より豊かな社会を先の世代につなぐ~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(1)~

福岡県古賀市長 田辺一城
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2023/09/13 より豊かな社会を先の世代につなぐ~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(1)~
2023/09/15 より豊かな社会を先の世代につなぐ~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(2)~
2023/09/18 クロスオーバーによる共創のまちづくり~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(3)~
2023/09/21 クロスオーバーによる共創のまちづくり~田辺一城・福岡県古賀市長インタビュー(4)~

 


 

「チルドレン・ファースト」を掲げて展開する独自施策が注目を浴びている福岡県古賀市。こども家庭庁の発足により、トレンドワードとしてメディアに取り上げられることも増えてきた政策分野ですが、同市の田辺一城市長が発するこの言葉には、深い哲学や理念が込められています。

子育て施策とは本来どう在るべきなのか。本稿は、それを改めて問うきっかけになることでしょう。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

子どもたちに優しい社会を大人たち皆でつくる

小田 今回のインタビューに当たり、直近2年の施政方針を拝読しました。どちらも序文に「私たち先行世代は、私たちが享受している現在の社会よりもよき社会を、より豊かな社会を、子どもたちや孫たち、さらにはその先の世代につないでいく責任がある」と書かれており、これが田辺市長が持つ理念の核だと感じました。

田辺市長 頭では分かっているものの、実践しているのかという話です。人間はどうしても、まずは自分のことや目の前のことを考えがちです。生まれていない世代に思いを巡らせ、想像力を働かせるのはなかなかハードルが高いことだと思います。だから気候変動の問題などが起きたりしているわけです。

どちらの施政方針にも書きましたが、「グッド・アンセスター(よき祖先)」になるために、持続可能性を高める意識をしっかりと持って今を生きていくべきではないかという思いが大前提にあります。

 

小田 田辺市長が掲げる「チルドレン・ファースト」にもつながりますね。

田辺市長 「異次元の少子化対策」といえども、次の世代のために投資しようという議論が社会全体でまだまだ不足していると感じます。自分たちの孫にはお小遣いをあげたり、何か残そうとしたりしますよね。こういう感覚を社会全体で持ちたいという思いがあり、あえて「チルドレン・ファースト」を掲げています。

「シニア・セカンドになってはいないか」とやゆされることもありますが、シニア世代を置いてきぼりにする話ではありません。もともと日本は高齢者に手厚い制度設計になっている国です。ならば、その逆も然りではないかと思います。世代間競争ではなく、子どもたちに優しい社会を大人たち皆でつくり上げましょうというメッセージを込めた「チルドレン・ファースト」です。

 

小田 人口減少対策として、子育て環境の改善に取り組む自治体は数多くありますが、田辺市長はどうお考えですか?

田辺市長 少子化という国の存続に関わる課題の施策が、自治体間競争の俎上に載っていることに強い違和感を覚えます。私は、例えば子どもの医療費助成制度などはナショナルミニマムであるべきだと考えています。介護保険制度には国としての理念が貫かれていますが、子どもの医療費助成は自治体任せです。義務教育や保育の世界も同じ文脈だと思っています。

各自治体が主体的に子育て施策に取り組むのは良いことですが、財政規模や人口構成などの状況がそれぞれで全く違う中、国から一任される状態になってしまっているのは問題です。子どもの医療費助成については「子ども・子育て市民委員会」(注)や全国市長会など、さまざまなチャンネルを使って国に訴え続けていますが、まだ大きな動きにはなっていません。

 

=「誰もが子どもを安心して生み育てやすい社会」の構築を目指して活動する団体。シンポジウムやアンケート調査を通じ、世代や立場を超えた意見交換や国への提言を行っている。田辺市長は共同代表を務める。事務局はさわやか福祉財団。

 

切れ目のない伴走型支援

小田 「チルドレン・ファースト」の具体的な施策について、お話しいただけますか?

田辺市長 妊娠・出産から乳幼児期の育児まで、切れ目のない伴走型の支援体制を数年前から整えています(図)。すべての初産婦のお宅を保健師ら専門職が訪問し、関係性を構築していく取り組みもその一つです。「産後からアプローチするのでは遅い」という現場の声を受け、「ぜひやろう!」ということで始めました。希望があれば経産婦のお宅も訪問します。

2022年度からは、赤ちゃん用品などを詰め合わせた「うまれてきてくれてありがとうBOX~こがたからばこ」の進呈を始めました。フィンランドのベビーボックスから着想を得ています。

これには「子どもが生まれた家庭を社会全体で祝福しているんだよ。これからは遠慮なく社会に頼っていいんだよ。みんなであなたたちを支えていくから」というメッセージを込めています。単に物をあげるのではなく、社会全体が子どもと子育て家庭を包摂していると示せる政策にしたくて始めました。

 

(図)古賀市が配布する「子育てBOOK」には、伴走型支援のロードマップが描かれている

 

他にも医療的ケア児の支援、小児がん治療で予防接種の免疫を失った子どもの再接種費用の助成、経済的に厳しい妊婦さんの初回受診料の助成など、一人ひとりの状況に合わせて支える取り組みも年々強化しています。

また2期目の公約では、任期中に子ども医療費を段階的に18歳まで無償化することを掲げました。これに関しては、国に動きがなくてもやらなければならないという強い思いがあります。

 

小田 新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が出されていた時期も、子育て支援施設を閉鎖しなかったと伺いました。

田辺市長 コロナ禍の当初は、未知の感染症に対して国全体が非常に強い不安を抱えていました。緊急事態宣言が出ると、どの自治体も公共施設を閉鎖しました。私たちも毎日、会議を重ねる中で、一度は公共施設をすべて閉める判断をしたのですが、私はそこで「(乳幼児と保護者の交流施設である)『でんでんむし』は開け続けた方がいい」と言ったのです。

「でんでんむし」は、お母さんがお子さんを連れて来て思いのままに過ごしたり、職員に相談したり、他の親子と交流したりしながら、自然と孤立感をなくせる場です。コロナ禍でここを閉じてしまったら、児童虐待の潜在化など別のリスクが生まれるのではないかと思いました。

たとえ非常事態であっても、子育て家庭を社会から見えなくしてはいかん、孤立させてはいかんという思いからの提起でした。結果、運用形態を変えながら「でんでんむし」を開き続ける決断をしました。現場の職員が本当に頑張ってくれました。

要は「何を重く見るか」です。確かに人流を抑制し、感染リスクを低減するのは至上命題であったけれども、私たちは子育ての孤立化のリスクにも重きを置きました。「子育てを支える」という理念で平時から取り組んでいるからこそ、有事の際も現場で起きていること、起きるであろうことを「想像」することができて、生まれた取り組みでした。

コロナ禍が少し落ち着いてイベントなどが復活してきた時期に、小さな子どもを連れたお母さんから「『でんでんむし』を開け続けてもらって本当に良かったです」とお礼を言われました。古賀市らしい「チルドレン・ファースト」を実践できたように思いましたね。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年8月7日号

 


【プロフィール】

福岡県古賀市長・田辺 一城(たなべ かずき)

慶大法卒。2003年毎日新聞社に入り、記者として活動。11年福岡県議選に初当選(15年再選)。18年同県古賀市長選に初当選し、現在2期目。

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