町の将来のために一致団結~上田泰弘・熊本県美里町長インタビュー(3)~

熊本県美里町長 上田泰弘
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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第1回、第2回に引き続き、熊本県美里町の上田泰弘町長のインタビューをお届けします。全国から注目を浴びている同町の「eスポーツでいい里づくり事業」(注1)というユニークな取り組みが実現した背景には、上田町長が日頃から「意見を言いやすい環境」づくりに配慮しながら、職員とコミュニケーションを図っていることがあると分かり、改めて組織文化の重要性を認識できました。

今回は施策展開に当たっての考え方や、有事と平時におけるリーダーシップの在り方、現在進行形の新たな取り組みなどについて伺いました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

行財政改革でPRに注力

小田 現在はどの地方自治体もリソース(資源)が限られる中、創意工夫を凝らしながら行政運営を行っています。上田町長が注力してきたことは何でしょうか?

上田町長 就任後すぐに取り組んだのは町のPRです。人口減少に歯止めをかけるために移住者を増やそう、また関係人口を増やそうとするならば、まずは美里町のことを知ってもらわなければなりません。

町には、3333段という日本一の石段(釈迦院御坂遊歩道)や、光の当たり具合でハート型が浮かび上がる石橋「二俣橋」などの名所があります(写真1)

しかし私が町長に就任した当初は、そうした町の資源を生かし切れていませんでした。ですから、行財政改革を通じて町の広告宣伝費を大幅に増やし、PRに注力しました。

 

(写真1)ハート型が浮かび上がる二俣橋(出典:美里町)

 

小田 どのように増やしたのですか?

上田町長 もともと、それなりに基金はありましたが、補助金など、できる限り外部からお金を集めるようにしました。広告宣伝費は、私にとって投資的予算です。増やした分、それ以上のリターンを生むと考えています。

 

小田 行政関係者は投資という発想をあまり持っていない印象がありますが、上田町長は将来のリターンを見越して予算編成を考えるのですね。

上田町長 私が町長に就任する前、町はかなり消極的な政策を行っていました。職員の中に投資という発想はなかったと思います。しかし、これからの行政運営においては、お金を使うべきところには使い、最終的にどこまで膨らませるかを考えることは大事なセンスだと思います。

 

町民の提案から始まった施策

小田 前回のインタビューで伺った「eスポーツでいい里づくり事業」や、先ほどの行財政改革に関するお話から、上田町長は思い切りよく新たな施策に踏み出している印象を受けます。2021年度から取り組んでいる「自伐型林業」(注2)についても、同様でしょうか?

上田町長 自伐型林業を始めたきっかけは、町民からの提案でした。美里町の環境が好きで、神奈川県から移住して来た方です。その方が、町の約7割を占める森林をどうにか生かせないかということで、自伐型林業に目を付けたのです。

あるとき、その方が役場に「町長と話がしたい」と直談判に来られました。お会いしてみたところ、かなりの熱量を込めて自伐型林業の話をされました。「そこまで言うのなら試験的にやってみよう」となり、現在に至ります(写真2)

 

小田 町役場の本庁舎1階にある町長室のドアは常に開けてあると伺いました。町民が町長に直談判できるのは、そうしたオープンな雰囲気があるからですね。

上田町長 良い話か悪い話かは自分の解釈次第ですから、基本的には誰のお話でも聞き入れる姿勢です。自伐型林業は良い話だと思いましたので、すぐに実施することを決めました。

実はこの話に出会う以前から、近年の豪雨による土砂崩れなどの災害に対して危機感を持っていました。普段の川の様子を見ても、昔に比べて水量が減っていたり、雨が降ったら一気に増水したりしています。これはきっと森林の管理が行き届かないが故に、山の保水力がなくなってきているのだろうと考えていました。

そんな中での自伐型林業の話ですから、すぐに実行しようと思いました。

 

(写真2)森林整備に関する実施要領(出典:美里町)

 

小田 上田町長は日々、いろいろな方からの提案を受けられています。その中で「これだ」と決める判断基準は何なのでしょうか?

上田町長 ワクワクするかどうか、ですかね。そういう話に乗ることが多いかもしれません。

 

小田 今は先の見えない時代といわれる中、初めての試みで課題を解決しなければならない場面も多くあると思います。やってみないことには分からないですよね。

上田町長 おっしゃる通りです。幸いなことに、美里町は議会も協力的です。町のために、後世のためにという施策であれば、皆さんは理解を示してくださいます。

 

小田 なぜ議会は協力的なのですか?

上田町長 「なぜ、この施策をするのか」という理由を、きちんと説明するからだと思います。これが例えば一部の人が利益を得るような話であれば、議会も否決するでしょう。しかし「町の将来をどうにかしたい」という気持ちから施策を提案していますので、議員の皆さんの共感や賛同を得られているのではないかと思います。

 

小田 「町の将来のために」という目的が議会とも、しっかり共有されているのですね。議員の方々には、施策の企画段階から素案をお話ししているのですか?

上田町長 はい。一緒に食事しながら、雑談を交えて話すときもあります。そこでお互いに情報交換し、施策を練り上げる際に反映させます。議員の方々は地域に根付いて活動しています。私が把握していない貴重な情報を頂くことも多いです。

 

小田 議会ともオープンマインドで接しているのですね。

上田町長 町を良くするなら全員で、という思いが強いですね。最後の責任は私が取ればいいので。自伐型林業については、議員の皆さんと視察に行きました。先に取り組んでいる自治体の事例を皆で一緒に見て、「美里町でも本格的に取り組もう」と一致団結したところです。

 

小田 首長と議員が一緒に視察に行く事例はあまり聞いたことがありません。やはり、皆で町をつくるという意識が共有されているのですね。

上田町長 議員の方々とは、時間さえ合えば共に行動します。年齢的に私もそうですが、特に若い議員の方は今の取り組みが生きているうちに評価されます。10年後、20年後に「上田の時代の取り組みは失敗だった」といわれないようにしなければという緊張感は常にあります。

 

小田 まちづくりを数十年といった長期の時間軸で捉えることは、政治家が持つべき大事な視点だと思います。

 

(注1)=コンピューターゲームの対戦で腕を競い合う「eスポーツ」を活用し、高齢者の介護・認知症予防や子どもへのプログラミング教育、高齢者と子どもの世代間(他地域間)交流を促進する取り組み。

高齢者は定期的に集会場などに集まり、ゲームの練習や会話を楽しむことで、脳を働かせたり手指を動かしたりする習慣を身に付ける。一方、小学校ではeスポーツを用いた授業が行われ、児童はプログラミング思考を身に付ける。

そして両者がゲーム対決という形で交流することで、世代間(他地域間)のコミュニケーションが活発になる。2020年10月に試験的に始め、22年度は事業を拡大して継続している。

 

(注2)=採算性と環境保全を両立させる持続的な森林経営の手法。従来の林業よりも小規模かつ低コストな取り組みで、残したい木を決め、その支障となる木を間引く「間伐」を長期にわたり、繰り返すのが特徴。

対象区画の木を短期的にすべて切る「皆伐」とは異なり、森林の環境保全につながるため、災害の起きにくい山林づくりができる。

また参入障壁が低いため、新たな就労機会の創出や移住・定住促進にも効果が期待できる。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2022年12月05日号

 


【プロフィール】

熊本県美里町長・上田 泰弘(うえだ やすひろ)

1975年生まれ。福岡大卒。参院議員秘書を経て、2007年4月熊本県議選に初当選。12年11月同県美里町長選に初当選し、翌12月に第2代美里町長に就任。現在3期目。

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