
2026/6/10 【プロジェクト型政策はなぜ議会で止まるのか】評価のミスマッチを乗り越える関係の再設計 ~小田理恵子・一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事(1)~
2026/6/11 【プロジェクト型政策はなぜ議会で止まるのか】評価のミスマッチを乗り越える関係の再設計 ~小田理恵子・一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事(2)~
はじめに
地方自治体がより良い住民サービスを提供するためには、行政組織と職員が健全かつ持続可能な状態を維持することが不可欠です。
本連載では、「ウェルビーイングの自治体経営」をテーマに、職員一人ひとりが成果を実感しながら、効率的に業務を進め、充実した働き方を実現するための考え方と手法について解説しています。
前回は、自治体の仕事を「業務」と「プロジェクト」に分けて捉える必要性について述べました。人口減少社会において増え続ける課題の多くは、不確実性を伴うプロジェクト型の仕事であり、それを従来の業務の論理で扱うことが、現場の疲弊や成果の停滞を招いている構造を明らかにしました。
なぜ、自治体の仕事は「終わらない」のか? -職員を疲弊から救う「プロジェクト思考」のすすめ - ~小田理恵子・一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事(1)~
なぜ、自治体の仕事は「終わらない」のか? -職員を疲弊から救う「プロジェクト思考」のすすめ - ~小田理恵子・一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事(2)~
しかし、ここで一つの問いが生じます。行政組織の内部でプロジェクト型の思考や運営が整ったとしても、それだけで政策は前に進むのでしょうか。
答えは否です。自治体の意思決定は行政内部だけで完結するものではなく、議会による審議と承認を経て初めて実行に移されます。
つまり、プロジェクト型の政策を機能させるためには、行政だけでなく、議会側にもその特性への理解と、それに応じた関与の在り方が求められるということです。
本稿では、この点に焦点を当てます。なぜ行政は議会に対して働き掛ける必要があるのか、その背景にある構造を整理した上で、プロジェクト型の政策を成立させるために不可欠な「議会との関係の設計」について考えます。
ここでいう「アプローチ」とは、個々の議員を説得する技術ではなく、議会が政策を評価し意思決定できるようにするための構造的な働き掛けのことです。
なお、その前提として、行政自身が業務とプロジェクトの違いを理解し、その進め方を切り替えていることが不可欠です。そうでなければ議会との関係をいかに工夫しても、実効性を持つことはありません。
議会はなぜ壁になるのか
自治体職員の間で、「議会がブレーキをかけるせいで新しい取り組みが進まない」という声を耳にすることがあります。しかし、この見方は問題の本質を十分に捉えているとは言えません。
議会は本来、行政の暴走を防ぎ、住民の利益を守るために設計された意思決定機関です。その役割は「監視」と「承認」にあり、限られた財源や人員をどのように配分するかを判断する重要な機能を担っています。
ここで重要なのは、議会が変化を拒んでいるわけではないという点です。問題の本質は、これまでの評価の枠組みがプロジェクト型の政策に適合していないことにあります。
従来、議会が発達させてきたチェックの基準は、「ミスがないか」「公平に実施されているか」「前例に照らして妥当か」といった、業務型の仕事に適したものです。
ごみ収集や住民票の発行といった業務は、毎年ほぼ同じ内容・同じ品質で提供されることが求められます。こうした継続的な行政サービスの運営において、これらの評価軸は極めて合理的であり、不可欠な視点でもあります。
一方で、プロジェクト型の政策は、不確実性を前提とし、試行錯誤を通じて成果に近づいていく性質を持っています。
「地域の空き家を活用した移住・定住促進モデルを3年かけて実証する」といった取り組みは、出発点では成果が見えず、途中での方向転換もあり得ます。この種の政策に「前例はあるか」と問うことは、本質的にミスマッチです。議会が問うべき問いそのものが、政策の性格によって変わらなければなりません。
従って、議会がプロジェクトを止めているのではなく、評価できないものを承認できないという構造の中で、政策が前に進まなくなっていると捉えるべきではないでしょうか。
議員はなぜ慎重なのか
では、なぜ議会はこの評価軸から抜け出しにくいのでしょうか。その背景には、議員という立場が置かれている構造があります。
まず、議員は常に有権者への説明責任を負っています。政策の是非について問われた際、「なぜそれを実施したのか」を明確に説明できることが求められます。不確実性の高い取り組みは、この説明を難しくします。
それから、評価の非対称性があります。政策が成功しても評価は限定的である一方、失敗した場合には強い批判を受けます。この構造の中では、リスクを回避する行動が合理的な選択となります。
この非対称性は、日常的な場面でも実感できます。試験的な取り組みが順調に進んでも、住民や地元メディアの関心を集めることはほとんどありません。一方で何か問題が生じれば、「なぜそんな取り組みに賛成したのか」と問われます。
議員の行動を合理的に考えれば、「うまくいっても目立たず、失敗すれば責任を問われる取り組み」には、慎重にならざるを得ません。
そして、時間軸の問題があります。議員の任期は数年単位であるのに対し、プロジェクト型の政策は中長期で成果が表れるものが多く、両者の間にズレが生じます。
移住促進策の効果が数字として表れるのは5年後かもしれません。子どもの居場所づくりが地域の子育て世代の定着につながるのは10年後かもしれない。
しかし、次の選挙は4年後にあります。任期中に目に見える成果が出ない政策に賛成することは、選挙という評価の場において不利に働きかねません。議員が「急がなくていい」と感じるのは当然の帰結でもあります。
これらを踏まえれば、議員が慎重な姿勢をとることは自然な流れであり、個人の資質の問題ではありません。むしろ、制度的にそうならざるを得ない構造が存在していると言えます。
行政もまた同じ構造にある
この構造は、議会の側だけに存在するものではありません。行政組織もまた、業務型の論理に最適化されています。
無謬性を前提とした意思決定、前例を重視する文化、減点主義の評価。これらは、安定的な行政サービスを提供する上で合理的に形成されてきたものです。
しかし、この仕組みの中では、不確実性を伴うプロジェクト型の取り組みは扱いにくい存在となります。結果として、行政と議会の双方が同じ論理に基づいて意思決定を行うことで、プロジェクト型の政策は構造的に進みにくくなります。
現場でよく起きるのは、こういう場面です。担当職員が新しい政策を提案しても、「前例がない」「失敗したときに説明できない」という理由で内部調整が難航し、議会に上程できる形になるまでに、企画段階からすでに1〜2年が経過してしまう。
ようやく議案として上程したとしても、今度は議会側で「根拠が不明確」「成果をどう測るのか」と問われ、審議が止まる。行政も議会も、相手が「壁」に見える。しかし実際には、双方が同じ評価の論理の中で、自らの立場において合理的に行動しているにすぎません。
これは対立ではなく、同じ論理に基づく意思決定がもたらす停滞と言えるでしょう。
(第2回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2026年4月9日号

