
2026/5/27 なぜ、自治体の仕事は「終わらない」のか? -職員を疲弊から救う「プロジェクト思考」のすすめ - ~小田理恵子・一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事(1)~
2026/5/28 なぜ、自治体の仕事は「終わらない」のか? -職員を疲弊から救う「プロジェクト思考」のすすめ - ~小田理恵子・一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事(2)~
プロジェクトを「業務の論理」で回すと何が起きるか
ケーススタディー
仕事の捉え方一つで結果がどう変わるか、二つのケースを比較します。
【A市:業務として扱ったケース】
A市では5年前から観光誘客プロジェクトを開始しましたが、期限も目標数値も曖昧なままでした。担当課長は毎年の予算折衝と関係団体との調整に明け暮れました。何をもって成功とするかの合意がないため、各団体の要望をすべて聞き入れる足し算の調整に膨大な時間を費やしました。
5年経った現在、観光客数が伸び悩んでいるにもかかわらず、これまでやってきたからという理由だけで事業は継続されています。担当職員は達成感を得られず、課長は調整に疲れ果てていますが、誰もこの終わりのないマラソンを止められません。
【B市:プロジェクトとして設計したケース】
B市では同様の事業を「3年間の期限付きプロジェクト」として設計しました。初年度に目標(宿泊者数3年で20%増)、実施体制、やらないことを明確化し、2年目には中間振り返りを実施し、そこで当初の仮説が外れていたことを確認すると即座に方向転換しました。3年目に目標達成を確認し、プロジェクトの「終了」を宣言。成功の要因を分析してマニュアル化し、関連部署と共有しました。プロジェクトチームは解散し、メンバーは新たなミッションへ向かいました。
二つの自治体の違いは、予算規模でも職員数でもありません。最初に「プロジェクトとして設計し、出口を決めていたかどうか」だけです。
補足:両利きの経営理論が示す「人材の保護」
チャールズ・A・オライリー教授らが提唱した「両利きの経営(Ambidexterity)」の核心は、既存事業を深掘りする「知の深化」と、新しい可能性を追い求める「知の探索」を両立させることです。自治体に当てはめると、「業務=知の深化」「プロジェクト=知の探索」に対応します。
- 深化型人材(業務):ルールに基づき、正確かつ安定した運営を得意とする。継続的な改善で卓越した能力を発揮
- 探索型人材(プロジェクト):不確実性を許容し、仮説を立てて試行錯誤できる。失敗から学び、新しい解決策を生み出すことに長ける
問題は、自治体組織が長年「深化(業務)」のプロフェッショナルを重用し、組織全体をその論理に最適化させてきた点です。その結果、探索に向いた人材を深化の物差しで測り、消耗させています。探索型人材が新しいことに挑戦しようとすると、深化の論理からは「前例がない」「リスクがある」「詰めが甘い」と判断されます。
若手職員が意欲を失う光景は、個人の能力不足ではなく、組織が探索を評価する仕組みを持っていないことの表れです。
特定の課題を「プロジェクト」として切り出し、適切な期限と裁量を与えることは、組織にイノベーションをもたらすだけではありません。それは深化の論理から挑戦する職員を保護し、そのポテンシャルを解放する居場所をつくることでもあるのです。

プロジェクト化がもたらす組織全体へのメリット
プロジェクト化は、単に効率を上げるだけでなく、組織のあらゆる階層に恩恵をもたらします。
若手職員にとって:プロジェクトは「何を成し遂げたか」を可視化できる貴重な機会です。明確な目標を達成した経験は、自己効力感を高め、キャリア形成に直結します。「〇〇プロジェクトで成果を出した」という実績は、仮説立案、データ検証、関係者巻き込みなどの汎用的なスキルの習得とともに、職員としての自信を支える柱となります。
管理職・幹部職員にとって:プロジェクト化によって「仕事の棚卸し」が可能になります。各課が抱える「なんとなく続いている事業」を整理する根拠が得られ、予算や人員などの資源を集中すべき場所が明確になります。また、事前にやらないことや判断権限が決まっているため、突発的な調整に振り回されることが激減します。
つまり、プロジェクト思考とは、組織全体のマネジメント力を高め、対外的な説明責任を構造的に果たすための強力な「武器」なのです。
自治体は「プロジェクト」という概念を獲得する必要がある
ここで改めて強調したいのは、「この仕事はプロジェクトである」と明確に定義することの重要性です。これは単に新しい仕事に名前を付けることではありません。プロジェクトとして扱うとは、以下の設計を最初に行うことです。
- 期限を切り、終わりを定義する
- 成果を定め、何をしないかを決める
- 撤退や終了の判断基準を共有する
これらを最初に設計することで、関係者の期待値が揃い、合意形成が前倒しされます。プロジェクト思考とは、単なる管理技術ではありません。それは仕事に明確な境界線を引き、職員の限られた時間と情熱を真に価値のある成果へ集中させるためのセルフケアの技術でもあるのです。
現場の職員にとって、これは新しい負担ではありません。むしろ、調整に追われる構造から自分を守り、仕事の主導権を取り戻すための道具なのです。
必要なのは高度な技術ではなく「最低限の実施スキル」
この際自治体に必要なのは、高度な資格や複雑な手法ではありません。目的とスコープを明確にすること、判断権限を決めること、成果指標を置くこと、そして定期的に振り返ること。「最低限の型」を押さえるだけでも、仕事の質とストレスは劇的に変わります。
資料はA4の紙1枚で十分です。以下のチェックリストを埋めることから始めてください。
- 目的:なぜ、今これをやるのか?
- 成果目標:何をもって成功と見なすのか?
- 期限:いつまでに達成し、いつ終わらせるのか?
- 体制:誰が意思決定し、誰が実行するか?
- スコープ外:あえて「今回はやらないこと」は何か?
- 終了条件:どうなったら、このプロジェクトを解散するか?
- 振り返り:いつ、誰と進捗を確認し、軌道修正するか?
これだけで、仕事は「見える化」され、やみくもな調整から解放されます。
現場であすから始められる三つのステップ
プロジェクト思考は自分の手元から始められます。あすから実践できる三つのステップを提案します。
ステップ1:手持ちの仕事を仕分ける
自分の担当業務を書き出し、「業務(継続)」と「プロジェクト(変化)」に分けてください。この分類をするだけで、ストレスの原因が言語化されます。
ステップ2:小さなプロジェクトで終わり方を決める
身近な改善プロジェクトでもいいので、「いつまでに、どうなったら終わり」というゴールを明文化し、上司やチームと共有してください。この「出口の共有」が、無限の修正依頼から救います。
ステップ3:月1回の振り返りをする
チーム内で、(1)継続すること(2)課題(3)次に試すこと──の3点を月に1度15分程度だけでも話し合ってください。この記録を残すだけで、組織の学習資産となり、前例踏襲の壁を崩す一歩になります。
おわりに──プロジェクト化は、職員の「輝き」を取り戻すための盾である
自治体が直面しているのは、単なる人手不足や財政難ではありません。仕事のやり方そのものが時代に合わなくなっているという構造的なミスマッチです。
「業務」を止めてはなりません。それは住民生活を守る尊い土台です。一方で、業務だけを完璧に回していても地域は確実に縮小していきます。
だからこそ自治体は「プロジェクト」という概念と、それを実行するための最低限のスキルを、組織として個人として獲得する必要があります。
ケーススタディーで触れたA市とB市の明暗を分けたのは、才能でも予算でもなく仕事の捉え方でした。
プロジェクトとして設計するか、終わりのない業務として扱うか。その選択が、5年後、10年後の地域の姿を、そしてそこで働く職員の笑顔の数を大きく変えます。
プロジェクト思考とは、不確実な時代に立ち向かう職員を終わりのない調整から解放し、本来挑むべき課題に集中させるための「盾」です。
職員が「自分の仕事で地域が変わった」と実感できる。そんな自治体経営は、目の前の仕事をプロジェクトとして定義し直す、その小さな一歩から始まります。
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2026年3月9日号

