群馬県大泉町長・村山俊明
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2024/05/14 フレンドシップから始まる多文化共生~村山俊明・群馬県大泉町長インタビュー(1)~
2024/05/19 フレンドシップから始まる多文化共生~村山俊明・群馬県大泉町長インタビュー(2)~
2024/05/21 誰もが互いを理解し、思いやるまちへ~村山俊明・群馬県大泉町長インタビュー(3)~
2024/05/24 誰もが互いを理解し、思いやるまちへ~村山俊明・群馬県大泉町長インタビュー(4)~
群馬県の南東部に位置する大泉町は、面積が約18平方キロと県内で最も小さい自治体ですが、高度経済成長期以降に北関東工業地域の一角を占め、企業が集積したことから100を超える工場が立地し、「企業のまち」として発展してきました。これを支える働き手として、町内には多くの外国人が居住しています。その数は約8300人と、人口約4万1000人の2割に上ります。
大泉町の現状は、多くの地域に今後訪れるであろう多文化共生の姿そのものです。増え続ける外国籍住民との共生に試行錯誤する日々について、同町の村山俊明町長にお聞きしました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)
「困り事」のヒアリングからスタート
小田 2013年に町長に就任し、多文化共生の取り組みとして、まず何から着手されたのでしょうか?
村山町長 大泉町には51カ国の外国籍の方々が住んでいます。人口約4万1000人のうち、約8300人が外国人です。多文化共生の考え方については、日本人であろうが外国人であろうが、多くの方々が肯定的に捉えているでしょう。しかし、やはり実際に住んでみなければ実感できないことがたくさんあります。そこで町長に就任して最初に取り組んだことは、外国籍の方々の「困り事」のヒアリングでした。
当時は今と違って、スマートフォンで手軽に翻訳することができませんでした。そんな中、外国籍の方々が最も困っていたのは病院の受診でした。言葉が通じないので「頭が痛い」場合でも、頭痛がするのか、それとも頭を打ったから痛いのか、経緯や症状を細かく伝えられないのです。彼らが当時取っていた苦肉の策は、自分よりも日本語が堪能な友人にお願いし、仕事を休んで病院に同行してもらうことでした。
これは町として解決しなければならないと考え、医療機関に7カ国語の問診票を用意しました。近隣自治体にも配布し、より多くの外国籍住民が病院を利用しやすくなるよう努めました。それを見た彼らは、自分たちが最も困っていることに素早く手を打ってくれたと、行政に対して非常に好感を持ってくれました。
小田 まずは直接、外国籍住民の声を聞いたのですね。
村山町長 町の職員も私も積極的に外国籍の方々と交流するようにしました。彼らが経営するスーパーや飲食店に出向き、交流を深めたのです。その中でキーパーソンを発掘していったのが、多文化共生に向けた取り組みの第一歩です。
小田 町長就任前は町議を務めておられましたが、当時から多文化共生について思うところがあったのでしょうか?
村山町長 私の実家近くに在日韓国人の方が住んでいました。私は若い頃、その方に非常にかわいがっていただき、自分の本当の家族のように感じながら、お付き合いしていました。当時は、外国人の身元を識別するための指紋制度がまだある時代でした。それに対し、私は強い違和感を覚えていました。併せて人権について考えることも多かったのです。
大泉町は群馬県で最も面積が小さい自治体です。そんなまちだからこそ、人と人が身近に触れ合い、共生できるのではないかと考えていました。面積が狭いから心も狭いと思われたくありませんでした。そうした思いが根底にあり、多文化共生の先進地としての取り組みを続けてきたところはあります。
※写真 市内にある外国人向けスーパー(出典:大泉町)
数々の先進的な取り組み
小田 早くから推進してきた多文化共生の取り組みについて、ご紹介いただけますか?
村山町長 17年に全国の町村に先駆けて「あらゆる差別の撤廃をめざす人権擁護条例」を制定しました。性別や年齢、国籍などにかかわらず、新たな人権侵害が生じることのない、人権が擁護されたまちづくりを推進し、あらゆる差別のない社会をつくることを目的とした条例です。ポルトガル語と英語の解説版を用意し、外国籍の方々にも条例の趣旨をご理解いただけるよう努めています。
また19年に、群馬県内でいち早く性的少数者(LGBT)に配慮した「パートナーシップ制度」を開始しました。この制度は法的効力が生じるものではありませんが、人生を共に生きていこうとするお二人の関係を行政が認め、尊重することに意義があると考えています。
私はLGBTを「L=Love(愛を持って人と接し)」、「G=Going my way(自分らしく生きることは)」、「B=Bravo(素晴らしいことで)」、「T=Thanks(感謝の心を持つことが、差別のない社会をつくる)」と独自に解釈し、人権擁護の先進地としての取り組みを推進しようと考えています。町としてLGBTの方々に協力できることはしていこうと、議場を結婚式場として無償で貸し出したこともあります。
25年度には外国籍の町職員(正規職員)の採用を始めます。一般事務職を含む全職種で採用試験における国籍条項を廃止し、外国籍の方々の職の可能性を広げようとしています。
小田 数々の先進的な取り組みを行ってきたのですね。特に外国籍職員の採用には慎重な姿勢を示す自治体が多くありますが、決断したきっかけは何だったのでしょうか?
村山町長 人権擁護条例を制定したまちとして、外国籍の方々が町職員になれないのは理不尽だと思ったからです。大泉町の公立学校では、外国籍の子どもの割合が3割に近いところもあります。3人に1人が外国人です。では、3人の子どもたちが社会の役に立とうと公務員を志したとき、外国籍を持つ1人だけが受験資格もない状態だとしたら、どう感じるでしょうか。やはり理不尽でしょう。多文化共生の先進自治体として、ここは改革しなければならないと考え、決断しました。
小田 議会から反対意見は出ませんでしたか?
村山町長 事前に私どもの考え方を伝えておいたので、反対意見は出ませんでした。
一方で、群馬県は22年に外国籍職員の採用を表明しましたが、各方面から反対意見が寄せられ、断念しています。やはり先例がないことに対する懸念が強かったのでしょう。大泉町としては今後、外国籍職員の採用が生むメリットを示していく必要があると思っています。それを示せれば、他自治体も考え方を変えるのではないでしょうか。ですから、これはチャレンジです。
小田 外国籍職員が担う業務に制限はありますか?
村山町長 国の通達で制限されている業務には就くことができません。例えば課長職以上の管理職や町の意思形成に関与する職、都市計画や税の賦課など公権力を行使する職です。こればかりは国の枠組みに沿うほかありません。しかし、その他の多くの業務に就くことはできます。
小田 庁内でさまざまな国籍の方が活躍する未来は遠くありませんね。
(第2回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年3月25日号
【プロフィール】
村山 俊明(むらやま・としあき)
1962年生まれ。97年5月群馬県大泉町議となり、2005年5月から07年5月まで同町議会議長を務めた。
13年5月大泉町長に就任し、現在3期目。