生物多様性の保全が人々の利益につながる社会へ(4)~環境保全を日本の次世代産業に~

株式会社バイオーム代表取締役・藤木庄五郎
(聞き手)Public dots & Company 代表取締役 小田理恵子

 

2022/08/23 生物多様性の保全が人々の利益につながる社会へ(1)~テクノロジーを駆使し、理念を具体的施策に落とし込む~
2022/08/25 生物多様性の保全が人々の利益につながる社会へ(2)~テクノロジーを駆使し、理念を具体的施策に落とし込む~
2022/08/29 生物多様性の保全が人々の利益につながる社会へ(3)~環境保全を日本の次世代産業に~
2022/09/01 生物多様性の保全が人々の利益につながる社会へ(4)~環境保全を日本の次世代産業に~

環境省と連携、密猟対策も

小田 いきものコレクションアプリ「Biome」以外で、画像解析の技術を使う動きは今後あるのでしょうか?

藤木氏 密猟対策アプリの実証実験を環境省、鹿児島県と共に進めています。沖縄・奄美エリアで問題になっている希少種の密猟を減らすのが目的です。

そのエリアから希少種を持ち出そうとすると、空港を経由することになります。そこで、空港の手荷物検査などで生物が見つかった場合、それが捕獲禁止の希少種であるかどうかを判定できるアプリを開発しました。これには当社の画像解析の技術を使用しています。

アプリをインストールしたタブレットで撮影すれば、その場で生物種が判定できます。専門家でない空港職員でも確実に希少種の持ち出しを防ぐことができます。

 

小田 技術活用の幅が広いですね。

藤木氏 私たちは生物多様性や生態系の保全がビジネスになる仕組みづくりに挑戦していますが、この領域には従来、マーケットがありませんでした。ないからこそ、幅広い視野を持って何ができるのかを考えるようにしています。

もちろん、幅が広がり過ぎて組織が瓦解しないよう、あらかじめ体制は整えています。

 

小田 バランス感覚が素晴らしいと思います。

藤木氏 バランスは常に意識しています。当社の主要サービスである「Biome」も、「楽しみ」と「倫理・道徳」のバランスで成り立っています。やはり楽しくなければ広まりませんから。

 

※いきものコレクションアプリ「Biome」の使用イメージ

 

「里山」が自治体と企業をつなぐ

小田 今後の展望を伺えますか?

藤木氏 企業向けに、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース=Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)のサポートができればと思っています。

TNFDは、民間企業が自然環境や生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、経営戦略に組み込むためのフレームワーク(枠組み)です。企業がそれを開示することで、自然に有益な経済社会へのシフトが進むといわれており、既にTNFDの原型であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース=Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、東証最上位のプライム市場で実質的に義務付けられています。

今後、ますます多くの企業にTNFDが求められることが予想されますから、当社は環境関連のリスクや機会を適切に評価するためのデータ提供などができればと思っています。

 

小田 経済と自然環境は、さらに切っても切れない関係になっていくのですね。企業がTNFDを意識した経営戦略を立てるとなると、やはり拠点を構える地域との連携が重要になってくると思うのですが。

藤木氏 今後、自治体と企業の連携は必須になると思います。生物多様性の問題は、言い換えれば土地利用の問題です。ですから両者の対話は不可欠です。ゆくゆくは自治体と企業の橋渡し役ができればとも考えています。

 

小田 私は自治体と企業の双方から官民連携に関する相談を受けることが多いのですが、その際に「どこと連携するのが良いか」と質問されることがよくあります。藤木さんは環境という視点で、自治体と企業をつなぐことができるかもしれませんね。

藤木氏 そうしたアドバイスを行うためには、学術的な観点はもちろん、ビジネスの進めやすさという観点も必要だと思います。ですから、今の時点で一概に「ここが良いです」と言い切ることは難しいのですが、一つ言えるとすれば「里山の維持・管理」は、自治体と企業をつなぐポイントとして機能するのではないかと思います。

 

小田 どのような連携でしょうか?

藤木氏 自治体の手が回らずに荒廃している里山は日本各地にあります。こうした場所は、森林の手入れを行えば生態系が戻ってくる確率が高いのです。ですから、例えば里山の維持・管理を含んだビジネスが定着すれば、企業にも自治体にも、そして自然にも利益があります。

 

小田 それは確かに良い絵が描けそうですね。今は多くの自治体が税収減の上、職員の業務も逼迫しています。手が回らない部分を民間企業に委託する流れは、今後も加速するでしょう。そこで、地域の自然環境が豊かになるような仕組みを民間企業とつくることができれば、ウィンウィンになりますし、地域の付加価値も上がりますね。

藤木氏 「この地域」や「日本」という枠でくくることができないのが環境の分野です。空気も水も世界中でつながっていますから、地球上のすべての地域が官も民も関係なく、自然に配慮するのが理想です。TCFDやTNFDが世界的な枠組みであることは、それを物語っています。とはいえ、起点は「この地域」からになるでしょうから、環境を柱にした官民連携が進むといいですね。

 

小田 今のお話はとても考えさせられます。これから経済発展を遂げようとする国では、環境に配慮することが足かせになると感じられるケースもあるでしょう。

藤木氏 私が調査で滞在していた東南アジアでは、そのようなマインドが確かにありました。しかし今はテクノロジーの活用で、経済発展と環境配慮の両方を実現できる部分は多いと思います。

 

小田 環境は産業になるということですね。

藤木氏 はい、環境は産業です。日本はこれからテクノロジーと環境の領域で、世界をリードする存在になれればいいと思っています。特に生物多様性の領域は、世界的に未熟なマーケットです。ここを日本が開拓し、イニシアチブが取れるといいですよね。

 

【編集後記】

「生物多様性の保全が人々の利益につながる社会をつくる」をビジョンに掲げるバイオーム社。2017年に設立されたスタートアップ企業ですが、これまでに数々のアワードを受賞したり、メディアで取り上げられたりするなど、まさにこれからの時代が必要とする価値を確実に創出していると言えるでしょう。

生物多様性や生態系の保全は今や、どの自治体でも無視できないトピックです。しかしながら、具体的な施策への落とし込みや成果の計測、住民への啓発活動といった面で、改善の余地があるという声も耳にします。

行政の自前主義が立ち行かなくなりつつある中、同社のようなソーシャルビジネスを展開する企業と柔軟に連携することも手段の一つです。読者の中で、環境保全への打ち手が増えることを期待して本稿を閉じます。

 

(おわり)

 


 

【プロフィール】

藤木 庄五郎(ふじき・しょうごろう)
株式会社バイオーム代表取締役

1988年生まれ、大阪府出身。京都大学院博士号(農学)取得。位置情報システムと画像解析技術を専攻。大学時代に東南アジア・ボルネオ島で2年以上キャンプ生活をしながら調査を続け、衛星画像解析を用いた生物多様性可視化技術を開発。2017年5月株式会社バイオームを設立。

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