インバウンド需要回復後の「新たな課題」に挑む~北猛俊・北海道富良野市長インタビュー(3)~

北海道富良野市長・北猛俊
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子

 

2024/10/16 「健幸都市(スマートウエルネスシティ)」の実現を目指して~北猛俊・北海道富良野市長インタビュー(1)~

2024/10/17 「健幸都市(スマートウエルネスシティ)」の実現を目指して~北猛俊・北海道富良野市長インタビュー(2)~

2024/10/22 インバウンド需要回復後の「新たな課題」に挑む~北猛俊・北海道富良野市長インタビュー(3)~

2024/10/24 インバウンド需要回復後の「新たな課題」に挑む~北猛俊・北海道富良野市長インタビュー(4)~

 


 

北海道富良野市、北猛俊市長のインタビュー第3回をお届けします。

前回までは「健幸都市(スマートウエルネスシティ)」の実現を目指し、早期から取り組んだDX(デジタルトランスフォーメーション)の成果をお話しいただきました。今回はインバウンドの影響に触れていきます。

同市のインバウンド需要は伸びていますが、働き手不足が深刻化しています。また、外国人による土地の購入が増え、地価が大きく上昇しています。このような状況は生産年齢人口の減少の可能性を暗に示すものであり、全国的にもまれなケースです。前例のないまちづくりをどう進めていくのか? 北市長のお考えを伺います。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

インバウンド活況も人手不足が深刻

小田 富良野市では、2023年の宿泊の延べ人数は約25万人で、19年(コロナ禍前)の約15万人を大きく上回っています(表1)。この数字だけ見ると地域経済が潤っているように感じますが、働き手不足が深刻な課題として施政方針等で挙げられています(表2)。インバウンドの好況で賃金水準が上がり、働き手が増えるという流れになっていない要因はどこにあるのでしょうか?

 

(表1)宿泊延べ人数の推移(出典:富良野市)

 

(表2)富良野市の有効求人倍率は他地域よりも高い

 

北市長 まず実情からお話しします。ご紹介いただいた通り、富良野市のインバウンド需要は顕著に伸びています。一方で、宿泊施設の稼働率は70〜80%に留まっています。特にホテルの飲食部門や、ホテル周辺の飲食店で、スタッフの高齢化や人手不足が深刻です。この状況は市の経済にも大きく影響することから、対応できる体制をつくっていく必要があります。

そこで昨年、市内の企業に対して雇用の実態調査を、市内在住の高校生に対しては就職の意向の実態調査を行いました。すると高校生への調査で「富良野地域から転出して就職を希望する」という回答が70%以上に上ることが分かりました。それだけではありません。「転出後に富良野地域に戻ってきたいか?」との問いに対し、「戻りたい」と答えた高校生は1.7%でした。これは衝撃的な数字でした。

 

小田 高校生たちがそこまで地元から離れたいと思うのはなぜなのでしょうか?

北市長 高校生たちが就職先を最終的に決めるために頼りにする情報は「保護者の意見」や「職場環境」であることも分かりました。一方で、市内のさまざまな業種の被雇用者に向けたアンケートでは「現在働く職場のおすすめ度」が10段階評価で平均4.95と、半分以下という結果でした。両者には相関関係があるとみています。やはり地元企業の魅力を高めることが重要だと考え、調査結果をまとめるとともに、打開策となる取り組みを進める予定です。

 

小田 取り組みの方向性としてはどのようなことをお考えですか?

北市長 大きく分けて、人材の定着、転出の抑制、市内就職の促進の三つの方向性を考えています。すでに今年度から、市に戻って来ていただく方に向けて「UIJターン新規就業支援事業に係る移住支援金」や「新規就業移住支援金等交付事業」での支援を開始しました。市の公式LINEに登録する若者に向けて、市内企業の魅力を発信する取り組みも始めています。就職のみならず、市内での生活も含めてサポートできる体制を築こうとしています。

 

小田 人手不足という背景がある中でも、インバウンドが好況であれば、観光業に従事する人たちの賃金も上がるのではないでしょうか。反対に、関連しない業種の賃金は上がらないままの可能性があります。今の段階で、業種間の賃金格差は出始めていますか?

北市長 コロナ禍明けからさほど時間がたっていないので、観光業の賃金水準が大幅に上がっていることはありません。しかし今後は徐々に上がるだろうと推察しています。

一方で市内には農業や介護業の事業者も多いです。介護業については、介護保険制度で定める報酬の上限や事業所の経営状態を考えると賃上げがなかなか難しい状況です。農業に関しても他の業種の賃金が上がれば上げざるを得ないところですが、農家の皆さんの負担が増えることによる影響が心配されます。とはいえ、人手不足が深刻であることに変わりはないので、外国人も含めた人材登用の取り組みを各業種で進めています。

 

小田 インバウンド需要が回復すれば地域全体が潤うのではないかと思っていましたが、マイナスの波及効果もあるのですね。

 

地価の上昇による影響

小田 富良野市の不動産は外国人からの人気が高く、購入の動きも見られています。そのため不動産価格が上昇し、24年1月の時点で北の峰町の地価上昇率が全国1位になりました。事業用途での購入が多いのでしょうか?

北市長 将来の資産価値の上昇を見越した投資目的での購入と、別荘事業や民泊を目的とした購入が多いです。

 

小田 人気の地域の不動産価格が高騰すると、地元の方たちの住宅取得が難しくなります。もっと地価の低いエリアに人が流れる可能性があると思うのですが、人口動態に変化は見られますか?

北市長 北の峰地域の地価が上昇したことで、土地を売って別の地域に引っ越した方もいます。市内での移動に留まっているので人口流出とまではいきませんが、これからさらに地価が上がるとなると市外へ転出する人数は増えるかもしれません。注視していかなければならない点です。

 

小田 インバウンドが好況の裏で、深刻な人手不足の問題と、地価上昇で転出数増加の可能性がある富良野市のようなケースは国内ではまれです。他の自治体の人口減少対策が参考になりにくい中、北市長はどう旗振りされているのですか?

北市長 市民の皆さんには、市が観光に力を入れていることや、経済状況についてご理解をいただけるよう常々コマーシャルをしています。これが功を奏したと言っていいかは分かりませんが、市外への転出の抑制にある程度の効果を発揮していると思います。

 

小田 これからは外国人就労者も増えることでしょう。役所が担う業務の幅が広がりそうですね。

北市長 外国人の居住率は高まってきています。そうすると、地元の人たちとの意思疎通をどう図り、コミュニティーを形成していくかという課題が出てきます。前例のない取り組みは続きそうです。

 

(第4回に続く)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年9月9日号

 


【プロフィール】

富良野市北市長プロフィール写真北 猛俊(きた・たけとし)

1945年生まれ。北海道空知郡中富良野町出身。富良野高等学校、北海道拓殖短期大を卒業後、75年4月より実家の農業に従事。
95年4月に富良野市議会議員に初当選。2007年5月から17年12月まで富良野町議会議員を務め、18年5月に富良野市長に就任。現在2期目。

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