埼玉県和光市長 松本武洋
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴
2021/02/16 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(1)
2021/02/19 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(2)
2021/02/23 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(3)
2021/02/26 埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(4)
本インタビュー(1)と(2)では、就任当初からメディアミックスで情報発信を続けてきた理由と、市民にとって最も難解な財政の話を伝えるプロセスについて聞いた。(3)と(4)では、市の子育て支援を担当する課の名前にフィンランド語を採用した背景や、和光市をはじめ今後の自治体運営の展望についてインタビューした内容をお届けする。
交付団体と不交付団体の境界線
伊藤 前回のインタビューで、(地方交付税の)交付団体と不交付団体の違いを、コロナの経済対策(国からの交付金)という観点も踏まえて市民にどう伝えるか? という話が出ました。松本市長が市議に当選された2003年からは約20年が経とうとしていますが、どの時代を切り取っても、テーマは異なれど財政の難しさは変わりませんね。
松本市長 国と地方がその時々で綱引きをやっています。基本的に、それぞれの発想は地方が「分捕り」で、国は「一方的に締める」ですよね。そのせめぎ合いです。
背景にあるのは、地方自治体のほとんどが交付団体ということです。こういう状態が続く以上、今までと同じせめぎ合いがずっと続くのかなと感じてはいます。私はここ2年くらい、全国市長会(全国の市長や特別区の区長で組織された協議会。地方自治の興隆を目的に、国に対して提言等を行っている)の役目を頂いていますが、やはり話の主題は「交付団体がいかに地方交付税や補助金を交付してもらうか?」です。
一方で、不交付団体は出入りがありますから、団結は難しいと思います。和光市も3年くらい交付団体となりましたが、そうすると他の不交付団体と縁が切れます。ですので、不交付団体同士で一致団結していこうという動きには、なかなかならないですよね。
伊藤 境界線を挟んで、交付団体と不交付団体には状況の違いがかなりありますね。
松本市長 実はほとんどの不交付団体が、境界線上の塀の上を歩いているような状態なんですが。このままの仕組みだと、「塀の上より、下に落ちた方が楽だ」という状況は変わらない。ある種の逆転状態ですよね。これも変えていかないといけないと思います。
フィンランド語の「ネウボラ」をあえて課の名前に採用した理由
伊藤 次に和光市の子育て支援政策の「ネウボラ課(フィンランド発祥の出産・育児支援の仕組みを取り入れた課。ネウボラはフィンランド語で『相談の場』という意味)」について伺います。この言葉自体が聞き慣れない分、なかなか認知や理解が進まないと思ったのですが。あえて課の名前として、最初からこの言葉を採用したのは何か理由があるのですか?
松本市長 実は、私も悩みました。役所の中でも「フィンランド語のネウボラという言葉を市民は分からないだろう」という意見はすごくありまして。では日本語訳はといいますと、「切れ目のない子育て支援」という意味です。それはそれで、新しいけど新しくない感じがしました。あまりピンとはこないですよね。
ならばもう逆手に取って、わけの分からない感じが新しさや仕組み全体のイメージを表せるのではないかということで、最終的に「ネウボラ」をそのまま使うところに落ち着きました。
伊藤 聞き慣れない言葉を使うと、市民の理解が進まないということにはならないのでしょうか。
松本市長 ネウボラに関しては、最初の母子手帳を渡すところから始まります。母子手帳を市民課ではなく、子育て支援ケアマネジャーが妊婦さんに渡してヒアリングをします。そして、各ご家庭の課題を抽出しながら、少なくとも学齢期の前半ぐらいまでは継続的に支援するという形です。
このように、そもそも関係がある人全員に会って面接する仕組みです。面接の際に、ネウボラの資料を渡してしっかり説明しますから、関係のある方に理解していただければいいのです。
反対に関係の薄い方は「ネウボラって何だ?」と思うのではないでしょうか。例えば、和光市のご年配の方にとっては「ネウボラって市でやっている、子どもの何かでしょ?」くらいの理解度だと思います。ですが、それでいいんですよ。
縦割り組織の中で運営に四苦八苦したことも
伊藤 今のお話のような「情報に対する割り切りの上手さ」が、松本市長の手腕だと感じています。ちなみに、ネウボラ課をつくったときは課を再編しているのですか?
松本市長 はい、しています。また、その後しばらくして福祉部門から子ども部門を独立させました。福祉の予算は市の予算の半分くらいを占めています。さすがに1人の部長では全て見切れないということで、子ども部門をつくって、その中にネウボラ課をつくりました。
伊藤 行政という組織上、事務分掌の中でどこかの部、どこかの局に課がくっつきますよね。一方で、ネウボラの「切れ目のない子育て支援」という、領域がファジー(曖昧)な世界観があるわけじゃないですか。これを公務員のマインドセットで見たときに、混乱は起きなかったのですか?
松本市長 これに関しては、今でも結構苦戦しています。和光市では高齢部門と障がい部門が一体になっていて、そこで支援困難事例を扱う地域包括ケア課というものがあります。そこの仕事とネウボラ課の仕事が割と似ていまして。やはり業務の押し付け合いがありました。二つの課の間に当たるようなものをどうするか? については、非常に苦労しましたね。ですので最初から綺麗に運営できたわけではないです。だんだん事務分掌を変えつつ、やっている感じです。
(第4回につづく)
◆あゆみ篇
「和光のはじまり~現在、未来へ」
和光のこれまでのあゆみを紹介するとともに、未来に向けたメッセージを届けます。
【プロフィール】
松本武洋(まつもと・たけひろ)
埼玉県和光市長
兵庫県明石市生まれ。早稲田大学法学部卒。放送大学大学院修士課程修了。東洋経済新報社出版局編集部等を経て2003年和光市議に初当選。2007年再選。2009年5月和光市長に初当選。現在3期目。著書「自治体連続破綻の時代」(洋泉社)、共著書「3つのルールでわかる『使える会計』」(洋泉社)、その他分担執筆書「市民協働における公共の拠点づくり」(第80回全国都市問題会議パネルディスカッション・全国市長会)他。
伊藤大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。