
兵庫県宝塚市長 森臨太郞
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2026/10/14 「対話と決断」の自治体経営~森臨太郎・兵庫県宝塚市長インタビュー(1)~
2026/10/15「対話と決断」の自治体経営~森臨太郎・兵庫県宝塚市長インタビュー(2)~
2026/10/21 国際的な視点から見る、少子化・高齢化対策の本質~森臨太郎・兵庫県宝塚市長インタビュー(3)~
2026/10/22 国際的な視点から見る、少子化・高齢化対策の本質~森臨太郎・兵庫県宝塚市長インタビュー(4)~
「対話」と「決断」は別物

小田 今までのお話から、森市長の中には、政策を作る側と当事者が見ている景色は全く違うという前提があるのではないかと思うのですが、その実感はありますか?
森市長 医師と患者の関係に近い感覚があります。医師が「こうだろう」と患者の立場を慮って治療プランを作ってみても、実は合わないということはものすごく多いです。市民のニーズも同様で、さらに今は多様化もしています。
審議会や委員会といった場に慣れた市民の方は、こちらが言ってほしそうなことを先回りして言ってくださることもあります。一方で、そうした場を離れたところの対話では、「いやいや、そんなことは言わないんだけど」という声が出てくるのです。
難しいのは、市民の皆さんの政策に対する理解の粒度が一人ひとり大きく異なることです。私はこれを「解像度」と呼んでいます。だからこそ、頂いた声をそのまま政策にするのではなく、行政の側での一定の翻訳や解釈も必要になります。
小田 「解像度」とは、例えばどんなことでしょうか。
森市長 例えば、行政的には孤独死は問題になります。しかし実際に話を聞くと、「いや、私は一人で死にたいんだ」という方もいらっしゃるのです。こういった経験は国連時代にもしました。どんどん縮小する地域の中でも、「私はこの家で生きていく」という方がいるのが事実です。「インフラも縮んで、ごみ処理も水道も減っていきますよ」と伝えても、「それでいい」と。寂しいと思っているかどうかと、一人でいることは、違うんですよね。そういうことは、本当に話を聞かないと分かりません。
小田 住民のニーズが多様化する中で「決める」ということについて、どのようなお考えをお持ちですか。
森市長 今は国を見ても、どの自治体を見ても、「決める」ことがむしろ求められていると思います。話を聞くのはいいけれど、聞いていたら決まらない。早く決めてくれ、と。私自身は、どちらかというと早く決めるタイプだと思っています。
もともと医師として、人の言うことを聞かずに決めていた時代が長かった。その中で、話を聞かないと結局有効なことはできない、と分かってきた。だから私は「対話と決断」と言っているのですが、一定、飽和した段階で決めなければならないと考えます。
自治体で言えば、市民の正当な代表は市議会と市長だけです。いろんな方と対話をしても、委員会で意見を伺っても、そこには代表としての正統性は担保されていない。だからこそ、首長は自信を持って決めるべきだし、自信を持って決めて提案したものを、議会には真剣に議論してほしいと思っています。
小田 対話と決断は地続きでありながら、質的には別物ということですね。
森市長 対話に来られる市民の方々は、ほとんどが当事者です。このとき大切なのが、当事者という見方と、納税者という見方の両方を持つことです。当事者だけを見ていると、予算はいくらあっても足りません。納税者として見たときに、その使い方は賢いのかと問うことができます。当事者と納税者、両方の立場を持つのが本来的な市民です。その視点の切り替えは、私の中で特に気を付けているところです。
小田 ちなみに「納税者の声」は、どのように聞いていらっしゃるのですか。
森市長 納税者の声は、あまり聞けないと思っています。市民全員が納税者とは限りませんし、「興味はないけど、適当にやっておいてよ」という人も、「仕事が忙しくて、税金は納めているけれど意見を言う暇もない」という人もいます。だから結局、疑似的に私が納税者の気持ちに立って考え、決めるほかありません。選挙で負託を得ていますから、ある程度謙虚に耳を傾けつつも自信を持って決断するのが大切だと思っています。
中立の立場でデータと議会に向き合う
小田 その「疑似的に」というところは、森市長がよくお話しになる、データやエビデンスに基づく判断につながるのでしょうか。
森市長 そうですね。ただ、データには、都合のいいように見せられるという側面もあります。私自身がデータを扱ってきたので、よく分かります。もちろん、一定の客観性を担保するためにデータは使いますが、その使い方が偏らないよう気を付けています。そのデータが良心的に扱われているのか、上手に見せているだけなのか。そういう視点で判断しています。
小田 政治の分野は「EBPM(証拠に基づく政策立案)」と言いつつも、偏りのある情報で判断していることも多いと感じます。この偏りを正すにはどうしたらいいのでしょう。
森市長 正直、答えはないと思っています。大事なのは、「意思決定をするときに、手元にあるデータ以外に必要なデータは何か」と考えることです。それは入手しづらいか、そもそも存在しないデータであることも多いです。だからまずは、意思決定に必要な要素は何かという問い、これを研究の世界では「仮説」と呼びますが、それを頭の中で作る。その上で、「手元のデータは、全体の中のこの部分だ」と当てはめながら判断します。必要なのは思考であって、データそのものの役割はそれほど大きくないのではないかと思っています。
小田 その「思考」の部分にも偏りがあるのが人間なので、難しいところですよね。
森市長 おっしゃる通りです。正解のない世界ですし、「どう評価するのか」と問われたら心許ない部分もあります。データが読める人を傍に置くのは一つの手ですが、その人に上手に使われてしまうこともあるでしょう。データの危うさを認識できている人が傍につくことが、大事なのではないでしょうか。
小田 政策の判断をする上では、住民の代表である議会がそういったデータをどこまで見るかも重要です。ちなみに議会とは、どのような関係性でいらっしゃいますか。
森市長 どの党派とも等距離で、というのが私の方針です。賛成してくださる方も、反対される方もいらっしゃいます。市長選で応援してくださった議員さんもいらっしゃいますが、だからといって距離を縮めることはしていません。先ほどのデータの話と同様、できるだけ偏りを生まないように中立性を保っています。
【取材を終えて】
森市長は、市民や職員の声を徹底して聞いています。その上で、対話は決断そのものではないと線を引き、聞き尽くした上で、最後は自信を持って決めるという立場を取ります。
その決断を支えるのは、「当事者」と「納税者」という市民を見る二つの視点でした。対話に来る市民の多くは当事者であり、その声だけを追えば予算は足りなくなります。だからこそ、その場にいない納税者の視点を市長が疑似的に引き受けます。
議会との等距離や、データの扱い方にも、同じ「中立性」への意識が通っていました。中立性は単なるお題目ではなく、行政組織が住民から信頼を得るための条件でもあります。
後編(3)(4)では、「政策は文書・政治は言葉」という森市長の言語観、職員の言語力と人工知能(AI)、そして人口減少論へと話が進みます。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2026年9月7日号
【プロフィール】

森 臨太郎(もり・りんたろう)
1970年生まれ。岡山大医学部卒業、同大学 院医学研究科博士課程修了、ロンドン大学 で公衆衛生学・熱帯医学大学院修士課程を 修了。小児科医として国内外で勤務した後、 英国・国立医療技術評価機構(NICE)、世界 保健機関(WHO)、東京大学大学院准教 授、国立成育医療研究センター政策科学研 究部長、国連人口基金(UNFPA)アジア太 平洋地域事務所地域アドバイザーなどを歴 任。2025年4月、宝塚市長に就任。

