ニューノーマルにおけるこれからの図書館
オンラインとオフラインの境界のない世界へ
株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役 岡本真
2020/9/23 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(1)
2020/9/25 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(2)
2020/9/28 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(3)
2020/9/30 ニューノーマルにおけるこれからの図書館(4)
以前、私・伊藤大貴は「コロナが生んだ社会の不可逆的な変化が自治体を変える」と題して寄稿しました。このレポートでは、2008年のリーマン・ショックによる金融危機の際に経済学者の間でよく使われるようになった言葉「new normal(ニューノーマル)」を紹介しました。危機が起きた後にはもう元には戻らないことを指し、転じて、非連続な変化が日常的に発生し、社会がそれに慣れていくことをニューノーマルと呼ぶことから、「アフターコロナはまさにニューノーマルの始まりだ」と書きました。
果たしてその後、この言葉は数々のメディアに登場することとなり、読者の多くも「ニューノーマル」の意味を知ったことでしょう。インターネットでざっと検索するだけでも、「ニューノーマルで日本はどう変わる? 生活者調査から導く未来の姿」(電通)、「ニューノーマルに備えるテレワーク」「ニューノーマル時代に立ち向かうDXの新潮流」(共に日経BP)、「ニューノーマルに備えよ」(ダイヤモンド・オンライン)とメディアがこぞって、このキーワードで社会を語り始めています。そして、とうとう、内閣官房までこの言葉を持ち出して「ニューノーマル時代のITの活用に関する懇談会」を立ち上げ、アフターコロナの社会は従前とは異なる、元には戻らないという前提で、未来像とITが果たすべき役割の議論を始めたところです。
これまで本寄稿は、執筆者による政策提言、発信というスタイルでお届けしてきましたが、今回は初めて対談という形を取ってみようと思います。ゲストにお迎えするのは、アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役の岡本真氏。同社は図書館の総合プロデュースを手掛ける会社で、実空間・情報空間の融合、実践的なデザインプロセス、徹底したリサーチを軸とした公共・商業施設、地域プロデュースを得意としています。これまでに恩納村文化情報センター(沖縄県)整備事業や新瀬戸内市立図書館(岡山県)整備事業、ベネッセ社内図書館(東京都多摩市)有効活用化支援など、官民の双方に軸足を置いて実績を出してきた会社です。
海外の図書館事例にも精通し、実空間(オフライン)と情報空間(オンライン)の融合という一歩先を見据えるアカデミック・リソース・ガイドの岡本氏と、ニューノーマルにおける、これからの図書館、アフターデジタルと呼ばれる社会を目前にした図書館DX(デジタルトランスフォーメーション)について対談をお届けします。
危機は未来への到達速度を早める
伊藤: 6月に日経BP総研が主催したウェブセミナー「ポストパンデミック時代におけるテクノロジーとビジネスの変容」の企画兼モデレーターを務めました。このセミナーは、新型コロナによるパンデミック(世界的大流行)によって、社会やビジネスの常識が大きく変容している現実を踏まえて、ポストパンデミック時代の、5年先の未来に向けた道筋はどう変わるのか、ということを議論しました。
このセミナーを企画するときに議論になったのが、コロナで社会が変わったというよりは、来ると思われていた未来が一気に目の前にやって来たよね、ということでした。セミナーでは「危機は未来への到達速度を早める」という言葉で表現しました。
岡本: 未来を予測というか、イメージするのは簡単なようで難しい。やはり人はカタチにないものはイメージできないものです。そういう意味で、伊藤さんがおっしゃるように、コロナによってそのふわふわしていた未来像が具体的なカタチになって、私たちの目の前に現れつつあるのかもしれないですね。
伊藤: 以前にお手伝いした図書館の設計業務で、それはもちろん、コロナのずっと前の話ですが、オンラインとオフラインの境目がなくなる未来を想定して、図書館へのAR(拡張現実)の導入を提案しましたが、なかなか理解を得られず、そのアイデアは頓挫しました。導入もランニングもそれほどコストが掛からないこともあって、実現させたかったのですが、やはり、目の前にないものはイメージできないんだな、と実感しました。もし、あのアイデアが通っていたら、新型コロナが起きた今、図書館とARという組み合わせは社会に一つの問いを投げ掛けることになっていたと思います。
というわけで、きょうは「図書館におけるニューノーマルって何?」「図書館におけるDXって何?」という話をしたいと思います。
オンラインとオフラインの境目がなくなるアフターデジタルの世界が図書館にもやって来る
岡本: 今、ARの話が出たのでそこから少し議論しましょう。ARはおっしゃる通り、リアルと現実の融合であり、私は図書館の進化形だと考えています。図書館行政は「来館サービス」と「遠隔サービス」の二元論で語られることが多いのですが、私はそろそろ、この状態を脱しないといけないと思っています。
伊藤: それはとても興味深いです。2019年に「アフターデジタル」という本が話題になりました。副題はまさに「オフラインのない時代に生き残る」でした。来館か遠隔か、は言ってみれば、オンラインかオフラインかの二元論とも言えますね。
岡本: そうです。でも、二元論で語る意味を失いつつあるわけです。アフターデジタルの書籍を持ち出すまでもなく、境目がなくなっていくわけですから。それで、先ほどのARですけど、面白い事例があります。Linne株式会社が開発した、LINNE LENS(リンネレンズ)(下の写真は株式会社Linneプレスリリースより)です。これは、かざすAI図鑑と呼ばれていて、アプリをインストールしてスマホをかざすだけで、4000種類の生き物の名前を瞬時にAIがサーチして必要な情報を表示する、というアプリです。このリンネレンズが2020年7月にカワスイ川崎水族館に導入されて話題となっています。ARの可能性を感じましたし、図書館に非常にフィットするテクノロジーではないでしょうか。
伊藤: 図書館の本質的なサービスは何か、ということも考えないといけないと思います。単なる本の貸し出しなのか。もちろん、それも大事なことだけれども、知の集積を図る、情報を届ける、色々あるはずです。実は今、弊社Public dots & Companyには、全国の自治体からDXの相談がたくさん、舞い込んでいます。社会の中で最もDXが遅れていた領域なので、コロナを受けて一気に動きだしているわけですが、DXは手段でしかありません。つまり、一体、その先にどんな未来と市民の暮らしを描くのか。その未来に対して、デジタルがやれることは何なのか、その辺を整理していかないと、自治体DXも掛け声で終わってしまうのではないかと危惧しています。そして、やはり興味があるのは、自治体DXが進んだ先に図書館はどうなっているのか、ということです。図書館DXと呼んだらいいでしょうか。
(第2回につづく)
プロフィール
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。
岡本真(おかもと・まこと)
アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役
1973年生まれ。1997年、国際基督教大学(ICU)卒業。編集者等を経て、1999年、ヤフー株式会社に入社。Yahoo!知恵袋等の企画・設計を担当。2009年に同社を退職し、アカデミック・リソース・ガイド株式会社(arg)を設立。「学問を生かす社会へ」をビジョンに掲げ、全国各地での図書館等の文化機関のプロデュースやウェブ業界を中心とした産官学民連携に従事。著書に『未来の図書館、はじめます』(青弓社、2018年)ほか。