栃木県足利市長・早川尚秀
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2024/08/06 県議時代からの「つながり」で市政を動かす~早川尚秀・栃木県足利市長インタビュー(1)~
2024/08/08 県議時代からの「つながり」で市政を動かす~早川尚秀・栃木県足利市長インタビュー(2)~
2024/08/13 地方のまち同士が共存共栄する道を模索~早川尚秀・栃木県足利市長インタビュー(3)~
2024/08/15 地方のまち同士が共存共栄する道を模索~早川尚秀・栃木県足利市長インタビュー(4)~
ハイパフォーマンスの組織を目指して
小田 これまで50人近くの首長にインタビューしてきましたが、リーダーの良しあしは年歴や期数では測れないと感じています。一方、まちづくりは「百年の計」といわれることもあるように、長期に取り組まなければ成果が出ない領域であるとも感じます。変革の時代の中で各地域が独自のまちづくりを行うためには、首長はビジョンを持った1人の人間が長期的に担った方が良いのではないか? という仮説を私は持っています。
早川市長は1期目ではありますが、それ以前の5期の議員経験が今のご活動と地続きになっていると考えて伺います。足利市のまちづくりをどのような時間軸で見ていらっしゃいますか?
早川市長 4年間の任期の中で、ある程度の成果を出していかなくてはならないという思いはあります。一方で、産業振興や教育など、4年では結果が出にくい分野もたくさんあります。短期スパンで取り組むことと、少し長い目で見て取り組むことを分けて考える必要があると思います。
多くの首長は、立候補する際に「自分は何期目まで務めよう」とは考えていないのではないでしょうか。それよりも、特に1期目は、まずはこの4年をいかに実りあるものにするか、次の4年以降につなげるための種を蒔くかという思いを持って臨まれていると思います。
私の場合は、前市長からの取り組みの継続性も大切にしていますし、これ以上放置はできない積み残された課題への対処も行っています。その他、組織改革や職員の意識改革もありますから、そういったところに着手していくだけでも最初の4年間が終わるのではないかと思います。
小田 早川市長は就任以来、さまざまな政策を精力的に推進されておられます。こうした施策を進めるに当たり、庁内組織はどのように育ててきたのでしょうか。
早川市長 他の地域に比べて出遅れた施策もありましたが、さまざまな事業は職員の皆さんが頑張ってくれているおかげで進んでいます。今後もこの推進力を高め続けるには、やはり組織と人が要になります。そこで、個人とチーム両方のパフォーマンスが発揮される組織づくりを意識しています。組織は目的によって柔軟に運用するのが望ましいと思っています。例えば、すぐに解決せねばならない課題にはタスクフォースで取り組むといったように。100%出来上がってから動きだすのではなく、時には走りながら考えて進むチーム編成でも良いと思っています。
具体例を挙げると、就任してすぐに福祉を含めた子ども関係の課の改編を行いました。他の自治体に後れを取っているという思いがありましたので、当時、国の「こどもファースト」の流れに先駆けて「こども家庭政策課」を立ち上げ、業務の仕分けと再配分を行いました。今年の4月にはさらに「こども家庭センター」を立ち上げました。これにより、こども相談課、こども家庭政策課、保育課が一体となり、妊娠から出産、子育て期にわたり、子育て世代の方や子どもたちに寄り添い、切れ目なくサポートする体制になります。
それから、総合政策課のような企画部門を活性化させる仕組みもつくりました。企画部門の職員は総合計画作成や日々の業務に追われており、自由に考え行動する時間がなかなか取れません。また、縦割り行政の弊害として、誰も解決に手を挙げない課題が出てくることも考えられます。そこで、企画部門の中に「政策調整監」という、部局にまたがって自由に動ける役職を設けることにしました。「政策調整監」をキーマンに、全庁的に柔軟な組織づくりができないかと試しています。これに関しては改善の余地がたくさんあるため、毎年見直しながら運用しています。
小田 職員の皆さんのポテンシャルを引き出すために、いろいろと工夫をされているのですね。
早川市長 適材適所の人材配置を意識しています。役所は人事異動によりジェネラリストを育成する文化がありますが、中にはDX(デジタルトランスフォーメーション)のように特定の分野に長けている職員もいます。もちろん、いろいろな部署を経験することは大切です。しかし、特定の分野に長けた職員は、3〜4年と言わずもう少し長く同じ部署にいてもらい、スペシャリストとして活躍してもらった方が後任育成の観点からも良い効果があるように思います。異動に関しても、少しずつ見直しを進めています。
それから、役所の職員は民間の感覚を忘れてはならないと思っているため、民間との接点を増やす取り組みも行っています。例えば、商工会議所との人材交流や民間企業団体との連携協定がそれに当たります。
小田 政策から組織づくりまで、日々たくさんのことを考え、判断されていることと思います。早川市長の思考を助けるブレーンのような方はいらっしゃるのですか?
早川市長 私の場合は経済界の方と話すのが好きなこともあり、会社経営者のお話からアイデアを頂くことが多いです。例えば最近では、製造業におけるエラー管理のノウハウが、市役所の事務業務のミス防止やミスの原因究明に転用できるかもしれないというお話がありました。民間の経営者の方たちの情報収集力やアンテナの高さにはいつも感心させられます。
もちろん、職員の皆さんが先行事例を調べてくれたり、自ら勉強して持って来てくれたりする情報も非常に有益です。私一人の考えが正しいというわけではありませんから、いろいろな方から知恵を頂き、より良い判断につなげていくことが大切だと思っています。
ちなみにこれも最近の話ですが、足利市にゆかりのある有識者の方たちから、未来のまちづくりに対して意見や問いを頂く機会をつくりました。例えば「女性から選ばれるまちづくりとは?」という問いに対して意見交換をしたり、考えを深めたりしています。こんなチャンスを頂いたのですから、周囲の方たちのご意見は大切にしなければと改めて思います。
小田 いろんな方たちが早川市長の周りに集まっているのですね。長く議員を続けてこられたことと、市長ご自身の謙虚でご縁を大切にする姿勢が、また新たな人とのつながりをつくっていくのだと感じました。
地方のまちの「らしさ」を残す
小田 最後に、今後のまちづくりに懸ける思いをお話しいただきたいです。
早川市長 足利に限らず、地方のまちはそれぞれ個性があって素晴らしいと思います。その良さを守り、残していかなくてはならないと強く感じます。全てのまちがリトル東京を目指しても無個性化するだけです。それぞれが持つDNAやアイデンティティーを意識しながら、さらに新たな価値を生み出すまちづくりを推進する必要があります。
足利市は、名前の通り源氏の流れを汲む足利氏が興したまちです。足利氏にちなんだ文化財がたくさんあります。それらを生かした観光の取り組みを進めています。また、日本最古の学校である「史跡足利学校」がありますから、「学び」に着目した教育DXの取り組みを産学官連携で進めています。しっかりと成果を出し、足利市の「学びのまち」という個性を全国に発信していきたいですね。
小田 いわゆるバラマキ施策ではなく、まちの個性を生かす形で魅力を高めていこうとする姿勢は、早川市長らしいですね。
早川市長 やはり、地方が地方のまちとして、互いに残っていけるような道を選択することが大事だと思っています。隣町と人口を奪い合うのではなく、協力して何かに取り組んだり、協力して国に申し入れをしたりするなど、共存共栄する方法を模索していきます。
地方のまちが「らしさ」を残しながら、持続していけるような未来づくりに励む所存です。
【編集後記】
足利市の未来のために、早川市長はまさに今、組織改革を含めてまちづくりのベースを固めています。しかしそれは孤独な闘いではなく、周囲に集まる協力者との化学反応により進む柔軟なまちづくりです。足利市の「らしさ」は、今後どのような形になっていくのでしょうか。早川市政が蒔く種の実る姿が楽しみです。
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年6月24日号
【プロフィール】
早川 尚秀(はやかわ・なおひで)
1972年足利市生まれ。早稲田大政治経済学部経済学科卒業後、95年4月に足利銀行入社。
2003年4月栃木県議会議員に初当選し、議長経験も含め5期18年を務める。21年5月に足利市長就任現在1期目。