松尾崇・神奈川県鎌倉市長
(聞き手)株式会社Public dots & Company
2021/10/13 すべての人が安心して自分らしく暮らせる「共生社会」の実現へ 〜松尾崇・神奈川県鎌倉市長インタビュー(1)〜
2021/10/15 すべての人が安心して自分らしく暮らせる「共生社会」の実現へ 〜松尾崇・神奈川県鎌倉市長インタビュー(2)〜
2021/10/19 共生社会とテクノロジーの交差点とは 〜松尾崇・神奈川県鎌倉市長インタビュー(3)〜
2021/10/22 共生社会とテクノロジーの交差点とは 〜松尾崇・神奈川県鎌倉市長インタビュー(4)〜
すでに実証実験で手応えも
PdC 前回おっしゃっていた「行かなくていい市役所」に代表される鎌倉市の未来の世界観に対し、理解ができる事業者との共創が大切になってきますね。今後は「そのような事業者をどう見つけるか?」が、チャレンジになりそうですね。
松尾市長 現在、国は「スーパーシティ構想(国家戦略特別区域制度を活用しつつ、住民と競争力のある事業者が協力し、先端テクノロジーを駆使して地域課題を解決する取り組み)」を掲げています。
鎌倉市は2021年4月、そのスーパーシティ型国家戦略特区の指定に応募しました。応募に当たり、共創する事業者を市で公募したのですが、そこにはたくさんの提案を頂きました。今は、その提案の中から実現可能性の高いプロジェクトがすでに動き始めています。
具体例を幾つか紹介しますと、一つは、救急搬送の効率化です。現状、救急車から搬送先の病院に受け入れ可能かどうかを確認する際、一件一件電話でのやりとりになっています。すると、病院ごとに一から状況を説明する手間が発生しますし、いわゆるたらい回しが起こる可能性もあります。
そこで、救急車と病院との一連のやりとりを全てデジタルに置き換え、写真や状況を示すデータをタイムラグなく各病院と連携(共有)することができれば、救急搬送にかかる時間を非常に短くできます。こんな提案が事業者の方からありましたので、実現に向けて動いています。
もう一つの具体例は、スマートモビリティです。これはすでに実証実験も行ったプロジェクトです。鎌倉の住宅地の多くは丘陵部にあり、そこに住む高齢者の方は、バス停や駅と自宅との往復にやはり大変さを感じています。中には、外出したくても諦める場合もあるそうです。
その不便を解消するために、AIを使って効率的に配車する乗り合い自動車を運行させました。予約は利用希望の方が、スマートフォンや電話で行います。その情報を収集して、AIが最適なコースを選んで設定する仕組みです。これは利用者の8割ほどの方が継続して使いたいと評価してくださいましたので、本格実装に向けて取り組んでいます。
PdC すでにスマートシティ、スーパーシティに向けた官民共創の取り組みが始まっているのですね。ちなみに、スマートモビリティの実証実験では、高齢者の方はスマートフォンを利用されましたか?
松尾市長 電話でも予約ができるようにしましたが、実際は、かなり多くの方がスマートフォンで予約をされました。
PdC それはすごいですね。松尾市長や鎌倉市が掲げる「共生の在り方」が、テクノロジーの活用で見えてくると、市民の皆さんも理解や応援をくださるのでしょうね。
松尾市長 そうなると嬉しいですね。現状、テクノロジー活用については不安を感じる市民の方も多いのが事実です。個人情報に関する懸念や、「使いこなせないから取り残されるのではないか?」という不安です。この大きな二つの不安をいかに取り除くかが、今後のポイントだと思っています。
あくまでも「共生」というビジョンはぶらさず、市民の皆さんと一緒に歩んでいける方向性を見つけたいと思います。
鎌倉から「共生」の文化を発信
PdC 今回のインタビューからは、鎌倉市が「共生社会」というビジョンを市民の皆さんと共有し、その実現に向かって変化していく様子が理解できました。だからこそ、市民の皆さんから市に対して積極的に意見が上がるのだと思います。
さてそんな中、日々いろいろな立場の方から多様な声が届くと思うのですが、市としてはどのように取りまとめて、政策に反映させていっているのでしょうか?
松尾市長 共生条例の施行後は、本当にさまざまな市民の方の声が届くようになったと実感しています。その声の中には、こちらが気付いていなかったあらゆるニーズが含まれています。ただしその時々において、どうしても施策に優先順位を付けていく必要がありますから、まずは「『共生社会を目指す』という大きな方向性に合致するかどうか?」で判断しています。その他、緊急性なども考慮しながら政策決定を行っています。
PdC そうやって少しずつ市民の方々の声が反映され、「すべての人が安心して自分らしく暮らすことのできる共生社会」が実現していくのが楽しみですね。最後に、鎌倉市の在り方として、今後積極的に発信していきたいことを教えていただけますか?
松尾市長 鎌倉という地はもともと、共生思想をとても大切にしてきた土地です。源頼朝公が幕府を鎌倉に置いたのは歴史上有名な話ですが、そんな鎌倉時代に創建されたお寺では禅の教えや共生思想が伝えられていました。それが遺産ではなく、今も生きている文化としてこの地に残っていることが、鎌倉の魅力だと思います。
特に戦後は、何事においても効率性や利便性が追求され、白か黒かといった二項対立の考え方が優先されてきた傾向がありますが、私はもう少し「皆が良くなる」という価値観の方にシフトしてもいいのではないかと思っています。どちらが良い悪いの話ではなく、いわゆる東洋的な考え方と、西洋的な考え方の両方の良さが発揮できる立ち位置で物事を判断すると言いますか。
そのような在り方を、鎌倉のまち全体で体現できるといいですし、鎌倉から世界へ発信していくことの意味や役割もあると感じています。
【編集後記】
何か一つの枠に当てはめて、人や物事を判別するのは簡単であり効率的です。国民が皆同じ方向を向いていた高度経済成長期は、この判断基準こそが正しいと信じて疑わない時代だったように思います。
しかし時代はだんだん「個の尊重」の方にシフトしてきています。今まで表出してこなかった声なき声に耳を傾け、対話の繰り返しから互いを理解し、お互いに補助し合える関係性を構築する。この共生の感覚が、これからの都市の持続性を高める一つの要素となるのではないでしょうか。
鎌倉市にとって共生とは、決して目新しい価値観ではなく、むしろ、歴史と共に脈々と受け継がれてきた精神です。それを松尾市長がこの時代に「共生条例」として明文化したことで、まちの中のあちこちで再び「互いを思いやり、らしさを尊重する気持ち」が灯り始めたように感じました。
古都から受け継がれる共生の精神を現代に具現化し、未来へ良い形でパスするための手段の一つとして、テクノロジーがあります。今回のインタビューで語られたAIスピーカーや救急搬送の効率化、スマートモビリティの事例はいずれも「人に目を向け、その人のやりたいことを叶える」という思いやりの精神から導入された、手段としてのテクノロジーです。
人口減少の一途をたどる今後の日本において、誰もがそれぞれの幸せを享受できる社会をつくるには、テクノロジーが有効な手段となり得ることも多いでしょう。
今回のインタビューでご紹介した鎌倉市の「共生社会の実現」を軸にした取り組みが、本稿を読む公務員の方にとって、今後の活動に役立つ事例や知見のストックとなれば幸いです。
(おわり)
【プロフィール】
松尾 崇(まつお・たかし)
神奈川県鎌倉市長
1973年9月6日生まれ。神奈川県鎌倉市出身。日本大学経済学部卒業後、日本通運株式会社にて勤務。2001年、鎌倉市議会議員に初当選し、2007年には神奈川県議会議員に初当選。議員活動を通算8年行った後、2009年に鎌倉市長に就任し、現在は3期目。座右の銘は「温故知新」。