社会課題の解決に向けた民間ビッグデータ活用

株式会社True Dataアナリティクスソリューション部 次長
烏谷 正彦

SDGsに代表される社会課題に対するインパクト事業に対して、最も困難なことが「測定」であるとされている。日本においても、インパクト事業の測定に対して、「官民データ活用推進基本法」を2016年に施行するとともに、Evidence Based Policy Makingの推進体制を構築し、オープンデータの普及・利活用推進を行っている。しかしながら、日本のオープンデータの活用は政府・自治体が保有するデータが大半である。一方で、民間データを活用することで、詳細化・早期化・精度向上など大きな効果が挙げられると言われており、海外では実際に国・自治体が積極に活用しているケースが増えてきている。

日本にとって重要性の高い社会課題として「高齢者の世代内格差」が挙げられる。格差は相対的貧困率をKPIとして示されるが、高齢者の相対的貧困率は他の世代に比べても高くなっている。また、海外と比較しても、G7の中ではアメリカに次いで2番目に高くなっている。その結果として、日本のSDGsの取り組みにおいて、「10.人や国の不平等をなくそう」が2019年度では唯一前年比で落ち込みを示している。また、自治体への事前調査の結果から、国・自治体で民間データの活用を促していくためには、その先行事例が必要となることがわかった。そこで、本研究では「高齢者の世代内格差」を対象として、官データに加えて民間データを用いることで、新しい価値を生み出していくことを目的とする。

この目的に対して、先行研究のレビューから、「高齢者の世代内格差」に対して、官データを用いた計測と要因分析の成果と、次の3つの課題を整理した。課題として、

  1. 高齢者問題対策の実施主体に合わせて、都道府県別でなく、市区町村単位での分析が必要。
  2. 相対的貧困率を「点」で算出すると、所得の分散が考慮されないため、所得分布という「幅」で推計することが必要。
  3. 「生活保護の金額を挙げる」や「就労機会を増やす」といった地方自治体では取り組むのが難しい施策になる傾向がある。という3点が挙げられる。

それらの課題のうち1、2に対して、高齢者の貧困状況を検討するために、最適でないかと考えられる高齢者の食品や生活用品などの購買行動の民間ビッグデータを用いた。それによって、(1)都道府県別の高齢者の相対的貧困率に対して、既存の研究(自由度調整済み決定係数0.68)よりも、図のように高い精度(同0.82)での予測モデルを構築(精度向上)。

図:都道府県別の高齢者の相対的貧困率について、本研究での予測モデルを用いて予測した結果(横軸)と、実際の統計値(縦軸)。予測結果と実績がほぼ一致している

 

(2)相対的貧困率という点でなく、所得分布という幅を、対数正規分布を用いて予測する新しいモデルを作成(新たな統計の作成)。(3)これらの予測モデルを活用することで、先行研究では難しかった都道府県よりも細かい、市区町村での高齢者の相対的貧困率推計を実現(詳細化)。という3点の成果を挙げることができた。

また、3については地方自治体の政策立案において、地域特性を踏まえたベストプラクティスの模倣の重要性が挙げられた。そこで、相対的貧困率予測モデルづくりで重要度が高かった変数を用いて、官民データが充足している50市区町村を対象に高齢者の居住地域をグループ化することで、自分の自治体であれば、どの自治体で行った高齢者の相対的貧困率対応政策を模倣して改良していくことが、最も高い効果を得ることができるかを分析した。

その結果として、下表の通り、A.頑張れ個人事業主ライフ、B.将来に備えライフ、C.二極化エリアライフ、D.おひとり様倹約ライフ、E.再就職で安定ライフ、F.悠々セカンドライフという6種類にグループ化した。更に、それ以外の市区町村でも活用可能なように、グループ化の判定ロジックを定めた。

クラスター 市区町村数 市区町村
A.頑張れ個人事業主ライフ 8 宇都宮市、新潟市、静岡市、浜松市、姫路市、岡山市、松山市、熊本市
B.将来に備えライフ 12 中央区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、荒川区
C.二極化エリアライフ 2 千代田区、港区
D.おひとり様倹約ライフ 12 札幌市、仙台市、名古屋市、京都市、大阪市、堺市、東大阪市、神戸市、広島市、北九州市、福岡市、鹿児島市
E.再就職で安定ライフ 13 さいたま市、千葉市、船橋市、大田区、北区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区、八王子市、川崎市、相模原市
F.悠々セカンドライフ 3 目黒区、世田谷区、横浜市

表:齢者の相対的貧困率と関係が高いと定めた変数を用いて、市区町村を6つのクラスターに分類

これらの研究結果を踏まえて、日本における国・自治体の社会課題解決の1つの先行事例として、民間データを活用していくことの価値を示すことができた。一方で、本研究の限界として、民間データ活用価値のうち、早期化や工数削減は行えなかったことがあげられる。これらはモデルの構築にあたり、官データを全て民間データで代替できなかったために起こった課題である。この課題については、クレジットカードなどのキャッシュレス決済などのデータや、健康に関する情報など民間データの種類を増やしていくことで、実現が可能になってくるのではないかと考える。一方で、民間データの種類を増やしていくには、データを提供する側のインセンティブについても考慮する必要がある。これらについては、実際に民間側がビジネスとして進める中で、最適化が図られていけば、多種多様な民間データを最適な価格で入手することが可能になると考えている。

今後は、本研究の実践として、これらの取り組みも含めて、国・自治体の社会課題解決への民間データ活用を推進していきたい。

 


筆者プロフィール
烏谷 正彦(からすだに まさひこ)
株式会社True Dataアナリティクスソリューション部次長

慶應義塾大学卒業後、アクセンチュアにて10年以上、小売業・メーカー・通信業・金融業などの事業戦略・CRM戦略などのコンサルティング業務に従事
2015年より株式会社True Dataに参画し、ドラッグストア・食品スーパーなど合計約5,000万人の購買ビッグデータと、エリアや嗜好情報等を掛け合わせたデータマーケティングを推進
データサイエンティストとして、ビッグデータやAIを用いたアナリティクスの提供し、デジタル経営の推進を行うとともに、組織立ち上げや業務トレーニングの実施等、現場に接する領域まで幅広いコンサルティング業務を得意とする
ビッグデータの社会課題解決に対しての活用を目指し、多摩大学大学院にて修士号を取得
「社会課題の解決に向けた民間ビッグデータ活用の提言」は優秀論文として表彰

 

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