県民の未来にフォーカスした「愛媛県デジタル総合戦略」(2)〜戦略策定の裏側にある丁寧なアナログコミュニケーション〜

愛媛県企画振興部デジタル戦略局 デジタルシフト推進課 企画グループ担当係長 森俊人
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/08/03  県民の未来にフォーカスした「愛媛県デジタル総合戦略」(1)〜戦略策定の裏側にある丁寧なアナログコミュニケーション〜
2021/08/05  県民の未来にフォーカスした「愛媛県デジタル総合戦略」(2)〜戦略策定の裏側にある丁寧なアナログコミュニケーション〜
2021/08/10  県民の未来にフォーカスした「愛媛県デジタル総合戦略」(3)〜自らもトランスフォーメーションしながら描くDX戦略〜
2021/08/12  県民の未来にフォーカスした「愛媛県デジタル総合戦略」(4)〜自らもトランスフォーメーションしながら描くDX戦略〜

デジタル戦略はアナログコミュニケーションが作る

伊藤 「Co-Creation(共創)」は言葉にするとすごく簡単なのですが、実際取り組んでみると、何度も壁にぶつかります。しかも、本気で取り組もうとすればするほどです。現実的に期限がある中で、どこまでいいものをつくり上げていけるか? この辺りは難しい局面もあったと思いますが、どのように乗り越えられたのですか?

森氏 やはり、関わる方それぞれの立場や考えを理解し寄り添うことが大事だと思います。そのために、できるだけたくさんの方のお話を丁寧に伺って、できるだけ丁寧に返してきたつもりです。極めてアナログな方法ですが、とにかく丁寧なコミュニケーションを意識してきました。

それから、それぞれの方たちに対する説明の仕方も工夫しました。例えば「DXがよく理解できない」と職員から声が上がったならば、デジタル技術は手段であって目的ではないこと、デジタルの活用で大切なことは「技術の理解」ではなく「技術の使いやすさ」であること、そして全ての人が同じ技術を使えることで課題の解決や新たな価値を生むものであること、つまりこれまでのICT(情報通信技術)化とは考え方に違いがあるんですよ、と伝えていくような感じです。

 

伊藤 デジタル総合戦略を作っているけれども、アナログが大切であるというところが、「Co-Creation」を象徴する一言だと感じました。

今回の愛媛県の取り組みで最も特徴的なのが、県内20の市町と協働してDXを進めていることです。DXの戦略を作ること自体が新しい取り組みであり、庁内調整だけでも大変なはずですよね。なのになぜ、県内すべての自治体の調整もできたのだろう?と、この記事を読んでいる他の自治体職員の方は疑問に感じるはずです。この辺りは、何かポイントがあったのでしょうか?

森氏 各市町との連携については、もともと優位性がありました。知事と全市町長が連携して直接協議を行う場である「県・市町連携推進本部」が設置されています。これは、広域行政を担う県と住民に身近な市町が、二重行政の解消や共通課題の解決に連携して取り組む場です。このような下地が、愛媛県には既にありました。

ですから今回のDX戦略策定においても、これまで培ってきた県と市町の連携をさらに深化させることを、スタートの時点で基本方針として掲げていました。

DXを推進していく上では、高齢者や障がい者をはじめ、誰一人取り残さないことが非常に重要な概念となるため、住民に最も身近な基礎自治体の協力が不可欠です。ですから、全市町を直接訪問して丁寧に説明していきました。

 

伊藤 各市町からは、どんな意見がありましたか?

森氏 各市町とお話ししていく中で共通していたのが「地域の変革の必要性を強く感じているものの、そこにDXがどう関わってくるのか?一体何から取り組めばいいのか分からない」というご意見でした。なので私たちは「デジタルで何ができるのか?」ではなく「誰のどんな課題を解決したいのか?」という視点で一緒に考えていきましょう、と伝えました。課題を解決する手段の一つがデジタルであって、デジタルを使うことが目的ではないからです。

ただ、各市町に説明に伺った時点では、私たちもDXに対する知見が深くはありませんでした。ですから、共創した事業者の方とも協力しながら、分かりやすい事例などを交えつつ、戦略策定過程もオープンにしつつ、「まずはスモールチェンジから始めましょう」と、丁寧にお伝えしていきました。

そういった経緯もあり、本年3月25日にはデジタル総合戦略の発表と合わせて「愛媛県・市町DX協働宣言(県と20の市町が積極的に連携し、協働してDXを推進する旨が明記された宣言)」を行うことができました。

 

伊藤 もともと県と市町が連携していたことも大きいですが、やはり県側の「一緒に作っていきましょう」という姿勢も影響しているのでしょうね。

森氏 そう思います。とにかく私たちも新しい絵を描こうとしていますので、「県と市町が一体になって、地域の課題を解決するための方法を一緒につくりたい」ということは常に訴えてきました。その姿勢に共感を頂けたのか、このたびの「愛媛県・市町DX協働宣言」にまでたどり着けましたから、嬉しい成果です。

中村知事による愛媛県・市町DX協働宣言の様子(出典:愛媛県)

 

庁内調整も対話の連続

伊藤 続いて庁内調整について伺いたいのですが、やはり庁内においても、デジタル総合戦略の理解を得るのは最初は難しかったですか?

森氏 庁内も各市町と同じで、最初は「デジタルでできそうな業務は何か?」という議論になりがちな側面がありました。そうではなくて、結局「何が課題なのか?」から、課題解決の方法論としてデジタルに落とし込むようにしないといけないということで、繰り返し対話を重ねました。

本庁だけでも100近くの課や室がある中で、部署によっては、1回しか話を聞くことができなかったり、紙ベースだけのやりとりとならざるを得なかったりした所もあり、すべてを汲み取って戦略を作れたかと言われれば疑問は残ります。ですが、我々としては、限られた時間の中ではありましたが、なるべく丁寧に、以前のデジタルマーケティングの取り組みで出せた実績なども踏まえながら、今後挑戦しようとしていることを伝えていったつもりです。

そうしていくうちに、意欲的な職員は、戦略策定の過程でアイデアを出してくれるようになりました。庁内においては、想いは持っているものの動きだすタイミングが掴めなかった人たちに、今回のDX戦略策定が火を付けるきっかけとなったような気がします。

 

伊藤 庁内の方々に対しても、ひたすら対話を重ねていったのですね。そうしたら、デジタル総合戦略を策定するプロセスで、庁内の組織変容が起きたと。

森氏 そうでなければ、ここまで組織は大きくならなかったと思います。今年度から、新たにデジタル戦略局が設置され、デジタルを活用した働き方改革を迅速に進めるための「スマート行政推進課」が新設されるとともに、デジタル総合戦略の旗振り役である「デジタル戦略室」が「デジタルシフト推進課」に改称・格上げされるなど、3年前にデジタルマーケティングから始めた時はたった2人のグループでのスタートでしたので、そこから振り返ると感慨深いものがあります。

 

伊藤 これまでの森さんのお話からは、「丁寧に伝える」という言葉が何度も出てきました。まだ日本では、「DX=デジタルを使って何かをすること」と捉えられるケースが多く、デジタルを使うこと自体が目的になりがちです。これからDXに取り組む自治体は、森さんがこの1年で行ったのと同じように、「誰のどんな課題を解決したいのか?」という目的をぶれさせない丁寧なコミュニケーションが必要になってくるでしょう。

次回からは、デジタル総合戦略の中の代表的な施策である「エールラボえひめ(『自分たちの周りにある愛媛の課題を自分たちの力で解決する』をコンセプトに、愛媛県と県内20市町の連携をはじめ、県内外の企業、スタートアップ、NPO、個人など、立場や地域の垣根を越えて幅広く参加できる官民共創型のデジタルプラットフォーム)」や、先述した「愛媛県・市町DX協働宣言」について、詳しく伺います。

 

第3回に続く


【プロフィール】

森俊人(もり・としひと)
愛媛県企画振興部デジタル戦略局 デジタルシフト推進課 企画グループ担当係長
2017年開催のえひめ国体にて、広報分野の企画運営に従事し県民総参加の機運を醸成。2018年からは前身のプロモーション戦略室において、デジタルマーケティングの導入に携わり、2020年には改組されたデジタル戦略室にて、民間企業と共創しながらデジタル総合戦略策定に従事。現在も同戦略に掲げる各施策を実行すべく、DX関連の業務に携わる。

 

 

伊藤大貴(いとう・ひろたか)伊藤大貴プロフィール写真
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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