挑戦を楽しみ、新たな伝統に~松尾佳昭・佐賀県有田町長インタビュー(3)~

佐賀県有田町長 松尾佳昭
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2022/12/21 400年の伝統を強みに~松尾佳昭・佐賀県有田町長インタビュー(1)~
2022/12/23 400年の伝統を強みに~松尾佳昭・佐賀県有田町長インタビュー(2)~
2022/12/27 挑戦を楽しみ、新たな伝統に~松尾佳昭・佐賀県有田町長インタビュー(3)~
2023/01/05 挑戦を楽しみ、新たな伝統に~松尾佳昭・佐賀県有田町長インタビュー(4)~


 

第1回第2回に引き続き、佐賀県有田町の松尾佳昭町長のインタビューをお届けします。

「有田焼と有田町の文化に価値を感じてくれる人は誰か」というマーケットインの発想に基づき、在日外国人向けに伝統文化の体験ツアーを企画するなど、精力的にトップセールスを続ける松尾町長。アイデアの源は、町外での情報収集とネットワーク構築にありました。

今回も、松尾町長の行動力とチャレンジ精神によって実を結んだ取り組みについて伺います。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

ピンチをチャンスに

小田 新型コロナウイルス禍で観光産業が受けた打撃は、伝統工芸や伝統産業の分野にも広がっていると聞きます。そんな中で有田町は、例年約100万人が訪れる大イベント「有田陶器市」(4月29日~5月5日)を、コロナ禍1年目の2020年春からインターネット上で開催し、成功を収めています(写真1)。これは松尾町長の発案だったのでしょうか?

松尾町長 当時はコロナ禍でイベントがことごとく中止になりました。それでも私はぎりぎりまで、陶器市をリアルで開催するつもりでした。なぜなら陶器市に出品する事業者には、そこでの売り上げを運転資金として年間計画を立てるところもあるからです。中止となれば、地場産業にとっては大打撃です。

ところが、いよいよ感染拡大が深刻になり、リアルでの開催がほぼ不可能となりました。ならばネット上で売れないかと考えたのです。そこで「Web有田陶器市」を主催者である商工会議所や、事業者の皆さんに提案しました。

 

(写真1)「Web有田陶器市」の特設サイト(出典:有田町)

 

小田 反応はいかがでしたか?

松尾町長 「ネットでは売れない」という声が圧倒的でした。「焼き物は実際に手に取り、質感や色味を確かめないと売れない」と。

しかし私は、今や何でもネットで購入できる時代になぜ焼き物だけが売れないのかと疑問に思い、説得を続けました。有田町のふるさと納税で、寄付額の52%は有田焼が返礼品となっています。それでも皆さん、なかなか首を縦に振ってはくれませんでした。

 

そんなとき、職員の一人が「Web有田陶器市」で購入された商品の送料を町が負担してはどうか、と提案してくれたのです。

リアル開催時は毎年約100万人が訪れます。それだけ楽しみにしている人たちがいるのですから、場所がネット上になったとしても売れるはずだと。焼き物を届ける代金は町が負担するから、中止を惜しむ方たちにこちらから届けませんかと再度、事業者の方たちに話しました。そこでようやく納得していただき、専用サイトの製作にこぎ着けました。

 

専用サイトは1カ月ほどの短期間で作りましたから、100%の仕上がりではありませんでした。それでも120ほどの出店をいただき、2億5000万円弱を売り上げました。

ちなみにリアル開催では毎年約450店舗が出店し、約10億円ほどの売り上げになります。つまり実質的にはネット上でも、リアルと同じくらい売り上げることができたのです。

 

小田 「焼き物はネットで売れない」という既成概念を覆したのですね。

松尾町長 売り上げを確保できたことが何よりの成果です。

もう一つ得られた波及効果は、事業者の間で「ネットで焼き物を売る」というポートフォリオができたことです。「Web有田陶器市」を行う以前は、ネットに注力していない事業者も多くいました。それが「Web有田陶器市」をきっかけに、意識が変わりました。

第1回で大きく売り上げたのは、しっかりとした自社ホームページ(HP)を持っていたところでした。商品写真のクオリティーやページ構成、文章にこだわったHPを持つ事業者の商品は評価が高く、どんどん売れていきました。その成功例が他の出店者にとっては学びとなりました。

それからというもの、ネット上での見せ方にこだわる事業者が増えました。ふるさと納税のページも事業者が個々に作っていますが、全体的にクオリティーが上がっているので寄付金額も増えています。

 

小田 ふるさと納税にも好影響をもたらしたのですね。

松尾町長 20年の寄付額は約12億円でしたが、21年は約14億円に伸びました。商工会議所の協力もあり、各事業者が情報発信に力を入れたり、ネット上での表現に磨きを掛けたりしています。その積み重ねの結果だと思います。人間国宝の方をはじめとする著名な方々が手掛けた作品を返礼品とできるのも強みです。

 

小田 「Web有田陶器市」は、コロナ禍のピンチをチャンスに変えた模範的な事例だと思います。「焼き物もネットで売れる」という確信はどこからきたのでしょうか?

松尾町長 約20年ほど前に勤めていた会社で、有田焼のインターネット見本市を行ったことがありました。当時は伝統的な焼き物の商慣習に合わず、売れませんでしたが、ネット販売の仕組みは理解したという実感がありました。

そして時代が変わり、ネット上での商取引が一般化したものの、焼き物に関してはいまだ流通が滞っているという感覚がありました。そこにコロナ禍がやってきて、風穴を開けるなら今だと思ったのです。

こんな機会でもなければ「Web有田陶器市」は実現しません。今やらなければ有田は駄目になると、しつこいくらいに皆さんに訴えました。そうしたところ、「町長がそこまで言うのなら」「送料を負担してくれるのなら」という流れになりました。

 

小田 これまでの経験で培った感覚が、ピンチをチャンスに変えたわけですね。

 

近隣市と連携し、「面」で地域振興

小田 有田町は近年、隣接する武雄市、その隣の嬉野市と連携し、3市町で広域的な地域振興に取り組もうとされています。これも意図があってのことでしょうか?

松尾町長 目的は二つあります。

一つは、3市町のそれぞれの強みを生かしつつ、弱みを補完し合うことです。武雄市、嬉野市と連携するきっかけは「GM21ミーティング」と呼ばれる佐賀県の首長が集う会でした。知事と県内10市10町の首長の計21人で意見交換する場です。その中で武雄と嬉野の市長は私と同世代で、将来のまちづくりに対しての考え方も近かったため、連携しようという話になりました。

例えば、有田町は焼き物を見て回るには絶好の地域ですが、宿泊施設が少ないのが弱みです。それに対し、武雄市と嬉野市には温泉が目玉の宿泊施設が多くあります。

ですから日中の買い物や陶芸体験は有田で、夜の食事や宿泊は武雄や嬉野でと、広域で人流をつくることができればと考えました。それぞれの強みを生かし、弱みを補完する連携とはこういうことです。

 

もう一つは、職員交流を活発にすることです。

自治体職員は役場の中だけにとどまっていると、ついついセクショナリズムな思考になりがちです。自分が担当する仕事以外のことは関係ないとする縦割り的な組織にしたくなかったので、3市町の間で特に若手が交流する場を設けています。各市町から6人ずつ派遣し、観光面での仕掛けを共同でつくる取り組みを行いました。

 

小田 とても共感を覚えます。各自治体がセクショナリズムを発揮して国内で競合するよりも、連携して世界と戦う必要があると思います。インバウンド(訪日客)は特にそうです。

松尾町長 全国の1741自治体がそれぞれベストを主張するのは難しいですし、インパクトにも欠けます。これから間違いなく人口減少が進む中、いかに関係人口を増やすかがカギだと考えており、そのための広域連携です。

有田焼を目当てに有田に来た方が武雄や嬉野の温泉宿を利用したり、温泉を目当てに武雄や嬉野に来た方が、ついでに有田の伝統文化や自然に触れたりすれば、それぞれの自治体で関係人口が増えます。地域を「面」で捉えることは重要です。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2022年11月21日号

 


【プロフィール】

佐賀県有田町長・松尾 佳昭(まつお よしあき)

1973年生まれ、佐賀県有田町出身。福岡大法卒。有田焼ブランドメーカー勤務、参院議員秘書などを経て、2006年有田町議選に初当選し、連続3選。18年4月有田町長に就任し、現在2期目。

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