北海道余市町長 齊藤啓輔
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2022/09/09 緻密なマーケティングでふるさと納税、13倍に~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(1)~
2022/09/13 緻密なマーケティングでふるさと納税、13倍に~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(2)~
2022/09/16 まちの将来を見据えた「選択と集中」~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(3)~
2022/09/19 まちの将来を見据えた「選択と集中」~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(4)~
先を見据えてリスクを取る
小田 前回のお話から、齋藤町長は考え抜かれたまちづくり戦略の下、ワインで一点突破している様子がうかがえます
ワイン用ブドウの栽培に関する補助金の内容を刷新し、ピノ・ノワールやシャルドネなど、メジャーな品種を栽培する場合は補助金を手厚くしたとのことですが、補助金の内容を変更したことについて、栽培農家からはどんな反応があったのでしょうか?
齊藤町長 もちろん、対象品種以外を栽培している農家からは反発がありました。しかし、将来的に余市町のブドウ全体がマーケットで高く評価され、農家の所得向上につながるためには必要な戦略です。ですから今、リスクを取って実施しています。
小田 ご自身がワイン愛好家でもあるため、歴史的背景や市場のニーズを踏まえた上で、町の発展のために先手を打っているわけですね。その他にワインのマーケティングに関して実施したことはありますか?
齊藤町長 ワイン振興に特化した「余市町地域おこし協力隊ワイン産業支援員」に活動いただいています(写真)。その一人に、世界最年少で日本人初のマスターソムリエである高松亨氏がいます。彼はドメーヌ・タカヒコのワインを飲んで感動し、町に来てくださいました。
また、ワイングラスの世界的な名門ブランドである「リーデル」社の日本法人と、自治体としては世界で初めて包括連携協定を結び、信頼関係を深めています。同社は世界中のワイナリーとつながりがありますから、そのネットワークを生かして、余市町の名を世界にとどろかせていきたいと思っています。
私がこれまでお話ししたことは、すべてマーケットインの発想です。すなわち、「いかに棚を押さえるか」という考えで戦略を練っています。
小田 リーデル社との交渉も自ら行ったのですか?
齊藤町長 はい、そうです。
小田 お話を伺えば伺うほど、起業家のようですね。
齊藤町長 難しいと感じる点はもちろんあります。ワインでのまちおこし政策も、町民全員が賛同しているわけではありません。いろいろなことを先を見据えて仕掛けていますから、ピンときていただけるまでには、しばらく時間がかかるかもしれません。
スピーディーな意思決定を
小田 私も経営者の一人ではありますが、成功した起業家でも、そこに至るまでに多くの失敗を経験しているものです。齊藤町長の施策を外から拝見していると、非常に高い確度で事業を成功させているように見えます。
齊藤町長 精密に分析し、事業を行っているので、確度は高いかもしれません。しかし、すべて成功しているわけでもありません。
例えば以前、農業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んだことがありましたが、想定通りに進まなかったので見直す必要があると思っています。その他、施策を打ったものの、まだ芽が出ていない事業もあります。
小田 事業はすぐに結果が出ないものも多いですし、すべてが当たるわけでもありません。さまざまな政策を行う中で批判を浴びたり、町民や議会とのシビアな合意形成が必要になったりする場面も多々あると思います。
齊藤町長 確かに合意形成が難しいと感じる場面は多いです。例えば最近では、町の火葬場の建て替えの件で「炎上」しました。
現在の火葬場は不具合が多く、周辺の山崩れや、火葬中に火が止まるなどの問題がありました。そのような問題が20年間も放置されてきたため、一刻も早く移転と建て替えを進めるべく、議会のプロセスを経て移転場所を2カ所に絞りました。
その中から私が将来を見据えて1カ所に絞ったところ、「住民との対話が不足している」と批判を浴びました。そこで現在は有識者会議を組成し、2カ所の候補地の段階までさかのぼり、議論した上で移転場所を決めていこうという流れになっています。
小田 議会の議事録を拝見すると、齊藤町長の答弁はとても簡潔です。やる、やらないを明確におっしゃるので分かりやすいのですが、町民や議会との関係性が気になります。
齊藤町長 基本的には、議会では建設的な答弁ができるように意識しています。こちらで進めるべき方向性を示し、それに対して議会から合理的に反対するような意見が出てくれば、きちんと議論するというスタンスです。
もちろん町民の意見も各所から吸い上げ、政策の意思決定を行っています。議論は長引かせても仕方がありません。スピーディーな意思決定を行えるようにしています。
小田 齊藤町長のように、ここまで意思をはっきり示す首長は珍しいと思います。
齊藤町長 ここ数十年の日本の失速を見ると、じくじたる思いです。誰かが行動しなければ世界に取り残されますですから、どんどん意思決定して、施策を実行に移すことが重要です。そんな考えが根底にあるからこそだと思います。
小田 マーケットインの発想は「言うは易く行うは難し」ですが、齊藤町長の場合は外務省時代の知見も駆使した緻密なマーケティング戦略で、町のブランド力を高めている様子がよく理解できました。各所との合意形成も決して玉虫色にはせず、意思決定が明確でスピーディーなのも大変印象的でした。
次回からは齊藤町長の「選択と集中のまちづくり」について、深掘りしていきます。
(第3回に続く)
【プロフィール】
北海道余市町長・齊藤 啓輔(さいとう けいすけ)
1981年生まれ。早大卒。2004年外務省に入り、ロシア大使館、ウズベキスタン大使館、ウラジオストク総領事館、首相官邸国際広報室などで勤務。16年6月北海道天塩町副町長に就任。18年9月北海道余市町長に就任し、現在2期目。