福島県会津若松市長・室井照平
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2025/01/29 非常時の底力が切り開いた、革新的なまちづくり~室井照平・福島県会津若松市長インタビュー(1)~
2025/01/30 非常時の底力が切り開いた、革新的なまちづくり~室井照平・福島県会津若松市長インタビュー(2)~
2025/02/04 産学官の「共助」で築く、会津のスマートシティ~室井照平・福島県会津若松市長インタビュー(3)~
2025/02/06 産学官の「共助」で築く、会津のスマートシティ~室井照平・福島県会津若松市長インタビュー(4)~
「三方よし」で描く持続可能なスマートシティ
小田 その危機感と改革への意志が、現在の会津若松市のスマートシティ構想にも活かされているわけですね。具体的にはどのような取り組みを展開されているのでしょうか。
室井市長 2013年から「スマートシティ会津若松」として、ICTと環境技術を活用した持続可能な地域社会の実現に取り組んでいます。産学官の連携でオープンデータ利活用基盤「DATA for CITIZEN」を整備し、市民参加型のまちづくりを進めています。
具体的には、エネルギー管理による電力削減、健康管理のデジタル化、行政サービスのオンライン提供など、多岐にわたる施策を展開してきました。市民認知度は95%に達し、生活に身近なデジタル地域通貨の活用など、多くの市民の皆さまと取り組みを進めています。
「スマートシティ会津若松」パンフレット(出典:会津若松市)
小田 市民参加型のまちづくりを進められている中で、特に重視された理念や考え方についてお聞かせください。デジタル化の波が押し寄せる中、地方都市ならではの課題もあったのではないでしょうか。
室井市長 現在の普及しているデジタルサービスモデルは、ユーザーと大企業のみにメリットがある「二方よし」の状態です。ユーザー個人としてはメリットがあっても、データやお金が地域に残らないという課題があります。
データの囲い込みを基にしたビジネスモデルでは、大企業は発展し、消費者の利便性は向上しますが、地域や地元企業は疲弊する部分も出てきています。
具体例として、OTA(オンライン旅行代理店)や決済分野が挙げられます。大手の旅行サイトや決済事業者のサービスでは、手数料負担が大きく、お金が地域外に流出し、現金化までのリードタイムも長くなります。さらに決済データも地域に残らないという問題があるのです。
小田 その課題に対して、どのような解決策を考えられたのでしょうか。
室井市長 我々は「三方よし」、つまり市民・企業・地域のいずれもがメリットを感じられる仕組みを目指しました。これは近江商人の考え方でもあります。実は会津の漆器や酒の起源も、近江商人の育ての親とされる蒲生氏郷(戦国武将)が職人を呼び寄せたことに始まっているのです。
三方よしとは、商売において売り手と買い手が満足するのはもちろん、地域社会にも貢献してこそ良い商売になるという考え方です。デジタル技術を活用して、お金だけでなくデータも地域に残し、利用者が便利になるだけでなく、地域企業やお店も元気になる。さらに企業から新たなデジタルサービスが生み出されることで地域も活性化し、それに関わる人の雇用も生まれる。そういう循環を目指してきました。
小田 まさに地域経済の自立性に関わる本質的な課題ですね。その中で「三方よし」という伝統的な考え方に着目されたわけですが、具体的にどのような解決策を描かれたのでしょうか。
室井市長 代表的なものが、デジタル地域通貨「会津コイン」です。「会津財布」アプリを使って会津地域のさまざまな店舗で利用でき、普段の買い物を会津コインで支払うことで、地域貢献ができたり、独自サービスを受けられたりします。
プレミアム商品券を紙ではなくデジタルで販売する「プレミアムポイント」では、5億円程度のプレミアムポイントを販売しました。消化率も高く、紙が出ないので非常に作業が効率的という点で、商工会議所からも一定の評価を頂いています。
小田 コロナ禍で多くの自治体がプレミアム商品券を発行しましたが、ほとんどが紙幣型です。デジタル化によってどのような可能性が広がったのでしょうか。
室井市長 最も重要なのは、データが残ることです。どのお店でどれくらいの消費が行われているか、そのデータを簡単に把握することができます。これを匿名化した上で活用することにより、地域経済の実態把握や政策立案に生かすことができます。このように、大手のプラットフォームビジネスに依存しない、独自の地域経済の仕組みを構築していきたいと考えています。
小田 データに基づく政策立案という新しい可能性が開けたということですね。その効果を実感されたであろう市民の反応はいかがでしたか。
室井市長 市の人口約11万人のうち、1万人を超えるユーザーに登録いただいています。市内の多くの店舗では「会津コイン使えます」ののぼりが立ち並び、市民の日常生活に少しずつ浸透してきました。
飲食店から小売店まで、幅広い業種で利用可能なため、消費者の選択肢も広がっています。私自身も日々の買い物で利用していますが、非常に使いやすい仕組みだと実感しています。
また、定期的なキャンペーンの実施により、新規ユーザーの獲得と既存ユーザーの利用促進の両面で効果を挙げています。
「見えないもの」の可視化への挑戦
小田 会津コインの成功は、デジタル化の効果を市民に実感していただいた好例だと思います。しかし、スマートシティ全体の取り組みについて、市民の理解を得ることは難しかったのではないでしょうか。
室井市長 最大の課題は、コンピュータやデジタル技術が目に見えないものだということでした。道路や公共施設の建設であれば、進捗状況が目で見て分かりますが、スマートシティの場合は、その効果や価値を実感していただくまでに時間がかかります。そのため、最初はなかなかご理解いただけませんでした。
スマートシティを実現していくには、大きく分けて二つの方式があります。一つは「グリーンフィールド型」で、更地に最新技術を組み込んだまちを一からつくり上げていく方式です。
もう一つは「ブラウンフィールド型」で、既存の市街地にICTを段階的に導入していく方式で、会津若松市は後者のアプローチを選択しました。
我々もスマートシティという言葉は比較的早い段階から発信してきましたが、見えないものを理解していただくのは非常に難しかったですね。
小田 既存のまちにデジタル技術を組み込んでいく中で、市民の理解を深めるために、具体的にどのようなアプローチを取られたのでしょうか。
室井市長 分野ごとに施策を展開していく中で、市民の皆さんの理解は徐々に深まっていきました。その一例が、生産者と実需者をつなぐデジタルプラットフォーム「ジモノミッケ!」です。これは国のデジタル田園都市国家構想交付金事業としても採択された取り組みで、農家の方々がスマートフォンで農産物の情報を発信し、ホテルや飲食店などが直接商談できる仕組みを構築しました。
小田 農業分野でのデジタル化は、非常に分かりやすい成功例ですね。具体的にどのような効果が生まれているのでしょうか。
室井市長 この取り組みの特長は、規格外品の流通促進にもつながっている点です。農産物は必ずしも見栄えの良いものだけが価値を持つわけではありません。例えば、大きさにばらつきがあるものや、形が多少崩れているものでも、調理用として十分に活用できます。こうした商品も適切な価格でマッチングできる仕組みを整えることで、生産者の収益向上と実需者のコスト削減の両立が実現できました。
小田 生産者と実需者、双方にメリットのある仕組みが実現できたわけですね。他の分野でも同様の成果が出ている事例はありますか。
室井市長 ヘルスケアの分野では、オンラインによる健康管理の仕組みを導入しました。血圧データを定期的にシステムに入力すると、医療の専門家からコメントやアドバイスがもらえる仕組みです。私自身も利用していましたが、データが見られているという意識と、数値として可視化されることで、生活習慣の改善につながりました。具体的には、飲酒を控える、十分な睡眠を取るなど、自発的な行動変容が起きています。
小田 農業にせよヘルスケアにせよ、データの可視化が行動変容のきっかけになっているように思います。こうした「見える化」の効果をどのように評価されていますか。
室井市長 デジタル技術を活用して数値化し、見える化することは、どの分野でも大きな効果を実感しています。環境、ヘルスケア、農業など、さまざまな分野で実証事業を行ってきましたが、データを可視化することで、市民の皆さんの意識や行動に変化が生まれました。
ただし、実証実験レベルの事業は、どうしても参加者が限られ、市民全体への浸透という点では課題がありました。その中で会津コインは、多くの市民の皆さんに実際に使っていただき、デジタル化の利便性を実感してもらえる取り組みとなっています。
このように、理論や実験にとどまらず、実際の生活の中で効果を実感できる施策を展開していくことが重要だと考えています。
小田 会津若松市の「三方よし」の理念に基づくスマートシティの取り組みと、非常時から生まれた改革への意志について、深く理解することができました。
デジタル地域通貨「会津コイン」の展開や、農業のデジタルプラットフォーム「ジモノミッケ!」など、「見えないもの」を市民の暮らしに寄り添う形で具現化してきた過程が印象的です。
一方で、持続可能な運営に向けた課題にも率直に向き合う室井市長の誠実なリーダーシップが随所に感じられました。
次回のインタビューでは、会津大やスマートシティAiCTを核とした産学官連携のほか、「共助」の理念で築く会津モデルの未来について、室井市長の哲学と展望をより深く伺ってまいります。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年12月9日号
【プロフィール】
室井 照平(むろい・しょうへい)
1955年生まれ、会津若松市出身。東北大経済学部経営学科卒。
99年から会津若松市議会議員2期、2006年から県議会議員1期を務める。
11年8月に会津若松市長に就任し、現在は4期目。