高知県須崎市長 楠瀬耕作
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2023/05/16 職員の個性と自由な発想を尊重~楠瀬耕作・高知県須崎市長インタビュー(1)~
2023/05/19 職員の個性と自由な発想を尊重~楠瀬耕作・高知県須崎市長インタビュー(2)~
2023/05/22 まちの魅力は「競争」、インフラは「共有」~楠瀬耕作・高知県須崎市長インタビュー(3)~
2023/05/25 まちの魅力は「競争」、インフラは「共有」~楠瀬耕作・高知県須崎市長インタビュー(4)~
人材育成塾、5年にわたり開催
小田 2018年度まで開かれていた市長肝煎りの「須崎未来塾」について伺います(写真1)。地域で価値創造できる人材の育成を目的に開催されたそうですが、具体的にはどのような取り組みだったのでしょうか?
楠瀬市長 地域づくりや産業おこし、マーケティング、地域資源を活用した観光など、あらゆる分野の専門家を講師に迎え、講義やフィールドワークを行いました。地元の産業や観光に触れながら、まちの魅力を再発見し、ブラッシュアップする方法を皆で考えていく場です。
参加者はまちづくりに興味がある方々です。未来塾を通じ、そのような熱意のある方々のネットワークができたおかげで、アイデアの実現につながる環境を整えることができました。
未来塾は5期(5年)にわたって開催しました。修了生は62人です。その中には「須崎市地域再生マネージャー」として、空き家を活用したゲストハウスの運営や、ふるさと納税の返礼品制度を使った耕作放棄地対策などの分野で活躍される方もいます。
かつては「何もない須崎市」といわれるほど、情報も刺激も少ないまちでした。外部の専門家と交流することで新しい風を吹かせ、「自分たちで企画して地域を引っ張ろう」と考える方を増やすのが大きな目的でした。
小田 地域活性化につながる人材の輩出に成功したのですね。講師はどのようにして集めたのですか?
楠瀬市長 塾長を務めた森賀盾雄さんのネットワークで集まっていただきました。森賀さんは愛媛県新居浜市の職員OBで、地域おこしのスペシャリストとして内閣府の地域活性化伝道師に登録されています。森賀さんと私はかねて交流がありました。未来塾の実現に向けて「お前が市長なら、ひと肌脱ぐ」という力強い言葉とともに、多大なるご協力を頂きました。
小田 楠瀬市長の人柄をきっかけに、強力な講師陣が集まったのですね。未来塾には職員も参加したのですか?
楠瀬市長 若手職員が参加しました。こうした取り組みを機に「面白いことをやろう」と自発的に提案する職員が1人でも2人でも出てきてくれたら、うれしいです。成果はこれからでしょうね。
小田 変化の兆しは見えていますか?
楠瀬市長 若手職員の間では、自由な発想を持とうという雰囲気が広がってきたように感じます。地域にどんな課題があるのか、掘り下げようとしてみたり、文化活動や芸術活動を住民と一緒になって行い、地域を盛り上げようとしたりする動きも見られます。
小田 企画にたけているイノベーション型の人材は、多くの自治体で不足している印象です。どのように育成していけばいいのか、課題を抱えるところも少なくないでしょう。須崎市の場合は頼もしい人材が既に活躍し始めているのですね。
楠瀬市長 まだまだ活躍の余地はあると思います。これからに期待ですね。
多様性を受け止める
小田 須崎市の職員を見て、驚いたことがあります。「公務員らしからぬ髪型」の方がいらっしゃいますね。
楠瀬市長 パーマやヘアカラーをしている職員もいます。かつては長髪の男性職員もいました。
小田 注意しないのですか?
楠瀬市長 特に禁止していません。住民から時々、ご意見を頂くこともありますが、公序良俗に反していなければ、ある程度の自由はあっていいと思っています。「公務員だから、こうしなければならない」という考えは、身体だけでなく気持ちまで縛ってしまい、自由な発想を失います。それぞれの自分らしさを認めていくような風潮が今後は必要だと思います。
小田 市のご当地キャラクターである「しんじょう君」を一躍有名にした職員も長髪でしたね。
楠瀬市長 それが先ほどお話しした「長髪の男性職員」です。彼は既に退職しましたが、「しんじょう君」のファンマーケティングを通じ、須崎市に大きな貢献をしてくれました。
小田 「しんじょう君」は、16年の「ゆるキャラグランプリ」で総合ランキング1位を獲得しました。インターネット交流サイト(SNS)のフォロワー総数が約36万人(22年9月時点)と、ご当地キャラクターの中では飛び抜けた人気です。
楠瀬市長 すべてその職員が企画し、実行した結果です。SNSやブログなど、あらゆる媒体で情報を発信し、「しんじょう君」を有名にして須崎市の認知度向上につなげてくれました(写真2)。彼には後にふるさと納税の事業も任せましたが、寄付額を200万円から20億円に成長させました。
小田 そんな成果を挙げた職員に対し、どのような住民の声が届いたのですか?
楠瀬市長 やはり入庁して来た頃は「あの長髪を何とかせよ」という声が上がりました。住民からも、議会からもです。それが、「しんじょう君」が「ゆるキャラグランプリ」で日本一になった頃から、彼の髪型に対する指摘は少なくなりました。「しんじょう君」が住民にとって誇りとなったからでしょう。「この結果をもたらしたのは、あの長髪の職員だ」と、良いイメージで認知していただけるようになりました。
小田 そういう経験をすることで、住民に「外見より、態度や仕事ぶりで人を見よう」という意識が根付いていくのかもしれませんね。
楠瀬市長 理解が進むよう、穏やかに働き掛けていきます。第一印象でイメージを固定化したり、白か黒かを判断したりすることが誰しもあると思いますが、小さな地域の中でもいろいろな姿、いろいろな考え、いろいろな取り組みがあります。そういう多様さを受け止める視点をわれわれも含め、皆さんで持っていけると良いですね。
小田 楠瀬市長の人柄がひしひしと伝わりました。職員が自発的に行動したくなるような環境を、時間をかけて少しずつ築いたのですね。そして庁内のみならず、まちづくりに意欲的な住民や外部の専門家を自然と巻き込めるのも、市長の人柄があるからこそだと感じました。楠瀬市長のリーダーシップは、先頭で旗は振りつつも、人々が持つ推進力を信じて任せる後方支援型なのかもしれません。
次回は、産官学連携で進めるまちづくりプロジェクトやインフラの共同化について伺います。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年3月27日号
【プロフィール】
高知県須崎市長・楠瀬 耕作(くすのせこうさく)
1960年生まれ。高知県土佐市出身。東京経済大経営卒。東京の部品メーカーや同県須崎市のタクシー会社に勤務。タクシー会社の社長時代に地元ケーブルテレビ局の開設に尽力。須崎商工会議所副会頭などを経て、2012年2月須崎市長に就任。現在3期目。