北名古屋市議会議員
Code for Nagoya 名誉代表
桂川将典
コマ大戦が繋ぐ行政と中小製造業の地域活性化
2020/5/11 「たかがコマ、されどコマ」、交流づくりが変化の鍵に
2020/5/13 コマ大戦のキーパーソンへのインタビュー
2020/5/15 「きっかけづくり」を支援し、地域にシビックプライドの醸成を図ること
コマ大戦のキーパーソンへのインタビュー
コマ大戦をやっていること自体が楽しかった
参加企業であり、イベントを牽引してきた濱垣一郎氏(師勝化成株式会社社長、NPO法人全日本製造業コマ大戦協会理事長)にインタビューを行いました。
─住民参加のイベントをやるようになったきっかけは?
濱垣氏 第1回全国大会に出場したクリタテクノの黒田さんがテレビに映っていた。その時にはすごいなぁと思っていただけだった。東海エリア予選をやろうとしたときに、会場やお金のことで北名古屋市の市民協働推進事業の補助金制度が使えるかもしれない、とヒントをもらった。最初はお金を貰うだけのつもりだったけど、補助金審査のときに審査員の大学教授から「市民や市のために何ができるの?」という指摘を受けたことで考えを変えなければと思った。このことは今でもはっきりと覚えている。
─行政の協力もあって北名古屋市に「コマのまち きたなごや」をキャッチコピーとしたコマ大戦連携事業実行委員会を立ち上げましたね。市内各所で子どもからお年寄りまで参加できるイベントを開催していますが、最初はどんな感じでしたか。
濱垣氏 児童館、少年少女発明クラブ、老人ホームなどでの普及活動も、最初は補助金を貰うからしょうがないかな、と思って仕方なく行ったんだけれど、やってみたら、皆にめちゃくちゃ喜ばれた。だんだん自分の喜びになって、何となく誇りに感じるようになってきた。イベントをやるときの、お金というだけの行政との関わりからは、まったく違う意識になった。市役所と関わることになって、市の役に立ってるんだ、ということにだんだんと目覚め始めてきた。
─実際のところ企業としての利益にも繋がっていますか。
濱垣氏 僕はこの地で生まれ育って、今でも北名古屋市に住んで、商売も北名古屋市でやらせてもらっている。こんな人ってめったにいない。コマ大戦に関わり始めてから、これってすごいことだな、と思うようになった。うちの会社のことを地域の人が知ってくれていることがすごく嬉しい。コマは会社の利益には多分なっていない。ハッキリ言ってライフワーク。自己満足だ。でもそれが自分の人生を豊かにしている。
濱垣理事長のこの言葉には、シビックプライドがありありと浮かんでいます。
市の魅力発信につなげよう
このように、北名古屋市のコマ大戦は活動の間口を広げ、住民参加を進めてきました。イベント当初から行政側の立場で関わった企業対策課の桑原邦匡課長(当時)にもお話を聞きました。
─コマ大戦との出会いはいつでしたか。
桑原氏 コマ大戦を初めて見させていただいたのは、商工会のお祭りの一角で開催した地方大会だった。イベントはエンターテインメント性も高くて、市役所企画のイベントとはまったく違った。参加企業の方々の一体感もあった。そんなコマ大戦に魅力を感じた。コマ大戦の趣旨を聞くと、中小企業のBtoBの活性化という一面も持っていることなど大いに驚かされた(※1)。これをきっかけに、北名古屋市の魅力を感じてもらえる取り組みにできるのではないか、ということを考えるようになった。
─活動している民間の方への印象は。
桑原氏 黒田さん・濱垣さんは活動に関わるようになってから、良く回るコマのようにずっとブレない。市民を巻き込んで、コマというものを通じて何かお手伝いしたいんだ、という思いを持ってくれている。高齢者にも楽しんでもらおうと、シルバーコマ大戦をすぐに企画してくれた。認知症のおばあちゃんがコマで真剣に勝負してガッツポーズしている姿を見て、施設の職員もこんな姿は見たことがない、と驚いていたのが印象的だった。市長があるとき「たかがコマ、されどコマ」と言ったが、その通りだと思った。
─民間主導の企画で、市役所の役割は。
桑原氏 彼らは自立できていて、児童館や(北名古屋市による)回想法事業などに「巻き込ませて」いただいた。おいでよ、おいでよ、というのが市役所の役割だった。市民協働の取り組みにしてくれたことで、あちこちに声が掛けられた。担当者として支援を続けることもしやすくなった。
─北名古屋市は市制10周年イベントとしてギネス記録にも挑戦しましたね。
桑原氏 「コマのまち」として彼らをステージに上げてもらえば、北名古屋市の知名度が上がるかもしれない。子どもたちにも精密な技術がコマを作っていることを知ってほしかった。そのときに北名古屋市市制10周年とギネス記録に挑戦、というのがうまく噛み合った。ギネス挑戦のときは977人が集まり、891人が成功した。達成した瞬間、私はうれしくて抱き合って男泣きしてしまった。
─まちづくりや地域活性化の視点で、コマ大戦を事業に活かしたことは。
桑原氏 私はこのとき、真ん中にコマ大戦、その周りに児童館や回想法センターなどがトルネードのように取り巻く、そんなイメージを最初に描いていた。企業対策課で企画、実施した、商工会のビジネスマッチング事業もうまく繋がった。元はといえば、ビジネスマッチングのヒントはコマ大戦のイベントから頂いていた。僕たちなりにコマ大戦からずいぶん吸収させていただいて、他の事業に活かすことができた。
ないない尽くしの本市で、来訪者への「北名古屋市みやげ」を作ることになりました。市長から製造業で「何か考えてほしい」とリクエストがあり、町工場が結集し「長寿コマ」が完成しました。
金色と銀色の夫婦茶碗ならぬ長寿コマは、何度も試作を繰り返して製造し、完成後、本尊が国の重要文化財に指定されている高田寺で、市勢繁栄、市民の安全・安心、商売繁盛などの願いを込めて市長と住職が祈祷式を行ってくださいました。
回したコマとコマがミニ土俵でぶつかると、何とも癒やされる御鈴のような音色が響き続けるのです。また、ふるさと納税(の返礼)品としても「長寿コマ」は人気を博しました。
コマ大戦は、「人材のさまざまな違いを尊重して受け入れ、積極的に活かすことで、組織としても成長し、高い競争力を得ることができる」という点で、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)そのものでした。
※1=「元気が無い製造業を元気にしたい」という理念から、コマ大戦はスタートした。自社製品を持たず、下請けとして日本を支えてきた製造業者。技術と設備があっても、自社製品を作る機会がなかった。コマという遊びの要素を取り入れ、自社の看板を背負った本気のコマを作ることがモチベーションの向上に繋がり、その成果がコマ大戦を通じて目に留まる。製造業同士の輪が広がっていけば、日本の製造業は必ず活気を取り戻す。その思いは中小企業庁で講演する機会にも繋がった。2013年度メセナアワード、同年度地域づくり総務大臣表彰を受賞した。
(第3回に続く)
プロフィール
桂川将典(かつらがわ・まさのり)
北名古屋市議会議員・Code for Nagoya 名誉代表
立命館大学卒業後にシステムエンジニアとして民間企業で情報セキュリティの改善業務に従事。その頃に知り合った最年少京都市会議員の働きぶりをボランティアとして間近に見て「自ら行動しなければ社会は変わらない」と思い至り、平成の大合併を機に帰郷し立候補。27歳で初当選し現在4期目。行財政改革、IT活用、英語教育分野に注力。