埼玉県和光市長 松本武洋
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
2021/02/16 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(1)
2021/02/19 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(2)
2021/02/23 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(3)
2021/02/26 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(4)
人口約8万3000人。東京23区に隣接し、本田技研工業や理化学研究所を土台に研究開発都市としてスタートし、発展してきた埼玉県和光市。都心と結ぶ交通網が整いつつも、緑豊かな自然に触れられる場所も多く、ベッドタウンとしての表情も併せ持つ。そんな市の「魅力とリアルタイム」を、2009年の就任当初から活発に情報発信し続けているのが松本武洋市長である。インタビュー(1)と(2)では、ツイッター等を使ったアクティブな情報発信の裏側に、どんな想いが秘められているのか。松本市長が理想とする「市民との情報共有」のイメージを、これまでの事例を振り返りながら聞いた。
都市部独特の「情報の届きにくさ」を打破する
伊藤 きょうはまず、松本市長の活発な情報発信活動のことから伺います。
市長は2003年、市議会議員に初当選されて以来、ツイッター等で情報発信を熱心に行っている印象があります。その裏側にはどんな想いがあるのでしょうか?
松本市長 私が感じるのは、行政の発信に対する市民の注目度が都市部と地方部でずいぶん違うということです。地方部に行くと、その土地のテレビ局や地方紙の報道で自治体の動きはすごく見えます。例えば、以前奄美大島に講演に行った際には、奄美専用のメディアが日々の行政の発信や市長さんの発言をつぶさに伝えていました。もちろん講演の様子も報道されました。
一方で、都市部だと行政の動きはほぼ報道に載りません。和光市は日本経済新聞の読者が高い割合を占めていますが、市の記事が掲載されるのは年に数回ほどです。テレビにもほとんど出てこない。そうすると、市民が市政について情報を得る機会が少ないですよね。それは私がサラリーマンの時からずっと感じていました。ですので、議員になった時から「いかに市政の動きをお伝えして、関心を持ってもらうか?」を意識し続けています。都市部における、独特の情報の届きにくさをカバーするための発信です。
伊藤 「発信力を上げる」という観点では、どんな意識をされていますか?
松本市長 「街の広報本部長になる」ことです。街のことをぐいぐい伝えていく立場の最たるものが市長だと思っています。行政職員の立場の対外的な広報は、いろいろ制約があります。役所の中で唯一、市長が総合的な立場で物事を判断しますから、情報発信の役目をしっかり担うべきだと思います。
実は市長になる前にすごく印象に残っている方がいます。賛否両論ある方ですが、前横浜市長の中田宏氏です。中田前市長は、ある意味タブーのない形で発信されていました。一番衝撃を受けたのが、私が横浜中華街を訪れた際に、お店の看板やメニューに「このお店のおススメの料理は〇〇です」と写真付きで(中田前)市長が掲載されていたことです。それもあちらこちらのお店で。これを見たときに、「こんな発信を市長がしていいんだ!」と驚きました。乱暴と言えば乱暴ですが、そういう片っ端から街のことを発信する様子には刺激を受けましたね。
私も今、同じような発信をしています。不公平感をなくしたいので「市の全部の店に行っちゃえばいいんだ」と、片っ端から行っては発信しています。まだ全部は回り切れていないんですけどね。
情報拡散と「炎上」との付き合い方
伊藤 松本市長は、特にツイッターを自然に使われているように感じます。ただツイッターは黎明期に比べると「炎上」など、運用が難しい側面がありますよね。そのあたり、どういったお考えをお持ちですか?
松本市長 市の公式アカウントが炎上するのは良くないと思っています。ですので、和光市自体のツイッターは手堅く運用しています。市長個人のアカウントが炎上するのは、実は市政にそこまでダメージはありません。だから「炎上したらしたで、いいんじゃないの?」という達観みたいなものはできています。
正直なところ、(ツイッター1投稿当たりの文字数上限)140文字ではなかなか伝え切れません。全部の文脈をたどって見てくれる人もそうそういません。特に炎上した瞬間は誰一人文脈を見ていないので、そういうものだと割り切ってツイッターとは付き合っています。その時なりの発信をしながら、上手く乗り切るという感じです。
ただ、やはり炎上するとそれなりに心にダメージを受けるので、ミュート機能などを使って一時的にコメントを読まないようにすることもあります。上手くハートを損傷しないような距離感を保っている感じです。
伊藤 ということは、過去に炎上のご経験があるのですか?
松本市長 しょっちゅうですよ。実は今も炎上しています。今、コロナ禍でなるべく「密」になるのを避けましょうといわれている中で、32人が宴会をしたという事例が和光市内でありまして。それについてちょっと批判的なことをブログに書いたら、「〝自粛〟なのに強制する権利はない!」と噛みつかれました。とある特定の業種の方から総攻撃を受けている感じで、ブログのアクセスが普段の20倍になっています。
一つ言えるのは、炎上はなるべくしない方がいいですね。ただ、それを重視し過ぎると今度は閲覧数が伸びないので、情報がなかなか広まらなかったりします。
伊藤 それは私も感じています。炎上しようと思って発信しているわけではないですが、炎上しないことを意識し過ぎると、今度は発信が丸くなりますよね。
松本市長 行政の長という立場上、下品になり過ぎないことを唯一の自己規制にしています。過剰で感情的な表現をしないことと、「あくまでも街のためである」ということを踏まえれば、炎上したとしてもそこまでひどい目には遭わないです。
「情報の受け手」に合わせたプラットフォーム選び
伊藤 ブログとツイッターを頻繁に更新されているイメージですが、他にも情報発信の媒体はあるのですか?
松本市長 今、アクティブに使っているのが、アメブロとインスタグラム、ツイッターとフェイスブックですね(ミクシィは5年前に更新をやめました)。それぞれユーザー層も響く内容も全然違います。フェイスブックはそこまでオープンではないので、炎上しにくく安全ですよ。ツイッターは「バズり(拡散力)」があり、今まで行政の発信が届かなかった層にも届きます。こんなふうに、それぞれの媒体の特徴を踏まえながら使い分けていますね。
これは私が雑誌の編集をしている時代に先輩からよく言われたことですが、媒体は必ず読者と一緒に年を取ります。ですから、新しい世代にも情報を広めるなら、新しい媒体を見つけて取り入れていかないといけませんよね。
多分これは、政治家もモノを売る方でも一緒です。常に時代とターゲット層に合わせて、新しいプラットフォームで発信するのが使命だと思っています。
(第2回につづく)
◆あゆみ篇
「和光のはじまり~現在、未来へ」
和光のこれまでのあゆみを紹介するとともに、未来に向けたメッセージを届けます。
【プロフィール】
松本武洋(まつもと・たけひろ)
埼玉県和光市長
兵庫県明石市生まれ。早稲田大学法学部卒。放送大学大学院修士課程修了。東洋経済新報社出版局編集部等を経て2003年和光市議に初当選。2007年再選。2009年5月和光市長に初当選。現在3期目。著書「自治体連続破綻の時代」(洋泉社)、共著書「3つのルールでわかる『使える会計』」(洋泉社)、その他分担執筆書「市民協働における公共の拠点づくり」(第80回全国都市問題会議パネルディスカッション・全国市長会)他。
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。