コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション
有権者の意識変化に、地方自治体はどう応えるべきか
滋賀県日野町長
堀江 和博
2020/10/13 コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション(前編)
2020/10/15 コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション(後編)
コロナ禍は選挙結果に影響したのか
新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの社会生活において広範囲にわたりさまざまな影響を与えています。本稿での私の最初の問いは「新型コロナウイルスは、選挙結果にどれほどの影響を与えているのか」というものです。選挙は、私たち国民が政治に参加し、主権者としてその意思を政治に反映させることのできる最も重要かつ基本的な機会です。もしも選挙結果に何らかの影響を確認できるのであれば、それは新型コロナウイルスの感染拡大によって有権者の投票心理や投票行動に変化があったことを示しています。そして、それは政治や行政に対する有権者の見る目が変わりつつあることを示しているのかもしれません。
本稿では、新型コロナウイルスの感染拡大やそれに伴う社会変化が「選挙結果にどれほど影響を与えているのか」を基本的な問い掛けとして設定します。前編では、実際の選挙結果を分析した後、その要因について考察を加えてみたいと思います。
そして、本稿の後編では、仮に新型コロナウイルス感染拡大が有権者に影響を与えているとした場合、政治や行政に携わる者は、住民らとどのようなコミュニケーションをとるべきなのか考えてみたいと思います。選挙結果に変化があるということは、住民が政治や行政に求めるものに変化があることを示しています。それは何なのか、我々は住民とどのように向き合っていけばいいのかについて、まとめたいと思います。
全国の首長選挙の結果分析
今回、分析の対象とした選挙ですが、有権者の意思が明確に反映される首長選挙(知事・市区町村長選挙)を対象としました。比較する時期ですが、日本全国に多大な影響を及ぼした「全国小中学校の臨時休校(3月1日)」を境目として(実際の休校は同2日から)、それ以前の約半年間(2019年8月1日〜2020年2月末日まで)と、それ以後の約半年間(2020年3月1日〜8月16日まで)の選挙結果を比較します。比較がしやすいように、両者の自治体数が近くなるように設定しています。なお、選挙結果に関するデータについては「選挙ドットコム」ウェブサイトの選挙スケジュールを閲覧し、筆者が集計しました。
(1)投票率は低下する傾向
一つ目に分かったことは、全体的に「投票率が低下」しているということです。資料1にあるように、おおよそ8割の自治体で投票率が低下したことが分かりました。理由として考えられるのは、新型コロナウイルスの感染を恐れ、投票所に足を運ぶことを自粛した有権者が多かったこと、また、感染対策により個人演説会や街頭演説など大人数を集める選挙活動が制限されてしまったことで、有権者の間で選挙が盛り上がらなかったことが考えられます。
また、今回投票率が低下した自治体の中には、20%以上の大幅な低下をした自治体も確認できました。資料2にあるように、富山県魚津市では25%も下落しました。このような大幅な下落は、筆者自身もあまり見たことがありません。理由としては、前述したような外出の自粛などのほかに、選挙が実施されたものの、相手候補が泡沫候補であり結果が明らかな選挙であるなどの条件が重なり、このような大幅な下落につながってしまったことが考えられます。
(2)無投票の割合はほぼ変化なし
二つ目に分かったことは、新型コロナウイルス感染拡大によって必ずしも「無投票選挙が増加するわけではない」ということです。私自身は、感染拡大による社会不安が広がることにより、現職有利の情勢や選挙戦を忌避する傾向が表れているのではないかと考えていました。しかしながら、資料3のように、ほとんど両者に差は見られませんでした。
(3)新人の勝率が増加
分析で三つ目に分かったことは、現職対新人の直接対決となった選挙では、「新人」の勝率が増加しているということです。これは興味深い結果でした。私自身は、感染拡大による社会不安が広がることにより、現職有利の情勢が選挙結果に表れているのではないかと考えていました。しかしながら、資料4のように、新人の勝率が増加していることが分かりました。
この結果について、仮に、新型コロナウイルス感染拡大が新人の勝利に有利に働いたとするのであれば、どのような理由からでしょうか。感染対策への不満が現職への逆風となったことや、新型コロナウイルスによる社会変化が新たな時代の到来として新人に対する期待につながったことなどが考えられます。もちろん、依然現職の勝利が圧倒的に多いことに変わりはありませんが、選挙結果に一定の影響を与えていると言ってもいいのではないでしょうか。
選挙結果が示す住民の意識変化
以上の分析は、私が単純に集計しただけですので、精緻な分析は今後の研究に期待したいと思います。ただ、多少なりとも違いを見いだすことができるというのは、住民の投票行動に変化が生じていることを意味しています。それはつまり、政治や行政に対する住民の意識変化や評価する視点に変化が生じているとも言えます。
コロナ禍は、住民にとって「政治や行政をより身近なものにした」と言えます。これほどまでに、政府や自治体の政策・施策によって、自身の日常生活が影響されることがあったでしょうか。また、これほどまでに、各種メディアに政府のみならず自治体首長が報道されることがあったでしょうか。
確かに、感染の不安から投票率は低下しましたが、その中でも大幅に投票率が上昇した自治体(東京都目黒区など)も見られました。
この点について、早稲田大の遠藤晶久准教授は「今ほど『政治によって生活が変わる』ということを実感できるときはない。しっかりとした対抗馬がいる場合、有権者は『今回は投票した方がいい』となる。一方、そうでない場合には、『リスクを冒してまで投票に行く必要はない』と考える人が多かった。これが、投票率の二極化につながっているのでは」(注1)と述べています。
これは投票率の増減にかかわらず、住民は選挙に対して「投票に行くべきか、行かざるべきか」を判断しており、冷静に状況を分析していると言えます。投票率が低いからといって、単純に選挙に興味がないわけではないのです。その観点からすると、これほどまでに政治や行政の一挙手一投足が、住民に注目されることはなかったのかもしれません。
注1=「コロナで相次ぐ『最低投票率』の中に見た希望」(東洋経済オンライン記事2020年4月26日)
(後編へつづく)
プロフィール
堀江 和博(ほりえ・かずひろ)
滋賀県日野町長
1984年生まれ。滋賀県日野町出身。立命館大学政策科学部卒業、京都大学公共政策大学院修了。民間企業や日野町議会議員(2期)を経て、2020年7月、日野町長に就任(滋賀県内最年少首長)。