福岡県古賀市長 田辺一城
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2023/09/13 より豊かな社会を先の世代につなぐ~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(1)~
2023/09/15 より豊かな社会を先の世代につなぐ~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(2)~
2023/09/18 クロスオーバーによる共創のまちづくり~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(3)~
2023/09/21 クロスオーバーによる共創のまちづくり~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(4)~
子育て施策が自治体間競争の道具になってはいけない
小田 切れ目のない子育て支援を市が独自で行うとなると、財源の問題が出てくるかと思います。どんな工夫をされているのですか?
田辺市長 保健師の乳児家庭全戸訪問や「でんでんむし」の運営は、職員の頑張りで実現できています。予算を投じるだけでなく、いかに寄り添って個々の困り事にアプローチしていくかが大切だと思っているので、人件費ベースできめ細かな対応をするように努めています。
「こがたからばこ」は、子ども1人当たり1万円くらいの予算です。市の年間の出生数がおよそ500人ですから、プラスアルファで五百数十万円の予算になります。一方で一般会計の当初予算額は250億円ほどです。何かが圧迫されるのは間違いないものの、実施できないレベルの金額ではありません。
子どもの医療費無償化については、もともと3歳までだったのを、現在は就学前まで広げました。これから18歳まで段階的に広げようとしています。年間支出にすると数千万円ずつ増える計算です。この規模になると他の事業に影響するレベルですが、財政全体の見直しでバランスを取ります。
小田 「予算がかかるから実施しない」と最初からシャッターを下ろすのではなく、工夫次第で取り組める策があるということですね。
田辺市長 きめ細かな対応に関しては、自治体の工夫次第で実施できると思います。しかし子どもの医療費や保育料、給食費などの給付系の施策は、本来であれば国家として一律に講じるべきです。今は給食費の無償化が流行のようになっていますが、子育て施策が自治体間競争の道具になるのは極めて不適切です。
小田 かつて川崎市議を務めていたとき、同じように感じたことがあります。隣接する東京都は、子ども医療費の無償化や保育料の引き下げなど、給付系の独自施策を次々に進めていたので、市民は「あちらの方が条件が良い」という目線になっていました。まさに自治体間競争です。
田辺市長 独自政策を否定はしませんが、平仄を合わせる部分は必要ですよね。特にお金に関することは、自分のまちだけ良ければいいという話ではないと思います。
実は、子ども医療費を18歳まで段階的に広げて無償化するという古賀市の取り組みについては、公約に掲げる前に糟屋地区(古賀市を含む1市7町)の他の首長に相談しています。「こういう方向で打ち出そうと思っていますが、いいですか?」と。先輩方に先に話を通しておこうと思ったのです。すると「お前は先に走れ」と後押ししていただきました。ご理解いただけたからこそ、公約に掲げました。古賀市が先駆けることで他自治体にも広がっていけばと思っています。
全国には1700余りの市区町村があり、そのボーダー(境界線)は人間がつくったものですが、それを越えた「エリア」という感覚を持つことも大事だろうと思っています。その感覚を持ちつつ、それぞれが自治体経営を行っていれば、話を通すべきタイミングで通せるでしょう。
糟屋地区には、互いに段取りや根回しをして協力していこうとする文化があります。すべての独自政策について逐一、情報を共有することはありませんが、「話を通すべきところには通す」という意識は各首長が持っています。調和を図ることは、民主主義における政治の重要な仕事だと思っています。
あらゆるチャンネルで国へアプローチ
小田 子ども医療費などのほかに、国に対して要望することや感じていることはありますか?
田辺市長 子ども医療費にこだわっているわけではありませんが、こども家庭庁が発足した今のタイミングでは非常にシンボリックな話です。国が現在進める児童手当の拡充については、私も賛成です。もともと所得制限はない方が良いと考えていました。
ただし、それだけかという思いはあります。子育ては保育や幼児教育、義務教育、さらには高等教育まで、どの時期もお金がかかります。これら学びと育ちを一体とし、全国どこにいても家庭格差がなく、意欲のある人が利益を享受できる状況をなぜつくらないのかと思いますね。
小田 「異次元の少子化対策」で目立った取り組みが見られないのは、なぜでしょうか?
田辺市長 政治家が決めないからだと思います。あえて乱暴な言い方をしますが、究極的にはトップがやれと言ったら、やるしかないのです。菅義偉前首相の時代がまさにそうでした。携帯電話料金の引き下げも不妊治療の保険適用も、鶴の一声でした。コロナワクチンの接種目標を1日100万回にするというのも、菅氏がメッセージを発したから実現したことです。
それぞれ批判も含め、さまざまな反応がありましたし、特にワクチンに関しては最初に聞いたとき、役所の体制構築はもちろん、医療機関など多くの関係者のご理解とご協力が必要なので「本当にできるのか」と、ぞっとしました。それでもトップがやると宣言したから体制が構築され、実行されました。結果論ではありますが、あのときの菅氏の判断は危機管理として非常に的確だったのではないかと思います。
政治家として負託を受けたトップが決断すれば、究極的には何でも実行できるはずです。子育ての分野で目立った取り組みがないということは、決断し切れていないのかもしれません。
小田 自治体から国へアプローチする経路としては、子ども・子育て市民委員会や全国市長会があります。他にもあるのでしょうか?
田辺市長 いずれも大阪府東大阪市の野田義和市長が会長を務める「教育再生首長会議」「活力ある地方を創る首長の会」があります。それぞれ国へ要望書を提出するだけでなく、岸田文雄首相や菅氏に直接進言したり、河野太郎デジタル相や自民党の萩生田光一政調会長と意見交換したりと、国家のマネジメントに携わる皆さんに対してストレートに意思を伝える努力を続けています。
小田 水面下の動きは「票」になりにくいですが、それでも熱意を持って行動する首長がいらっしゃると思うと、未来への希望が湧いてきます。
田辺市長 首長が国に対して能動的・積極的に動くのは、基本的に皆さん、目の前のまちづくりの仕事でてんやわんやでスケジュールも分刻みですから、相当にエネルギーが要ります。しかし首長は行政マンではなく政治家です。やはり「切り開く」という意思を強く持ち、主体的に行動することが望まれます。そうした多くの先輩がいることに勇気づけられますし、私自身もそこに学び、常に意識しています。
小田 田辺市長の言葉には自身の哲学や信念、そして胆力から来る熱量が常に感じられます。
田辺市長 胆力は要ります。トップは常に孤独ですから。それでも、どうやったら人の心にメッセージが届くのかと常に考えています。
小田 「より豊かな社会を先の世代につなぐ」という田辺市長の理念が終始、伝わってきました。古賀市の「チルドレン・ファースト」政策は、言い換えれば「本気で子ども・子育て世帯に寄り添う」という取り組みですね。そうした姿勢が他自治体、ひいては国に伝播していくことを願います。
次回は古賀市のまちづくりについて伺います。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年8月7日号
【プロフィール】
福岡県古賀市長・田辺 一城(たなべ かずき)
慶大法卒。2003年毎日新聞社に入り、記者として活動。11年福岡県議選に初当選(15年再選)。18年同県古賀市長選に初当選し、現在2期目。