介護・看護する人を社会全体で支えたいー全国初!「ケアラー支援条例」制定で、社会はどう変わるのか(前編)

埼玉県議会議員 吉良英敏

2021/03/03  全国初!「ケアラー支援条例」制定で、社会はどう変わるのか(前編)
2021/03/05  全国初!「ケアラー支援条例」制定で、社会はどう変わるのか(後編)


これは「社会からの虐待ではないか」と思う、悲しい事件がありました。2019年10月、神戸市で介護に疲れた22歳の幼稚園教諭が、5月から同居し、付きっきりで介護していた祖母を殺害したのです。殺人罪に問われた元幼稚園教諭は、2020年9月、神戸地裁から懲役3年、執行猶予5年を言い渡されました。しかし、裁判で明らかになったのは、22歳の孫娘が置かれた過酷で孤独な介護の現状でした。たった5カ月という短い期間に、彼女はこんなにも追い込まれてしまった。社会は、私たち一人ひとりは、彼女に対して何かできなかったのでしょうか。

私が所属している埼玉県議会では、2020年3月、全国で初めて「ケアラー支援条例」を制定しました。この条例では、すべてのケアラー(介護者など)が個人として尊重され、健康で文化的な生活を営むことができる社会の実現を目指しています。22歳の彼女が、社会からしっかりとしたサポートを受けられていれば、もしかしたら悲しい事件を防げたのかもしれない。「社会からの虐待」をもう二度と起こさず、介護・看護する人を社会全体で支えるための条例なのです。

「ケアラー」とは

「ケアラー」という言葉が聞き慣れないという方もおられると思います。「ケアラー」とは、無償で介護や看護などをする人のことです(下図)。さらに「ヤングケアラー」とは、ケアラーのうち18歳未満の子どものことを指します。具体例を挙げれば、埼玉県所沢市が舞台のアニメ映画「となりのトトロ」。この主人公のサツキちゃん、彼女はヤングケアラーです。入院している母親に代わって、幼い妹の世話をしている小学生。直接、家族の介護や看護をしていなくても、障害や病気の家族に代わって家事や育児をしている子どももヤングケアラーです。

 

実は、私がこの活動に熱心に取り組んできたのは、あるケアラーさんからの声がきっかけでした。2年前、同世代のお父さん、お母さんから困っていることや要望などを伺う「子育てパパママ集会」を開いたときのこと。重度の障害を持つ子どものお母さんが、「助けてください。うちの子どもには、たくさんの支援を頂いています。だけど、正直こんなことを言ったら母親失格ですが、私がつらいです」と話されて、その方は泣かなかったのですが、それを聞いた周りのお母さんたちが、そのお母さんの苦労を想像するのでしょうね。涙、涙の集会になりました。そのとき、「自分はお坊さん(正福院副住職)なのだから、この人たちを支えなくてどうするんだ」という強い思いを持ちました。これは大きなきっかけとなりました。

高校生の25人に1人がヤングケアラー

では、実際にケアラーは何人いるのか。実は分かりません。正確に把握できていないのです。しかし、具体的な施策を行うためには、予算規模を決めなければならず、まずは実態把握が必要です。2020年7月から10月にかけて、全国初の行政による本格的な実態調査を実施しました。

まず、ケアラー調査は、県内の地域包括支援センターと障害者相談支援事業所でアンケートを実施し、約1500人から回答がありました。性別は女性が7〜8割を占めていること、1日8時間以上ケアしている人が2〜3割いること、代わりにケアを担ってくれる人が「いない」人は約3割もいることなどが分かりました。

続いて、県内すべての高校2年生にヤングケアラーの調査をアンケート方式で実施しました。193校・約5万5000人を対象とし、約90%から回答がありました。そこで分かったのは、「ヤングケアラー」に当たる割合は4・1%で、25人に1人にも上ることです。ケアによる生活への影響(複数回答可)に関しては、「孤独を感じる」が19%、「ストレスを感じる」が17%、「勉強時間が十分に取れない」が10%など、自らの体調や学習に影響が出ている実態がうかがえます。核家族化が進む中で、介護や看護に関するしわ寄せが、子どもたちに行っているのです。

この調査により、どこにどれくらいの支援が必要か、専門職がどれくらい必要かといった規模感を、ある程度つかむことができました。この結果を踏まえて、しっかりと予算化し、効率的な施策につなげていきたいです。

あくまでも「ケアラー目線」

今回制定した条例は、ケアラーという「概念」の話をしているところが実は大きなポイントです。これまで障害や病気をもつ当事者=被介護者への支援がメインでしたが、介護する人たちを支援するという、新しい視点・概念が必要になってきています。先日の社会福祉審議会で、「ケア全体を見ながら、介護者と被介護者それぞれの支援を両輪として支援していきます」という発言があったのですが、それは条例の理解の仕方として間違いです。ケア全体を見る、両輪として支援していくのは、もちろん良いことです。しかし、あくまでも「ケアラー支援条例」なので、〝ケアラー目線〟でなければならない。ケア全体を見るとなると、どうしても本質を見失ってしまいます。

例えば、ヤングケアラーに関してよく議論になるのですが、行政職員は子どもたちの教育と福祉をごっちゃにして全体を見ているつもりになる。すると、まず教員の働く環境を改善して、それがひいては子どもたちの教育環境全体を良くする、という理屈がよく見受けられます。そうじゃないですよね。教員の職場環境改善と、ヤングケアラーの生活や学習の支援は、別の課題とすべきです。ケア全体として議論すると、問題がぼやけてしまいます。結果、行政職員が何の悪気もなく「保健室あります」「スクールカウンセラー配置しています」とこれまでの施策を羅列し、ケアラー支援もしているという錯覚に陥り、特化した予算が取れなくなってしまうのです。条例の中に理念として明記しているのですが、一番大切なことは、個人をしっかりと尊重すること、健康で文化的な生活が営めるようにすること。今まで社会は、介護や看護を家族に全部投げてきたのではないでしょうか。家庭内の問題にせず、個人の問題として認識し、社会がしっかりと支援する必要があります。〝ケアラー目線〟という視点や概念は、今までなかったものです。それを言語化することで問題に光を当て、初めて社会が認識し、支援することができるのではないでしょうか。

「後編」につづく


【プロフィール】

吉良 英敏(きら・ひでとし)
埼玉県議会議員
1974年、埼玉県幸手市の真言宗「正福院」の16代目として生まれる。小沢一郎衆院議員の私設秘書を経て、2015年から埼玉県議会議員。現在2期目。埼玉県議会企画財政委員長。全国初「ケアラー支援条例」提案者代表。「きらきら政治塾」「寺子屋きらきら☆こども塾」など、次世代の人材育成にも力を入れる。特技は剣道、趣味は芸術創作。

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