東京海上グループ若手有志団体Tib代表・寺﨑夕夏
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
2021/05/24 自治体と企業の新たな共創関係を築く「逆」公募型プロポーザル(1)
2021/05/27 自治体と企業の新たな共創関係を築く「逆」公募型プロポーザル(2)
「未来の顧客に選ばれるためには?」という切り口
伊藤 ところで、社内調整について詳しく伺います。企業が逆プロポという新しい仕組みを使って新規事業を行う以上、幾つもの稟議を通過する必要があると思います。このあたり、特に経営陣にはどのような説明をしたのですか?
寺﨑氏 正直なところ、社内に話を通すのは結構大変でした。「なぜ、それをイーデザインがやるの?」という質問をたびたび受けました。
切り口としては、「長期的な事業戦略の中の、今必要な要素」として説明しました。保険業界のサービスはもはや、各社ほとんど違いがありません。サービスで差別化するのは限界に来ています。ならば、今後お客さまに選ばれ続けるには何をしなければいけないのか? を考えると、サービスそのものの改良ではなく、別軸で勝負できる何かが必要です。
そこで着目したのが、お客さまアンケートです。特にデジタルネイティブ(1990年以降に生まれた世代)の価値観は参考になりました。
彼らは、自分の直接的な利益だけを基準にサービスを選んではいません。社会の課題を解決しようとしている企業のサービスを、応援するように購入している傾向があります。自分さえよければいいという消費の仕方は変わってきていて、自分の出したお金で世の中が良くなったことがリアルに体験できることに価値を感じています。
このように「未来の顧客に選ばれるためには?」という切り口で、「今この事業が必要だ」というアプローチを行いました。
伊藤 保険会社ですから、個人のお客さまのことを考えるのは企業の姿勢としてある意味当然だと思いますし、他の業種も同じはずです。
ただそれが、サービスの枠に留まらずに「実はあなた(顧客)の支払ったお金が世の中の役に立っている」ということが見せられると、共感されやすいですよね。その価値観は昔より広がってきていると感じます。
寺﨑氏 ほとんどの大企業は、新規事業を始めなければ生き残っていけない危機感を覚えていて、実証実験ができるフィールドを探しています。実際の街で取り組みを行い、うまくいったことも課題になったことも含めて、総合的なフィードバックが欲しいのです。「手触り感のある返り」ですね。
そう思いながら、社会課題と未来の理想像を企画書に落とし込むことはできるのですが、自治体と具体的にどうつながるのか?というポイントで行き詰まってしまいます。いざプロジェクトを走らせてみたものの、どこの自治体とも連携できませんでしたとは言えないですから。
そうやって書面ベースで留まっていた企画を逆プロポのような、オープンでフラットな「公募」という形で実現できるのであれば、企業にとっても自治体にとっても、今までとは違う景色が見えるはずです。
伊藤 本来、企業が見ている「顧客」と自治体が見ている「住民」は同一人物です。その体験を良い方向に変えていこうとするとき、すでに企業がつくったサービスを自治体に導入するとフィットしない可能性もありますが、一緒に考えていくのはありです。同じ人を見ていますから。
寺﨑氏 そうですね。同じ方向、「住民の方々にとって」という軸で考えることができたらいいなと思います。
共創マインドが交差する場に
伊藤 今までのビジネスは、市場が大きくて課題解決の難易度が低いものに参入するのがセオリーでした。翻って、市場が大きいけれど課題解決の難易度が高いものは行政が担っていました。
ですが、だんだん行政がすべての公共サービスを担うのが難しくなってきていて、半面、ビジネスの世界ではテクノロジーが著しく発達してきている。もしかしたら民間サイドのテクノロジー技術を活用すれば、共創型の行政運営ができるかもしれない。
そんなマインドを持ってESG(環境、社会、企業統治)やCSRに取り組む企業は、自治体と積極的につながりたいと思っていますね。
寺﨑氏 例えば「お客さまから支持される会社、業界ナンバーワン」というような選ばれ方をしたい企業は、そのマインドを持っていると思います。
新しい顧客体験を提供したい。しかも、今までとは戦うフィールドを変えて、別軸で選ばれることに挑戦している企業です。
そんな企業と自治体の接点が生まれていけば、拾い切れていなかった社会課題の解決も進んでいくと思います。
【編集後記】
逆プロポが生まれるきっかけとなったのが、今回インタビューを行ったTibからのご相談でした。
「自治体に寄付をしたい」と聞いて最初は驚きましたが、「手触り感のある社会貢献活動を」の情熱に「なんとか相性の良い自治体とつながれないだろうか?」と考えたのが始まりです。
その結果、従来の公募プロポーザルの流れを逆にして、自治体と企業がフェアでフラットな関係性を構築できる仕組みが出来上がりました。
逆プロポには現在も進行中のプロジェクトがあり、公民共創活動が活発化するための起爆剤になるような兆しを覚えます。今後、自治体と企業双方のアイデアがどのように花開くのかが楽しみです。
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(おわり)
【プロフィール】
寺﨑夕夏(てらさき・ゆうか)
東京海上グループ若手有志団体Tib代表
サスティナビリティー活動の一環として、「より安全な交通環境・社会の実現」に向けた取り組みをグループ内の共創事業として企画。イーデザイン損保と共に本プロジェクトをリードした。「無事故でいる時には、保険の価値を感じづらい」というユーザーの声から、街や地域の交通環境づくりを支援したいと、自治体から企画を募集。2021年5月現在、2つの自治体とプロジェクトの実行フェーズに入っている。
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。