群馬県千代田町長・高橋純一
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2024/05/28 チャンスを手繰り寄せる「調整力」 ~高橋純一・群馬県千代田町長インタビュー(1)~
2024/05/30 チャンスを手繰り寄せる「調整力」 ~高橋純一・群馬県千代田町長インタビュー(2)~
2024/06/04 立場を超えた連携で相乗効果を生む~高橋純一・群馬県千代田町長インタビュー(3)~
2024/06/06 立場を超えた連携で相乗効果を生む~高橋純一・群馬県千代田町長インタビュー(4)~
群馬県の南東部に位置する千代田町は、利根川を挟んで埼玉県と接する人口約1万1000人のまちです。同町では昨年、四半世紀にわたって要望してきた「利根川新橋」の建設を巡り、大きなニュースがありました。群馬、埼玉、栃木3県の計10市町で構成する「利根川新橋建設促進期成同盟会」の副会長を務め、要望活動の熱量を高めていったのが千代田町の高橋純一町長です。
今回は高橋町長の「機を読む力」と、さまざまなステークホルダー(利害関係者)の意見をまとめ上げる「調整力」にフォーカスします。(写真、聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)
写真 高橋町長(上)へのインタビューはオンラインで行われた(出典:官民共創未来コンソーシアム)
利根川新橋の建設へ「今しかない」
小田 群馬県が昨年9月12日、千代田町と埼玉県熊谷市を結ぶ利根川新橋の事業化に向けた調査費を、2023年度9月補正予算案に計上すると発表しました。25年以上にわたり、近隣自治体が中心となって要望活動を展開してきたにもかかわらず、実現しなかった新橋の建設に動きがあったのは、高橋町長の手腕によるところが大きいとお聞きしています。
高橋町長 私は利根川新橋建設促進期成同盟会の副会長を務めています。1997年に群馬、埼玉、栃木3県の計15市町村(市町村合併を経て現在は10市町)が設立したこの会は、諦めずに要望活動を続けてきました。昨年5月1日に群馬県の山本一太知事に改めて要望したところ、英断を下していただき、9月の県議会で調査費4300万円を含む補正予算が可決されました。埼玉県の予算と合わせ、現在は測量や制度設計を行っている状況です。
期成同盟会のメンバーは25年以上にわたり、国会や県議会、国土交通省関東地方整備局など、あらゆるところに出向き、要望活動を行ってきました。私もコロナ禍を機にいろいろと戦略を練り直す中で、やはり新橋の必要性を改めて感じるようになりました。そこで近年は多くの人々を巻き込みながら、要望活動の熱量をさらに高めていったという背景があります。
小田 高橋町長の熱量は町議会の議事録からも読み取れます。その成果が昨年、表れたのですね。決め手は何だったのでしょうか?
高橋町長 要望活動を地道に繰り返すことはもちろんですが、観点を変えながら訴えたことが功を奏したと考えています。活動を始めた当初は、慢性的な渋滞の解消という観点から要望してきました。近年はこれに加え、災害時の広域避難における新橋の重要性を訴えました。われわれ行政だけでなく、3県の市議や町議も巻き込んで活動した結果です。
小田 町議会の議事録には、グライダー滑空場の移設が要望活動の熱量を高める契機になったとありました。
高橋町長 川幅の広い利根川に架かる橋梁はかなり大規模なものになりますから、さまざまな規制を考慮してルート選定を行う必要があります。
最大の課題は、日本学生航空連盟の妻沼グライダー滑空場(熊谷市)の位置でした。航空法の関係で、滑空場から一定の範囲内に橋を架けることはできません。長年、橋をどこに架けるのかという議論が続けられてきました。そこに、滑空場を移設するという話が持ち上がりました。営業を終了したゴルフ場の跡地を活用する方向で調整が進むことになったのです。課題解決に向け、光が差し込んだと思いました。
一方で国交省の首都圏氾濫区域堤防強化対策により、埼玉県側では堤防強化事業が進められていました。その進捗によっては、再び橋のルート選定が難しくなります。利根川新橋の建設を実現させるタイミングは今しかないと見定め、要望活動の熱量を高めていきました。
小田 タイミングを見計らって一気呵成に状況を打開するとは、まるで軍師のようです。
高橋町長 タイミングが良かったのと、期成同盟会のメンバーが諦めずに要望活動を続けてくださったおかげです。
防災の観点から見た新橋の重要性
小田 利根川新橋は群馬と埼玉の県境をまたいで設置されます。当然のことながら両県で協議が行われてきたと思いますが、考え方の違いなどはどのように調整されたのですか?
高橋町長 妻沼グライダー滑空場の課題をどうするかについて議論を重ねてきましたが、基本的な考え方や熱量に大きな差はありませんでした。
群馬と埼玉の県境を流れる利根川には、既に刀水橋(群馬県太田市─熊谷市)と武蔵大橋(千代田町─埼玉県行田市)が架かっていますが、約10㌔離れています。武蔵大橋は利根大堰という取水施設の管理道路として整備されたため、道幅が狭くて渋滞が発生しやすい状況です。そうなると刀水橋に交通が集中し、こちらも渋滞になります。
新橋を両橋の間に架ければ、長年の課題であった渋滞の緩和はもちろん、群馬と埼玉の往来が活発になることによる経済効果も見込めます。このように両県にとって大きなメリットがある事業なので、方向性がずれることはありませんでした。新橋の建設をきっかけに、JRと秩父鉄道の熊谷駅までダイレクトに行けるようなアクセス道の整備も構想しています。
小田 大規模な公共事業の場合、関係自治体間の利害調整が難航するケースがあります。利根川新橋では、それがなかったのですね。
高橋町長 埼玉県側の自治体とは、災害時の広域避難という観点でも利根川新橋の重要性を共有しています。「災害時における利根川両岸相互応援に関する協定」を結んでおり、万一のときには助け合う体制を構築しています。
小田 高橋町長は防災という面で、新橋に懸ける思いが強いのですね。
高橋町長 利根川は過去に何度も氾濫した歴史があります。近年は全国的に豪雨災害が多発していますから、利根川水系でも今後、同様の災害が起こる可能性があります。ただし台風や線状降水帯の動きは、予報で事前に知ることができます。ですから氾濫の危険性があると分かった時点で、住民の皆さんには速やかに避難していただきたいと考えています。そのために近隣自治体と積極的に広域避難の協定を締結しています。
小田 利根川水系は広範囲です。集中豪雨でどこか1カ所でも氾濫すれば、その影響は他の地域に及びます。高橋町長がおっしゃる通り、万一に備えて近隣自治体と協定を結んでおくことは重要ですね。
高橋町長 実際に2019年の台風19号のとき、町は避難勧告を出し、住民の皆さんに避難していただきました。当時は利根川の水位が、あと1.5㍍で氾濫するというところまで迫っていました。
千代田町は1000年に1度の大洪水が発生した場合、町内の大部分が浸水し、避難所が使えなくなると想定されています。町内での避難が意味を成さない可能性があるので、近隣自治体と協定を結び、広域避難ができるようにしておくことは非常に重要です。
(第2回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年4月8日号
【プロフィール】
高橋 純一(たかはし・じゅんいち)
1960年生まれ。群馬県千代田村(現千代田町)出身。2008~12年千代田町議。16年千代田町長に就任し、現在3期目。座右の銘は「やってみせ 言って聞かせてさせてみて 誉めてやらねば人は動かじ」。