前福井県鯖江市長 牧野百男
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
2021/02/02 福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(1)
2021/02/05 福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(2)
2021/02/09 福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(3)
2021/02/12 福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(4)
前週配信した、牧野百男 前市長インタビュー(1)(2)では、市民約500人が駆け付けた任期満了に伴う勇退セレモニーの様子や、それほどまで市民に慕われた牧野氏の4期16年にわたる施策の全体像を聞いた。
インタビュー(3)(4)では、「オープンデータ」や「JK課」「市民主役条例」など、〝市民の幸福感づくり〟に重点を置いたソフト事業を展開していく中で、行政の在り方や基本姿勢、そして牧野氏が一貫して持ち続けてきた行動理念について、お聞きした内容をお届けする。
「JK課」で見えた、「市民の居場所と出番づくり」の本質
伊藤 鯖江市のように市民が街の豊かさを感じながら生活できるようになるには、行政職員はどのような意識で働くといいのでしょうか?
牧野氏 市民の幸せが第一。そして市役所は「市民の役に立つところ」だと思うことですかね。行政の提案は、市民の皆さんがやりがいや誇りを感じるものでないといけないですね。
どちらかというと行政は前例踏襲の文化があります。なかなか新しいことには挑戦したがらないです。鯖江も最初はそうで、特にオープンデータに関しては「情報は行政が守るものだ」と言って公開したがらなかったです。それを「オープンデータにすることで市民の幸せにどうつながるか?」ということを説明して理解していただきました。
後は、「市民の居場所と出番づくりに徹する」ということですね。むしろ企画立案的なものは市民に任せた方がいいんじゃないの? と、職員には気楽に言って回りました。
そうしていくうちに、結局全国的に有名になったのは、職員が最初反対していた事業だったんです。オープンデータもそうですが、「JK課(鯖江市役所JK課:2014年スタート。地元の女子高校生たちの自由なアイデアを活かしてさまざまな団体や企業、メディアなどと連携・協力。まちづくり活動に取り組む課)」の「JK」は俗語ですからね。初めは相当抵抗されました。
ですがいざ始めてみると、女子高校生たちにとって「JK」という言葉は誇りのある言葉でした。大人が思っているよりも、ずっと純真な言葉だったんですね。それを広めていったので、彼女たちは本当に熱心になって企画を考えてくれました。その経過(女子高校生が市政に積極的に関わるようになった様子)を見て、ああこれはやってよかったなと感じました。
伊藤 「JK課」というネーミングは、私も耳にしたときびっくりしました。アルファベットが課の名前になるのは前代未聞だったので、すごい振り切り方だなと思いました。
牧野氏 あれは、「おとな版地域活性化プランコンテスト」で提案されたものです。
どこの自治体でも抱えている問題ですが、地域にいかに若い人を留めるか? ということで、若者に魅力あるまちづくりの提案を募集しました。そうしたら出てきたのが「JK課」だったんです。
「JK課」はスタートしてから今まで50〜60人が卒業しました。そのうち7割くらいの方は今でも地域に残り、まちづくり活動に取り組むメンバーもいます。
先ほど申しました地域活性化プランコンテストは今年で13回目なんですが、その運営にもJK課の卒業生に携わっていただいていますね。他の事業に関してもいつも乗ってきてくれます。元JK課の女性たちがいろんな場所で若い方を巻き込みながら活躍していて、本当に地域活性化になったと思います。
伊藤 一連のお話から、牧野前市長は本当に市民の方から信頼されているし、ご自身も市民の方を信頼している。そう感じました。「市民が主役」は文字にするとありふれた言葉ですが、牧野前市長がおっしゃると心からの本気が伝わってきます。
牧野氏 市民の方々の幸せが、市長としての最高の幸せですよね。
それをどうやってつくっていくか? と考えてみると、一番最初にも申し上げましたが、市民が市政の舞台で活躍できる場をつくる。「人に認められる」というのが一番の幸せではないかと思います。
「JK課」がまさにそうです。高校生の女性が大人に認められる。「私たちの意見が通った」ということが原動力になって、今日までずっと続くものになっている。こんなふうに認めて、市の施策の中で居場所と出番を提供する。そういうことをやっていけば、市民の皆さん、それは行政のことを信じてくれます。「この人たちは口だけじゃないんだ」と。これまでいろいろな事業を行ってきましたが、すべての基本はこの考え方なんです。
伊藤 市民の喜びが街の豊かさにつながっているわけですね。他の自治体が参考になるような、少し具体的な話を伺ってもよろしいでしょうか?
牧野氏 鯖江では「市民協働事業」といって、行政の事業を市民の方と一緒に創っていく体制ができています。行政事業は700〜800くらい数がありますが、市民の方にやっていただいて何ら問題ない、むしろ行政がやるよりもよほどいいというものが200はあります。
最初は70事業ほど提案して市民の方にお手伝いいただけるのは17事業でした。しかし徐々に増えてきまして、今年度は56事業を市民の方に手伝っていただいています。例えば花壇コンクールやIT研修などがそれに当たりますが、参加者も増えましたし、関わる方はどんどんスキルアップします。以前より事業展開がスムーズになりました。
こんなようなことを続けていくと、市民の喜びが全然違いますよね。工夫を凝らしたり、フューチャーセッションを行うようになったり。市が認めてくれた。居場所と出番を与えてくれた。自分たちが提案したことが施策として反映された。それが市民の皆さんの「自分たちが市を変えるんだ」という意識や、幸せにつながっているような気がします。このような「幸福感」が出るような事業に、ずっと力を注いできたつもりです。
伊藤 鯖江市民の方々は本当に幸せなんだろうなと思います。市長のご勇退のときにあれだけ人が集まったというのは、今のお話を伺うとすごくよく理解できます。
牧野氏 いえいえ。もう思い付きで言っているだけです。ですが、市民が活躍できる場を創る、幸せを創るという気持ちはずっとありましたね。
たまたま鯖江の場合は「JK課」にしても「ゆるい移住(市が管理する住宅を最大半年間無料で貸し出し、目的やスタイルを限定せずに〝ゆるく〟移住してもらう事業)」にしても、行政がやるにしてはちょっととっぴな事業でしたが、「JK課」が総務大臣賞(平成27年度ふるさとづくり大賞自治体部門)を受けるまでに認められたのは、他ならぬ市民の皆さんの大きな味方があったからですね。
(第4回につづく)
【プロフィール】
牧野百男(まきの・ひゃくお)
前福井県鯖江市長
1941年生まれ、福井県鯖江市出身。福井県総務部長、福井県議会議員を経て、2004年から2020年10月まで鯖江市長(4期16年)。2020年11月から国連の友Asia-Pacific特別顧問。市長在任中は〝市民が主役〟のまちづくりを推進し「河和田アートキャンプ」「鯖江市役所JK課」などの新事業に挑戦。「めがねのまちさばえ」を国内外に向けて発信し、鯖江のブランドイメージ向上に取り組んだ。
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。