偏りに対し「問いを投げ掛ける存在」に~栁田清二・長野県佐久市長インタビュー(3)~

長野県佐久市長・栁田清二
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子

 

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栁田清二・長野県佐久市長インタビューの第3回をお届けします。

前回・前々回は、「現実をつぶさに見て判断をする」市長の観察力を、災害対応やデマンド交通事業のエピソードから窺い知ることができました。

今回は、独自のリーダーシップ論を中心に、市長の信念に迫ります。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

佐久市長インタビュー風景

佐久市長インタビュー風景1

栁田市長(上)へのインタビューはオンラインにて行われた(出典:官民共創未来コンソーシアム)

 

独自のリーダーシップ論

小田 前回のインタビューで栁田市長は、全員が納得感を持って事業を推進するには、首長が現場をよく理解することや、最後まで議論を詰めることが大切だとおっしゃいました。いつもこのようなマネジメントを心掛けているのですか?

栁田市長 いつもというわけではありません。どちらかといえば、「そういうアプローチもある」といった感覚の方が近いです。市長を4期経験してきて感じるのは「独自のリーダーシップ論を持ってマネジメントすることの大切さ」です。

 

小田 市長ご自身のリーダーシップ論とはどのようなものでしょうか?

栁田市長 四つあります。

一つは、先ほど小田さんにご紹介いただいた通り「正確に現場を理解する」ということです。往々にして決定できる職位にある者が、現場の課題を理解していないということがあります。これは前回のデマンド交通事業の話にもあった通り、首長と職員の間で現状認識のギャップがあると、物事は前に進みません。なるべくそれを埋める努力が必要です。

二つ目は「早く決める」ことです。首長が迷っていると職員の皆さんの中に〝決まらない〟というフラストレーションが溜まります。ですから早く決断して、進みながら軌道修正をかけていけば良いと思っています。

三つ目は、「意図を伝える」ことです。なぜそう思うのか、なぜそのように決断したのか、持っている仮説を伝えることで、周りと意見を調整することができます。

四つ目は、これまでを踏まえて「方針を伝える」ことです。経験則ですが、方針を伝えるのは早ければ早い方が良いと感じます。

 

小田 「方針を伝えるのは早い方が良い」という点について、具体的なエピソードを伺えますか?

栁田市長 例えば入札についてです。私は市長になる前は県議会議員を務めていました。その頃から民間企業の方と話す機会をよく設けており、市長に就任してからも意見交換は続けていました。入札に関して、地元企業の実情に合わせた入札にしようと契約課長に伝えたところ、「企業サイドの意見のみを聞き入れている行為そのものが官製談合じゃないですか」との答えが返ってきました。真っ当な意見だと思いましたが、私は特定の企業や業界を優遇する意図で課長に話をしたわけではありません。佐久市のためになる入札の在り方を模索したかったのです。

そこで課長と議論を交わし、「入札では地元企業を優先する」という方針を固めました。それが、現在も活用されている「佐久市地元企業優先発注等に係る実施方針」です。正当な会議体で議論を経てつくり上げられた方針があると、職員は現場での判断や行動がしやすくなります。結果、組織全体が自発的に動くことにもつながります。

 

小田 「正確に現場を理解する」「早く決める」「意図を伝える」「方針を伝える」どれも興味深いポイントです。特に「正確に現場を理解すること」は、事業の根幹を支える部分だと思います。

栁田市長 現在、佐久市では女性活躍を方針として掲げていますが、正確に現場を把握するためにあらゆる情報に触れています。例えば、ニッセイ基礎研究所のリサーチャーである天野馨南子さんのリポートからは示唆をたくさん得ることができます。

あるリポートには、初婚の夫婦の子どもの数が年ごとに記載されています。それを見ると、1970年は平均2.3人、2022年は平均2.2人とほぼ変わりありません。一方で、結婚する人の数は減っています。少子化の大きな要因は、よく用いられる合計特殊出生率にとらわれるのではなく、結婚する人の数に着目していく必要があるという指摘です。

結婚や出産は女性にとっては重大なライフイベントです。それを支えることができる社会、ひいては企業が求められます。では、佐久市で女性のライフイベントへの配慮も含めたウェルビーイング経営を行っている企業がどれだけあるのか、実態はどうなのか、成果は出ているのか、まずは現状を正確に理解することが必要だと思い調査を進めています。

 

小田 女性の社会減が男性の社会減を上回る地方自治体は多いと聞きます。女性が地域からいなくなることは、まちの持続可能性に直結する大きな問題です。

栁田市長 女性への配慮という点で参考にしている事例があります。長野県の川上村です。レタスの生産量日本一を誇る川上村では、レタス農家の平均年収は約2500万円に上ります。それだけ収益性がある仕事であれば、後継者不足にはあまり悩まないそうです。ところが、お嫁さんとなると難しさが増します。早朝からの体力仕事を敬遠する女性が多いからです。

そこで、1995(平成7)年に当時の村長が行ったのは「24時間図書館」を運営することでした。都会から川上村に嫁いだ女性への配慮です。当時はインターネットが普及しておらず、都会と地方の情報量には歴然とした差がありました。それを少しでも埋められるような施策です。私はこういうことこそが配慮なのではないかと思います。

 

小田 佐久市は、転入が転出を上回る社会増の状態を維持しています。女性も含めて、外の地域から移住して来た方にどのような配慮をしようとお考えですか?

栁田市長 地域全体で暮らしを支え合う状態をつくることができればと考えています。移住が進むということは、核家族化が進むケースが多いです。子育て世代にとって、少しの間だけ子どもを見てもらえる身内の存在はありがたいものですが、移住して距離ができると頼れなくなります。佐久市でも今後、そのような家庭が増えることが想定されます。ですから先回りして家庭的な行政支援ができるよう準備を進めています。

 

組織を暗くしない働き掛け

小田 栁田市長のリーダーシップ論の「早く決める」という行動指針にも触れていきます。行政運営は選択の連続ではないかと思うのですが、A案とB案で迷われたときはどのような基準で一方を選択されるのですか?

栁田市長 A案かB案で迷うということは、どちらも一長一短があるということです。ですから極論を言えば、どちらでも良いということになります。選択のために時間をかけて考えるのはあまり意味がないと思います。どちらか一方をまずは選び、その結果表れた一長一短に対して対策を考えれば良いと考えています。

 

小田 シンプルかつ力強いお言葉です。

栁田市長 そもそも良い案が生まれるために心掛けていることもあります。職員が持って来た一つの提案に対して「自分の意見を言い続けない」ということです。自分の意見を言い続けると否定的な議論が起こってしまいます。より良いものを作ろうとしているのにもかかわらず、否定的な議論になってしまっているのです。ではどうするかというと、もう一つ提案を作ってほしいと指示します。そうすると、A案とB案がそろいます。私はどちらかを選べばよいのです。両方とも職員が作った案ですから、肯定的判断となり、結果的に組織を暗くしない方法となります。かつて大変お世話になった、元新党さきがけ代表の武村正義さん(元滋賀県知事、元同県八日市市長)から教わった知恵です。

 

小田 目から鱗が落ちる発想です。行政だけでなく民間企業にも取り入れたいアプローチですね。

栁田市長 良いものを作ろうとしている相手を否定してしまうことは避けたいですからね。そうやってA案とB案が生まれたときには、なるべく早く決めるということを心掛けてきました。

 

小田 選択した結果、思い通りにならないこともあるのではないでしょうか。

栁田市長 もちろん人間ですから、思い通りにならずに怒りを感じることもあります。しかし「いかり(怒り)」を逆から読むと「りかい(理解)」になります。これは私の日課である朝の散歩中に、ブルートゥースで聞いていたYouTube動画からの受け売りになりますが、思い通りにならずに怒りを感じたときに必要なのは理解です。怒りを感じたときに発すべき言葉は、「何をやっているんだ⁉」ではなく「何があったんだい?」なのです。一つの心理的安全性です。

 

小田 栁田市長の強いメンタリティーを感じます。その強さはどこから生まれるのですか?

栁田市長 私個人の感情の起伏よりも、「今自分が何をやるべきか」の方に意識が向いています。世の中を見渡すと「自分に直接的な責任がないのに受ける被害」があります。例えば物価上昇や景気変動、自然災害などがそうです。自分が怠けていたわけではないのに直面する事態です。最たる例は戦争でしょう。

このように、個人個人には責任がないのに受ける被害を解決するのが、政治と行政だと思っています。選挙に出てまでそれをやりたいと思って今に至りますから、落ち込んだり苦労だと感じたりすることは、ほとんどありません。それを感じるようになったら辞め時だと思っています。とにかく、チャンスを頂いていると思って取り組んでいます。

 

小田 市長のお言葉はストレートに胸に響きますね。

栁田市長 子どもを叱る大人の姿を見ると、その子を心から心配して言っているのか、それとも自分の都合で怒っているのかがよく分かりますよね。それと同じで、自分を取り繕う政治家は周りから本性をすぐに見抜かれると思います。誠実な人間を装うより、自らが誠実な人間になることが、成功に近づく道だと思います。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年10月7日号

 


【プロフィール】

長野県佐久市柳田市長プロフィール写真栁田 清二(やなぎだ・せいじ)

1969年生まれ。中央大経済学部卒。井出正一・元厚生相秘書を務めた後、佐久市議会議員(1期)、長野県議会議員(3期)を経て2009年4月に佐久市長に就任。現在4期目。

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