかもと・まこと)
アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役
1973年生まれ。1997年、国際基督教大学(ICU)卒業。編集者等を経て、1999年、ヤフー株式会社に入社。Yahoo!知恵袋等の企画・設計を担当。2009年に同社を退職し、アカデミック・リソース・ガイド株式会社(arg)を設立。「学問を生かす社会へ」をビジョンに掲げ、全国各地での図書館等の文化機関のプロデュースやウェブ業界を中心とした産官学民連携に従事。著書に『未来の図書館、はじめます』(青弓社、2018年)ほか。