いまなぜ、自治体にカスタマーエクスペリエンス(CX)が大事なのか(2)

株式会社Public dots & Company代表取締役・伊藤大貴

米国では政府方針の主要テーマ

「今こそ自治体はCXを学ぶことで、行政サービスの質を向上できる」
冒頭から聞き慣れない言葉を出してしまいましたが、心配する必要はありません。CX(カスタマーエクスペリエンス・顧客体験)とは何か。近年、マーケティングの世界では商品やサービスを消費者に購入してもらうに当たって、CXの設計の重要性が叫ばれています。今、自治体が直面する市民コミュニケーションの課題を明らかにしつつ、CXが自治体にとってどんな可能性をもたらすのか、これから解説しようと思います。(第1回はこちら)

「市民のため」は「誰」のため?

さて、ここで自治体が提供する行政サービスについて考えてみましょう。子育て、福祉、教育、スポーツ。自治体が提供する行政サービスは多岐にわたります。私自身、10年間横浜市で市議会議員を務めていたこともあり、実感しますが、行政が提供するサービスは「市民のため」を謳いながら、具体的に「どんな市民なのか」という顧客設定(ペルソナ)が基本的には存在しません。結果、誰のためにもならないサービスになってしまっているのが実情と言っていいでしょう。行政サービスにCXを導入する前に、まず、このペルソナを設定するだけでも、自治体が提供する行政サービスの質は格段に向上するはずです。

これを上手に行っている代表的な自治体が、幾つかあります。一つは千葉県流山市。「母になるなら、流山市。」はあまりにも有名なキャッチコピーですが、現市長就任前は、長らく人口が低迷し、高齢化率が上昇している都市でした。つくばエクスプレスの開業という追い風があったとはいえ、「30代の子育て世帯に特化した政策を打ち出す自治体」というブランディングと、実際にそのように政策誘導したことが功を奏し、今では東京近郊のいわゆる勝ち組の自治体となっています。流山市長は2013年8月の「東洋経済オンライン」の取材に、「米国で都市計画のコンサルティングファームで10年以上経験を積み、そこで身に付けた自治体マーケティングを持ち込んだ」と答えています。ひとえに、流山市がペルソナを明確に設定し、そこを狙った政策を数々、実現してきたからこそ、今のポジションを築いたのです。

行政サービス向上に絶大な効果を発揮するCX

ペルソナを設定するだけでも、これだけの効果を出したことを考えると、行政サービス一つひとつにCXを導入できるとすれば、その効果は計り知れません。では、CXはどのようにしたら、設計できるようになるのでしょうか。その具体的な手法が前述した「カスタマージャーニー」です。

カスタマージャーニーとは、「顧客の購入プロセスの見える化」のこと。CXを考える上で、商品やサービスを購入する瞬間だけではなく、購入の前、購入時、購入後の商品体験とアフターサービスが重要であることは前述した通りです。

顧客が商品やサービスの購入に至るまでの、あるいは購入に至った後の、顧客の行動や思考、感情の変化を時間軸に沿ってグラフにし、購入プロセスと意思決定までの物語を「見える化」する手法のことをカスタマージャーニーと呼びます。顧客の行動やその時の心理を時系列に並べ、分かりやすく可視化したものが「カスタマージャーニーマップ」(写真)。

カスタマージャーニーマップを作れると、顧客の行動を深く理解できるようになったり、顧客の目線、顧客の心理に寄り添ったサービス設計・改善が図れるようになったりします。また、施策の立案・検討がスムーズになり、精度も高くなるため、顧客メリットを起点にして部署を横断した認識の統一を図れるのも利点です。組織の縦割りは企業にも存在しますが、カスタマージャーニーマップを準備することで、こうした組織の縦割りを超え、意思決定の迅速化、共有も可能となります。

民間の事例に見るカスタマージャーニーマップの効果

弊社では2019年の夏、某消費財メーカーをクライアントにカスタマージャーニーマップの作成と、それを基にした今後の施策の提案を行いました。その事例を少し紹介しましょう。行政サービスにおけるカスタマージャーニーマップの有効性を少しでも感じてもらえれば、幸いです。

今、マーケティングの世界ではZ世代と呼ばれる層が注目されつつあります。Z世代とはポストミレニアル世代と呼ばれる、1996年から2012年に生まれた世代のことを指します。そろそろ、この世代が社会人となり、可処分所得が高くなることから注目されています。ちなみに、これまでマーケティング業界がターゲットにしていたのは、1981年から1995年に生まれた、現在20代後半から30代後半世代で、その政治観、キャリアの選択、商品選びから購入に至る方法等、すべてが新しかったため注目されていました。

今、その世代交代が起ころうとしている中で、消費財メーカーからPublic dots & Companyにきた注文は、「消費財に対するZ世代のカスタマージャーニーマップの作成と、そこから将来の打ち手を考えたい」というものでした。

2019年8月、都内にある消費財メーカーの本社に20人近い女子大生に集まってもらい、とある消費財のカスタマージャーニーマップを作成するワークショップを実施しました。その消費財を意識したのはいつか、日々の生活の中で、どんな時に認知しているのか。その認知はポジティブな感情なのか、ネガティブな感情なのか、ワークショップを通じて明らかにしていきます。この認知と感情の関係性は非常に重要で、商品やサービスの認知が上がっていたとしても、それがネガティブな感情に紐づいていたら、商品やサービスの購買にはつながりません。従って、ネガティブな感情が生じているところが明らかになれば、そこに対する打ち手も考える必要が出てきます。

半日以上かけてワークショップを行い、その後、作成したカスタマージャーニーマップは大変興味深いものとなりました。まったく彼らが想像していなかった消費行動だったことが分かったからです。女性のZ世代をターゲットにしたところ、その消費財を使って両親と一緒に楽しむ状況をつくってあげることが商品のロイヤルティーを高め、その結果、消費につながる可能性も高めることが浮き彫りになったのです。これは、従来の商品販売戦略ではまったく想定していなかったシチュエーションでした。こうしたデータは、たんに日々の売り上げデータを眺めているだけでは見えてきません。具体的なペルソナを設定し、徹底したヒアリングを行い、そこからカスタマージャーニーマップに落とし込むことで見えてくるのです。

一定の仮説が見えたことで、来年以降の打ち手を消費財メーカーに提案し、基本的には実現に向けて進んでいくことになりそうです。

第3回に続く)

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