将来にわたって持続可能な市政運営を行う上で欠かせないのが、「健全な財政運営」と「内部統制※(1)の推進」である。財政破たんした自治体は、このいずれかまたは両方に課題を抱えることが多い。まさに、自治体の将来を左右するといっても過言ではない、非常に重要な要素である。
しかし、この「健全な財政運営」と「内部統制の推進」という二つの要素は、市民の生活実感からかけ離れたテーマであるがゆえに、議員が注力しても多くの市民からこのテーマに取り組んだことを理由に支持を受けることは滅多にない。
川崎市議会の岩隈千尋議員は、この「自治体の内部統制」を政策テーマのひとつに掲げる数少ない議員の一人だ。
地味で市民受けしないとされる政策に何故そこまで心血を注ぐのか。岩隈議員に、その理由について聞いた。
(聞き手:PublicLab編集長・小田理恵子)
岩隈議員の議会での質問を聞いていると、行政の不祥事や瑕疵を鋭く指摘するものが多く「良く見つけたなー」と感心させられる事がなんどもありました。あれって砂金堀みたいなもので、どれだけ時間をかけてやっても課題を見つけられずに終わることもあると思うのですが、探り当てるコツはあるのでしょうか。
僕が議会で指摘している不適切だと思われる案件は氷山の一角です。嗅覚というかたまたま調べていった結果、見つけることが多いです。議員生活4期の経験で、あたりがつくようになってきましたね。
でもさすがに全部はチェックしきれません。一つの局の中でも数百の事務事業がありますから、その中で10件くらいですね。
それにしても調査に膨大な時間がかかる訳じゃないですか。そのモチベーションってどこから来ているのですか?
議員になりたての頃は議員提出議案など手掛けるのが好きでした。小田さんも川崎市議会で一緒に議員でいたころに児童虐待防止の条例もやりましたよね。でも2期目の時にそもそも議員は行政から与えられている情報が少ないうえに、議員の本分である予算・決算のチェックに取り組めていないなと気づいたんですよ。
そうこうしているうちに、2期目になって行政職員から入ってくる情報が圧倒的に増えたんです。
議員にとって1期目って職員に値踏みされる期間でもあると思っていて、徐々に職員からの信頼を積み重ねて2期目になると行政から入ってくる情報が急激に増えますよね。
1期生のころに、ある案件に手を出して、つぶさに調べてみた結果、「これは反対せにゃいかん」という確信に至り、会派拘束をはずれて一人で反対する羽目になったんです。先輩たちにこっぴどく怒られましたが(笑)
功罪ありますが、「岩隈は長いものに巻かれるタイプじゃない」ということが、職員に受け入れられたのかなと感じています。筋を通して、正してくれる議員だと思われたのかもしれません。
そのおかげか、2期目よりも3期目と期数を重ねるごとに市職員からの情報提供は増えてきています。すべてはパイプです。ただ職員は立場上全ては言えません。情報の出元が判ってしまうと自分の立場が危うくなるので、ほのめかす程度で止めるしかないわけです。だから自分で調べますし、職員もそれを期待してくれている。それでも、冒頭小田さんがおっしゃった砂金堀のように、できるかぎり調べてみて何も見つからないこともあります。そうやって議会が行政をチェックすることも議員の本分であると思うのです。昔からPDCAのC(Check)とA(Action)ばかりやっていきて、そういう癖がついているのだと思います。独りであらゆる問題に取り組める訳ではありませんから、議員活動においても選択と集中は大事です。
岩隈さんと言えば、以前議会で行政の「節」※(2)の不適切な流用について取り上げましたよね。
議会で、市が「節」の流用が常態化していることを指摘したうえで、3億円の目的外流用を見つけたじゃないですか。あれ良く見つけましたよね。確か予算決算書の全部の節を調べたんですよね。A3の紙にびっしり数字が並んだ分厚い資料を見せてもらったことがあります。
議会で議決案件となるのは、款と項だけです。調べていくうちに、不適切な費用支出をしているのは、議決案件に含まれない「節」の部分ということが判ってきたんです。税金ですからね。使ったことに対する説明責任と情報公開は必須です。
ですので、節のデータを予算と決算の比較や経年の変化から点ではなく線で見ていきました。
過去10年間をさかのぼってみたら、殆ど予算を執行しておらず、その予算を原資にいろんな事業に付け替えを行っていることが判明したんです。つまり、行政にとって都合の良い流用財源としてお財布になっていたんですよ。
3月中旬に議会で決算案を議決して、直後の4月1日には指定管理料が変わって、別の事業に流用していた酷いケースもありました。議会の議決が形骸化してしまっていますよね。そういったものを、ひとつずつ潰していきました。
岩隈さんが指摘した、見かけと実際の予算執行が異なる事例が沢山起きていたということですよね。その後、会派で議会ごとに節のチェックされてましたよね。そのおかげで川崎市は節の不適切な流用ができなくなっちゃった。
節は小事業単位なので、ここをチェックしている議会は少ないです。それでも取り組んでいくうちに最近ではひどい流用が無くなりました。
市の内部統制というかガバナンスを、議会側から改善した好事例だと思います。
地味だけど、正すべき部分にメスを入れるまさに議員の本分ですよね。しかし、これらは有権者に伝わりにくい分野だというところが辛い部分ですね。
確かに、選挙で有権者のみなさんに伝えようと思っても、なかなか伝わりにくいテーマですよ。「行政改革に取り組んで結果を出しましたよ」という程度で、事細かにアピールできないですね。
「内部統制」は市民受けしないテーマですよね。調査に膨大な時間と労力をかけて、一方で行政からは嫌われる。議員として良いことがない。それでも情熱を注ぎ続けられるのは何故ですか?
まあそうなんですけどね、だれかがやらないといかんでしょ。
地道に地元住民や自分をサポートしてくれている支援者の方々には伝えています。伝わるかどうかはともかく、こちらからの発信を止めたらおしまいだと思っています。議員として取り組んでいる課題に関する情報を発信し続けることで、中には、ちゃんとやってくれていると僕の議員活動を評価してくださる人もいるので、そこが救い。
確かに、市民に伝わりにくいテーマですが、税金が正しく使われるように、絶えずチェック機能を果たし続ける事が議員の本分だと信じているからこそ、取り組めているのだと思います。これからもその役割を続けていきたいと考えています。
岩隈千尋(いわくま・ちひろ)
川崎市議会議員
北九州市出身。20歳で海外修行に出る。 英国での学生時代より、ボスニア・ヘェルツェゴビナ等、国際紛争地域でフィールドワーク(実地研究)やボランティアを行う。
2000年英国国立ウェールズ大学 国際政治戦略学科 卒業
2001年英国国立ロンドン大学大学院 国際政治経済学科 研究生
海外から日本を客観的にみて「教育」や「社会」に危機感を覚え政治の道を決意する。
2007年に川崎市議会議員に初当選し、現在4期目。
※(1)自治体の内部統制とは何か?総務省「地方公共団体における内部統制制度の導入・実施ガイドライン」によると「住民の福祉の増進を図ることを基本とする組織目的が達成されるよう、行政サービスの提供等の事務を執行する主体である長自らが、組織目的の達成を阻害する事務上の要因をリスクとして 識別及び評価し対応策を講じることで、事務の適正な執行を確保することであると考えられる」 とされる。
かいつまんで言うと、自治体はルールに基づいて適正かつ適法に業務を遂行しましょう。ということ。
※(2)款項目節(かんこうもくせつ)は、行政の会計を分類するときに使う名称。「款」は一番大きな分類で「項」「目」「節」と続きます。