苦い経験が育んだ「調整型」リーダーシップ〜大宮透・長野県小布施町長インタビュー(4)~

長野県小布施町長 大宮透
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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2026/03/12 苦い経験が育んだ「調整型」リーダーシップ〜大宮透・長野県小布施町長インタビュー(4)〜

 

未来への投資「町並み修景事業」の本格化

小田 町長は大学時代に都市計画を専攻され、それが小布施町のまちづくりに惹かれて移住されるきっかけの一つでもあったと伺っています。町長の専門分野でもある「まちづくり」や景観に関する、未来への投資についてもお聞かせください。

大宮町長 これからさらに取り組んでいきたいのは景観行政のアップデートです。小布施町は1980年代から、民間主導で「町並み修景事業」を進め、官民協働で景観まちづくりに取り組んできました。その次なる一手に取り組んでいます。具体的には、町の中心部を貫通する国道403号の沿線景観を整備する、長年の懸案であったプロジェクトです。

 

小田 国道403号というと、町のまさに中心軸ですね。

大宮町長 そうです。この国道403号は町の中心部を横断し、秋には交通渋滞がひどく、歩道の狭さから歩行者の安全確保が課題でした。また、景観的にも町の一体感を損ねている側面もありました。

 

小布施町インタビュー記事_後編写真2

町並み修景事業(出典:小布施町ホームページ)

 

この国道を、単なる車のための「道路」から、人が中心のウォーカブルな「道」へと変えていく。これがこのプロジェクトのコンセプトです。

実はこの構想は新しく始まったものではなく、2000年代初めごろから大学や専門機関も入ってずっと議論を続けてきたものです。しかし、国道であるという難しさもあり、なかなか事業化が進んできませんでした。

 

小田 それを、いよいよ本格化させると。

大宮町長 その通りです。小布施のまちづくりの次の一手として最重要課題の一つと考え、私も町長就任後、早速本格化に向けて動きだし、国・県と連携を深めています。県でも25年度から具体的なデザインの検討を本格化していますので、これから国道全体のランドスケープデザインの基本設計が始まる予定です。

これができてくると、小布施の中心部の風景が一段と変わり、より小布施らしい町並み景観になっていくと考えています。

私の専門性も活かしながら、小布施の持つ歴史的なランドスケープを次世代の価値観も取り入れながら再編集し、町の未来への明確な投資として事業を前に進めていきます。

 

移住だけではない、多様な関わり方を広げる

小田 小布施町は移住者にも人気の町ですが、今後の関係人口戦略についてはどのようにお考えですか。

大宮町長 移住だけが選択肢ではないと思うんですよね。もちろん移住してくださる方は大歓迎ですが、いろんな形でこの町に関わる人を増やしていくことが、町のためになるのではないかと考えています。

小布施町は年間100万人が訪れる観光の町でもあります。その中には、何度も足を運んでくださるリピーターの方々もたくさんいらっしゃる。また、二地域居住という形で、小布施と他の地域の両方に拠点を持つという関わり方もあります。

あるいは、27の自治会それぞれが持つお祭りや伝統行事に、外部の方に「関係人口」として参画していただくことで、担い手不足の課題にも対応できる可能性があります。

25年12月1日には、二地域居住を促進するための「小布施町特定居住促進計画」を県内3番目の自治体として策定し、具体的な取り組みを進めているところです。

移住という「100」か「0」かの選択だけではなく、「30」や「50」といった多様な関わり方を広げていく。そうやって町の価値を毀損せず、むしろバージョンアップさせていく。それが、これからの小布施町にとって重要な戦略だと考えています。

 

原動力は「小布施への感謝」

小田 町長は小布施の出身ではありませんが、小布施町に対して覚悟を持って身を捧げる、その原動力は一体何なのでしょうか。

大宮町長 まずは私自身が小布施のことをすごく好きですし、小布施という町と、そこに住む人々にすごく感謝しているというのが大きいと思います。

私は大学院時代にこの町を訪れて以来、その可能性に魅了されて移り住んだ移住者です。また、社会人生活の多くをこの町で過ごしてきました。仕事柄、全国のいろいろな所へ行かせていただきましたが、どんな所へ行っても、小布施に戻って来ると「いい町だな」と心から思うわけです。

 

小田 町長から見た、小布施町の魅力をお話しいただけますか?

大宮町長 まず、この町には江戸時代からの「六斎市」という定期市が立つマーケットの町としての歴史があります。そして、栗やリンゴ、ブドウなどの果物を中心とした農業生産の町でもある。

栗菓子店を中心に加工技術を磨いてきた町でもあるので、町内の飲食店全体の食のレベルも高い。美食が町全体に根付いていると感じます。

そして何より、どこを歩いても本当に気持ちがいい。町の中心部だけではなく、農村風景もすごく美しい。この町に入った時の、風景や雰囲気、空気感みたいなところが、やはり一味違うんですよね。

こういう一味違うところを好んで移り住んでくれる人たちが多いわけで、そういう人たちと一緒に、この町の価値を毀損しないよう、むしろさらにバージョンアップできるようなまちづくりをしていきたいという思いがあります。

社会人になりたての頃、人生に悩んでいた時期に助けてくれた人たちが、この町にはたくさんいます。特に、私をこの世界に誘ってくれた前々町長の市村良三氏への感謝は計り知れません。彼に恥じないように、自分のできるだけのことはしたいという思いが、まず純粋にあります。

 

小田 町そのものや、恩人への感謝が原動力になっているのですね。

大宮町長 はい。何よりもこの町の「人の気質」も好きですね。小布施には、新しい挑戦に寛容な雰囲気があります。頭ごなしに否定するのではなく、まずは「やってみたら?」と、挑戦する人の自主性を尊重して見守ってくれる風土がある。

良くも悪くも、放っておいてくれるというか、徹底的に叩くということはないですね。ある種ドライなんですが、「やってみたらいいんじゃない?」という柔軟な雰囲気があるように思います。

そして、こちらが本気でコミットしようとすると、本気で応えてくれる人がいます。その懐の深さには、私もこの十数年、本当に助けられてきました。老若男女、世代を超えて「小布施町が好き」という感覚を共有できる。こういう町は非常に稀有だと思います。

同時に、外とのつながりも大きな力になっています。

 

小田 外とのつながりとは、他の地方自治体との関係性ということでしょうか。

大宮町長 そうですね。地方自治体だけでなく、外部から小布施を応援してくれる方々とのつながりや応援がすごく力になっています。

地方自治体とのつながりといえば、最近すごく刺激を頂いているのは、同世代や私よりも若い世代の首長の皆さんの活躍です。

例えば、全国最年少市長としても有名な兵庫県芦屋市の高島崚輔市長や大阪府箕面市の原田亮市長とは、さまざまなご縁で交流がありますが、私にはないスピード感や発想力、物事を形にする力が素晴らしく、いつも学ばせていただいています。

 

小田 小布施町との強いつながりと、外部の同志とのつながり。その両方が、町長の原動力になっているのですね。

大宮町長 はい。私を育ててくれた町への「恩返し」として、町の価値を守り抜くこと。そして、同じ課題を持つ同志の皆さんに学びながら常に新しい手法を共創していくこと。その両方が、今の私のエネルギー源になっています。

 

【編集後記】

年間100万人が訪れる観光の町、小布施町。その華やかな評価の裏で、平均年齢70歳の農業と専門職不足という深刻な課題が進行しています。しかし大宮町長は、総務課長時代の経験から学んだ対話重視のアプローチで、この難題に立ち向かっています。農家との共創、外部専門家の活用、多様な関係人口戦略。移住者として「この町に入った時の空気感が一味違う」と語る町長の、小布施への深い感謝と愛情が、すべての施策の原動力です。課題と魅力、両方に真摯に向き合う姿勢こそ、持続可能なまちづくりの鍵ではないでしょうか。

 

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2026年1月26日号

 


【プロフィール】

小布施町_大宮町長プロフィール写真

大宮 透(おおみや・とおる)

1988年山形県生まれ、群馬県高崎市育ち。東京大工学部で都市計画を専攻後、小布施町に移住。
役場での総務課長、企画財政課長経験を経て、2025年1月、県内最年少首長に就任。
「信頼」「挑戦」「共創」を掲げる。

 

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