「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(4)~

北海道帯広市長・米沢則寿
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子

 

2025/02/26 地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(1)~

2025/02/27 地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(2)~

2025/03/04 「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(3)~

2025/03/06 「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(4)~

 

継続性・公平性を考慮した人事

小田 組織づくりについても伺いたいと思います。右腕となる人材や外部人材の活用など、人事面で工夫されていることはありますか?

米沢市長 私は民間企業の経営者から市長になりましたから、就任時は帯広市の職員にとっては「パラシュートで突然現れた宇宙人のような存在」でした。

前職で関わりが深かった企業グループのトップからは「グループ内のシンクタンクの社員を数名帯同しては」と勧められましたが、これは断りました。私一人でさえ外部からの人間なのに、外部人材のチームをつくって「よそ者」の存在感を放ってはいけないと判断しました。

一方で、帯広市の行政について何も知らないという「畏れ」がありました。だからまずは、自分で市役所の組織に飛び込んでみて、自分の目でどう見えるか、肌でどう感じるかを確かめることが最優先だと思いました。

そこで、市の職員と真剣に話す機会を設けるようさまざまな努力をしました。

就任当時は「外部から来た私に何の権限があるのだろう」と相当悩み考えました。考え続けた結果、結局メッセージは人事権しかないことに気付きました。当時は行政組織の動かし方すらよく分かっていませんでしたから。

 

小田 今のお話は民間から首長に就任された方ならではの悩みかと思います。そうした考えの下、実際はどのような人事を行ったのでしょうか?

米沢市長 行政を知らない人間が、いきなり組織の再編成をすることは避けようと思いました。そこで看板政策のフードバレーとかち推進担当部門だけを新設しました。この新部門の人選には特に慎重を期しました。また、特別職人事も変化を感じてもらえるよう、意外性と納得感を意識して熟慮断行しました。

 

小田 就任後、組織を統率するために早期に大幅な人事異動を行う首長もいます。また右腕を自らの意見が通りやすい人材で固めるケースも多いですが、米沢市長は違ったお考えだったのですね。

米沢市長 行政は、継続性や公平性が非常に大切な組織です。組織内でキャリアを積んできた人たちが多くいるわけです。そこに外部の人材が突然現れ、自分の思い通りに大きく組織を変えてしまったら、何を基準にした異動なのかと疑念が湧くでしょう。

私は民間企業で人事も長く経験してきましたが、基本的には自分の目で見たこと感じたことしか信じません。職員の経歴のデータはPCで閲覧できる状態ではありますが一切考慮せず、直接会って話した結果、人事の判断をしています。

大きな異動は、その組織に長くいてできることだと思います。私のように外からパラシュートで降りて来た人間が最初に行うべきことではありません。少し臆病に見えるかもしれませんが、それが私の人事の考え方です。

 

「点」を打ち続ければ「線」になる

小田 米沢市長は米アップルの共同創業者、故スティーブ・ジョブズ氏の「Connecting the dots(点をつなげる)」という言葉にも影響を受けたとお聞きしました。点を打つ、つまり多くの事業にトライしてできた点が、予期せぬ形でつながって線や面になっていくという考え方かと思います。そこでお聞きしたいのですが、点はどのように打っているのですか?

米沢市長 最初は何がつながるか分からないので、適当に点を打っている感覚です。まずは点を打たないと事業のつながりが見えてこないですからね。

 

小田 まずは最初に数を打つのですね。

米沢市長 私の仕事はイニシアチブを取ることです。つまり、課題設定をして、職員が出してくれた案に対して最終決定をする役割です。決定に対しては当然責任を持ちますが、その後のオペレーションは職員に任せます。そうでなければ、点の数を増やすことができません。トップがいちいち各論に降りていったら行政組織は回りません。

 

小田 これまでの取り組みで打ってきた点のつながりについて、改めてお話しいただけますか。

米沢市長 市長に就任して最初に考えたことは、「ビジョン(課題設定)の大きさ」です。これは民間の時代に先輩に教えていただいた「トップは大きなビジョンを出せばいい。ビジョンが小さいとダメだ。なぜなら、小さいビジョンを出してしまうと、異論がすぐに出るからだ。大きなビジョンであれば、小さな異論は吹っ飛ぶ」という言葉の影響を受けています。

そこで「グランドチャレンジ(グローバルな四つの課題である気候変動・水資源の枯渇・食料の安全保障・エネルギーの供給)に対するソリューションを十勝から出す」をビジョンとして掲げ、農業地域ならではの取り組みに落とし込む「フードバレーとかち」構想につなげました。

国際戦略総合特区の制度も利用し、食・農業という「点」に、輸出の「点」も加えました。後にバイオマス産業都市の制度で、環境・エネルギーという「点」も打ちました。加えて、アウトドア観光の視点で自然・歴史・文化の「点」を打ち、野村総研と共に推進するイノベーションプログラムでは人づくりの「点」を打ちました。こんなことを10年以上かけて少しずつやってきたわけです。

そうしたところ、国連がSDGs(持続可能な開発目標)17項目を発表し、グランドチャレンジの課題の緊急度が世界的な高まりを見せ、食料の安全保障につながる「フードバレーとかち」が注目されるようになりました。また最近では「ガストロノミックシティ(世界に通用する美食都市)」として帯広市が選出され、食を中心としたまちづくりやツーリズムにも着目されるようになってきました。過去に打った「点」が「線」になり始めています。

 

小田 お話を伺っていると、まさに戦略的な点と点の結び付きが見えてきますね。

米沢市長 先に点を打っておくと、世の中の潮流に合わせて勝手に新たな点ができたり、つながりが生まれたりします。例えば、帯広市には高速道路がかつて1本しか通っていませんでしたが、物流や観光の側面から高速道路が増え、国立公園にも指定されました。

十勝地域は三つの国立公園に車で2時間以内に行ける唯一の場所となり、帯広空港がその重要な拠点を担うことになります。こうして環境がどんどん変わってきました。

職員も含め、この環境変化にはびっくりしていると思います。打った点が、どんどん線になっていくのではないかと。

 

小田 これもひとえに、米沢市長が経営視点を持って点を打ち続けたからではないでしょうか。

米沢市長 ベンチャーキャピタルに在籍した時代に、よく「千三」と言っていました。成功する事業は1000のうち3つだから、少なくとも1000ぐらいはチャレンジしないといけないと。1000は結構な数です。

我々が10年以上取り組んできて打ってきた点は3桁に近い数です。しかし、飽くことなく点を打ち続けていると、時代が勝手に線を引いてくれるのだなと最近感じています。10年という時間軸はベンチャー投資であればとっくに採算割れで失敗ですが、自治体運営ではリーズナブルな時間なのだと思います。

一時的にはうまくいくように見えても、点の数が少なければどこかで綻びが出ます。これからも点を打ち続けることを意識していきたいと思います。

 

【編集後記】

就任から10年以上が経過し、米沢市長が打ってきた「点」は、時代の追い風とも相まって確かな「線」となりつながり始めています。気候変動や食料安全保障など、かつて掲げたグランドチャレンジの重要性は年々増しており、SDGsの台頭やインフラ整備とも響き合います。

企業経営者としての経験と、地方自治体の長としての実践を重ねてきた米沢市長の手法は、単なる成功事例を超えて、地方創生のための普遍的な知恵を提示しているように思います。「大きなビジョン」と「緩やかな連携」、そして何より、相手を理解しようとする姿勢。これらは人口減少時代の地方自治において、重要な示唆となるでしょう。

 

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年1月27日

 


【プロフィール】

米沢 則寿(よねざわ・のりひさ)

1956年生まれ。帯広市出身。北海道大法学部卒。石川島播磨重工株式会社(現株式会社IHI)、株式会社ジャフコ取締役、ジャフココンサルティング株式会社取締役社長等の経験を経て2010年に帯広市長就任。現在4期目。(写真提供:株式会社スマヒロ)

スポンサーエリア
おすすめの記事