前兵庫県豊岡市長/一般社団法人豊岡アートアクション理事長 中貝宗治
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2022/10/11 独自のまちづくりに込められた意図~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(1)~
2022/10/14 独自のまちづくりに込められた意図~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(2)~
2022/10/18 立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(3)~
2022/10/21 立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(4)~
2001年から約20年にわたり、兵庫県豊岡市長を務めた中貝宗治氏。在任中は「コウノトリの野生復帰」を主軸にした環境と経済の両立政策や、演出家の平田オリザ氏を学長に迎えた「芸術文化観光専門職大学」の開校など、独自のまちづくりで注目を浴びました。
前回紹介した京都府与謝野町の山添藤真町長も「非常に参考になった」と述べていました。
2021年4月の市長選で惜敗し、現在は民間の立場からまちづくりに尽力していますが、市長時代に「とがった政策」を推し進めてきた背景には、どのような意図があったのでしょうか。地方創生に対する問題意識と併せて伺いました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)
首長の仕事とは?
小田 中貝さんは、市長時代にコウノトリの野生復帰をシンボルにしたまちづくりを進めるなど、独自の政策に取り組まれました。確固たる政治哲学をお持ちだと思いますが、まずは単刀直入に伺います。「首長の仕事」とは、どのようなものだと考えておられますか?
中貝氏 首長の仕事は大きく二つあります。一つは、住民の日々の暮らしをどう支えるかを考えること。そしてもう一つは、まちという大きな船の方向性、未来のビジョンを定め、それに向かってしっかりとかじ取りすることです。
割合としては、日々の暮らしを支える方に9割の時間を取られますが、それはある種、誰が担っても工夫次第で何とかなる領域です。ところが、まちの方向性については、そうはいきません。戦略のミスは戦術では対処できないといわれますが、そもそもの方向が間違っていたら、その中でどれだけ良いプレーが行われても取り返しがつきません。
ですから、まちという船がどこへ行くべきなのかを決めること、そしてその行く末に責任を負うことが首長の仕事の主たるものだと思います。
小田 豊岡市は「小さな世界都市」というスローガンを掲げています。これは中貝さんが考えられたものですよね?
中貝氏 「小さな世界都市」は「Local & Global City」と英訳していますが、これはまちという船が全体としてどこへ行くべきか、ということに関するアイデアです。「小さな」を「small」でなく「local」と訳したのは、まちが直面している危機と、それに対する私たちの方向性を示したかったからです。
その危機とは人口減少です。人口が減ることで消費は縮小する、公共交通は利用者がいなくなって廃止される、あちこちで統廃合が起きる、そして財政難にもなるというように、あらゆる不具合が起きてきます。こうした危機への対処として「小さな世界都市を目指す」があります。いわば世界に飛び立つということですね。
小田 人口減少を乗り越え、地方創生を行うためのテーマが「小さな世界都市」なのですね。
中貝氏 地方都市における人口減少の最大の要因は、若者の流出です。地元に大学がない、もっと広い世界が見たいといった理由から10代でまちを出て、そのまま帰って来ないケースが大半です。若い人が減れば当然、若い夫婦の数も減ります。
地方の少子化とは、1組の夫婦がもうける子どもの数が減るから起こるのではありません。夫婦の絶対数が減るから起こるのです。都道府県別に見ると唯一、0〜14歳の子どもの数が増加傾向にあるのが東京です。若い人、特に若い女性を引き寄せているからです。出生率が最低の都道府県に女性が集まるので、東京は子どもの数を増やしながら、日本全体では子どもの数は減るというわけです。
つまり、地方創生とは「中央VS地方」の関係で起こる問題です。相手が大都市、とりわけ東京だとすると、地方はとんでもない相手と闘っていることになります。圧倒的な都市の魅力に、日本中の地方が自由競争で負けてきたのです。「高さ」「大きさ」「速さ」といった面では勝負になりません。例えばビルの高さで東京には勝てないですよね。
ならば地方には何があるかというと、「深さ」と「広がり」です。「深さ」とは、地域の自然や歴史、伝統文化に根差したものです。東京と豊岡の自然なら、豊岡の方がよほど「深い」でしょう。歴史の「深さ」も負けてはいません。まだここには勝負になる可能性が残っているわけです。
「広がり」とは、世界とつながるということです。世界の人たちにまちを知ってもらい、継続的に関係を持ってもらえるような状態をつくるのです。例えば豊岡市は「コウノトリの野生復帰プロジェクト」で、ロシアや中国、韓国、そして欧州の研究者や実践家とつながりました。現在はプロジェクトから生まれた「コウノトリ育むお米」が9カ国・地域に輸出されています。
また、兵庫県から譲り受けたホール「城崎大会議館」は、2014年に「アーティスト・イン・レジデンス」(注)の拠点となる「城崎国際アートセンター」としてリニューアルされ、世界中からアーティストが訪れる施設となっています。城崎温泉のインバウンド(訪日客)も堅調で、新型コロナウイルス禍前の19年は外国人旅行客数が約5万1000人に達しました。
このように「深さ」と「広がり」を意識すれば、地方にもチャンスがあります。世界は今でも多様です。ローカルの複合体(マルチローカル)と言えます。その中で、わがまちは世界で輝くほど優れたローカルなのだという姿を見せることが、地方創生のカギだと思っています。そういう意味での「Local & Global City」です。
とはいえ、世界に飛び立つためにはエンジンが必要です。まず、そのエンジンをつくることに市長時代は注力しました。
コウノトリの野生復帰は環境問題のシンボルとして取り組みましたし、インバウンドも日本のお手本といわれるくらいに増えました。演劇のまちづくりは、まちに深みを与え、突き抜けるためのものです。
そしてジェンダーギャップの解消にも注力しました。他の施策がどれだけ優れていても、ジェンダーギャップが根強く残るまちには魅力を感じない方も多いでしょう。ですから、その解消を四つ目のエンジンと位置付けて取り組みました。
言うなれば、いきなり移住者を100人増やすのではなく、魅力的なまちをつくるためにまずは創造性に富んだ10人を増やす、そして魅力的になったまちに人が引き寄せられ、最終的に100人が集まるという作戦でした。その旗印が「Local & Global City」だったのです。
注=アーティストを一定期間、地域に招聘し、芸術活動の環境を提供する事業。アーティストが日常とは異なる環境で、さまざまな国や地域、文化的バックグラウンドを持つ人々と交流することで、インスピレーションを得ることを目的とする。
結論と論理を伝える
小田 市長時代に取り組まれた施策がどのようにつながっているのか、よく理解できました。では、そうした施策を現場に浸透させていくとき、あるいはまちという船が目指す方向に動いているかを確認するときに、気を付けていた点を教えてください。
中貝氏 アンテナをできるだけ高く張り、ダイレクトに情報を得るよう努力することです。つまり、できる限り現場や外の人の声を聴くことです。
市町村の仕事は事前にルールが決まっていることがほとんどなので、職員の責任の原理は「ルールに従っているかどうか」です。結果がどうであれ、ルール通りに行動したことを証明できれば責任を免れるわけです。
このルールが柔軟に作られていたり、現場に合うようにできていたりすればよいのですが、現場を知らない人たちが作ることも多いですから、実情に合わない場合も多々あります。もしくは最初は合っていたけれども、状況が変わって合わなくなったルール、そして目的意識が抜け、ただのルーチンと化してしまったルールなども時間がたつと出てきます。
それらをいち早くキャッチし、再び血の通ったルールにするためには、現場の声を聴き続けるほかありません。
ルールを変える必要があるのか、解釈を変える必要があるのか。時にはトップダウンで指示することもありますし、職員に考えさせて変えていく方法もあります。
小田 そこまで現場を細かく見ていらっしゃったとは驚きです。個人的には、首長はビジョンを示すことが役割で、細かい部分は現場に任せるものだとイメージしていました。
中貝氏 もちろん、手を動かすことは職員にしてもらいます。ただし最初のビジョンというのは、大枠のアイデアだけがある状態です。それを具体的にどう実現するのか、中身を詰めるところは職員だけではなかなか難しいのです。ですから一緒に考えたり、外部人材の知恵を借りたりしながら具体化することになります。
特に、優れた能力やアイデアを持つ方とつながるスキルは、とても重要です。このように、あらゆる知見を借りて出来上がった具体案も、最後にもう一度精査する必要があります。ビジョンを打ち立てた当初の思いが反映されているのかを確かめるためです。
枝葉の違いで台無しになることはよくあります。ですから市長時代は各施策の具体案について、かなり神経を研ぎ澄ませながら確認していました。
小田 職員への伝え方について、意識されていたことはあるのでしょうか?
中貝氏 結論だけを伝えるのではなく、そこに至る論理を伝えることです。なぜこれをやるのか、何を目指しているのかという目的と、その結果どういうことが起きるか。「意味を伝える」ことを相当意識しました。ですから、やりとりの量もかなり多かったと思います。日々の業務に関する協議はもちろん、議会の答弁調整もそうです。かなり時間をかけて話し合いました。
(第2回に続く)
【プロフィール】
前兵庫県豊岡市長/一般社団法人豊岡アートアクション理事長・中貝 宗治(なかがい むねはる)
1954年生まれ。京大法卒。78年兵庫県に入庁。91年同県議。2001年7月から21年4月まで同県豊岡市長。「深さを持った演劇のまちづくり」を進めるため、21年6月一般社団法人豊岡アートアクションを設立し、理事長に就任。