偏りに対し「問いを投げ掛ける存在」に~栁田清二・長野県佐久市長インタビュー(4)~

長野県佐久市長・栁田清二
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子

 

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今後5年で市の正規職員を50人増員

小田 佐久市は今後5年で市の正規職員を段階的に50人増やす方針を打ち出しました。全国的に公務員の人件費削減の流れがある中で、かなり思い切った決断だと思います。背景にある課題や決断に至った経緯をお話しいただけますか?

栁田市長 市長という立場を頂くと、幾つもの組織の長を兼任することになります。例えば、広域連合のトップや振興公社の理事長などです。そうやって幾つもの組織を見ていくと、どこも次々に離職者が現れていることが分かりました。

しかしたった一つだけ、15年以上も希望退職者が出ていない組織がありました。佐久水道企業団です。この組織に途中退職者がいない理由を分析してみたところ、ほとんど残業がないという答えに行き着きました。

実際に職員に話を聞いてみたところ「残業代による収入アップよりも、毎日午後5時半に帰って自分の時間を大切にしたい」という声がほとんどでした。このとき私は、ワーク・ライフ・バランスが人の心や働き方に大きく影響を与えることを実感しました。

市役所内に目を向けると、どの部課も残業続きでハードワークをこなしていました。これまでの佐久市は平成の大合併を機に、職員数を削減し続けてきました。そのしわ寄せが現在の職員にのしかかっていたのです。これはどうにかしなければと思いました。

 

小田 増員数の目標である50人という数字は市長が決められたのですか?

栁田市長 私が決めたのではありません。意図と方針を伝えて、総務部長に検討を指示しました。その結果が、5年で50人増となりました。ですからそれを目標数に掲げることにしました。

これから日本全体の人口がどんどん減少する中で、今のような職員負担が続けば、働く場所として役所が選ばれなくなる可能性があります。その事態を避けるには、残業のない働きやすい環境を今からつくる必要があります。この意図を総務部長に伝えました。私は報告された数字「50人増員」を私の責任で決定しました。

 

小田 多くの自治体が職員のリソース不足で苦しい状況が続く中、栁田市長の英断は大きなインパクトがあります。

栁田市長 行政DX(デジタルトランスフォーメーション)で職員のリソース不足を埋めようとする動きが主流ですが、個人的にはDXが進んだとしても、現場の苦しさはそこまで変わらないのではないかと思っています。

 

小田 一見すると、時代の流れに逆行するような方針です。今回の決断に対して周囲の反応はいかがでしたか?

栁田市長 50人の正規職員を増やすとなると、財政的にはかなりの負担増になります。その点について議会から言及がありました。JR佐久平駅の拡大による税収アップが見込まれるため、そこでカバーをします。

 

佐久平駅周辺地区に隣接する約21ヘクタールの開発後のイメージ

 

小田 公務員の数を削減し続ける動きはどこかでストップすべきだと思っていました。今回の佐久市の方針が他の自治体にも影響を与えそうですね。

栁田市長 私の責任ですが、職員の皆さんが出した「50人」は、固く守っていきたいと思います。

私は、上司というものは部下を査定する存在ではなく、査定を受ける存在だと思っています。本当に市民のためを思うなら、行政サービスを提供する役所自体の環境を良くする必要があります。職員が疲弊する様子を見て見ぬふりして問題を先延ばしにしたとして、誰がそんな上司の指示を聞こうと思うでしょうか。庁内では私の方が試されていると思います。

 

なぜ、政治の世界にいるのか

小田 今回のインタビューでは、栁田市長の言葉の強さを端々から感じました。最後に、今後の展望についてお聞かせください。

栁田市長 私は政治の世界にできるだけ長くいたいと思っています。その理由は、軍事大国化していく風潮にブレーキをかける存在でいたいからです。これは地方自治体の首長という立場からもできると思います。とにかく発言ができるポジションにいることが大切だと考えています。

大東亜戦争終戦から79年が経ちましたが、私はあの戦争は総じて間違いだったと思っています。当時の時代背景や個々の事情を細かく見ると、どこで間違えたかを見出すことは容易ではありません。しかし、実際に国内では310万人もの命がが失われました。そして負けました。日本人の大切な部分も失われたとの指摘もあります。これを正しいと言ってしまったら、同じことがまた起こるでしょう。決して繰り返してはならない歴史です。

かつて戦争経験者が為政者でいた時代は、知らず知らずと政治にブレーキがかかっていました。今はどうでしょう、そのブレーキが緩んできているように感じます。現実問題として、国際紛争に備えなければならない状況であることはよく理解しています。けれども、それだけでいいのでしょうか。私はこのように、「問いを投げ掛ける存在」であることが役割だと思っています。

 

小田 地方自治の枠を超えて、地球全体の平和のために貢献しようと考えていらっしゃるのですね。

栁田市長 頭山満という国家主義運動家の「世の中は、寄り合い船のようなものだ。偏りは転覆を招く。言論というものは、右を張る者がいたら左を張る者もいなければならない。これを中庸と言う」という言葉があります。今の社会は偏りがあると思います。インターネットによるエコーチェンバー(SNSで自分と似た意見ばかりを見聞きして特定の意見や思想が増幅する状況)やフィルターバブル(自分の価値観の中に孤立する情報環境)の影響も大きいです。

こうした偏りに対し、中庸の立場を取る発言をし続けたいと思います。地方自治体の首長は、皆そういう存在であってほしいと思います。

 

【編集後記】

栁田市長の芯の強さはどこから来るものなのか? 探りながらのインタビューでしたが、最後におっしゃった「政治家である理由」の中に答えがあるように感じました。大きな潮流の中でも現実をよく観察し、偏らずに本質を捉え続ける行いは生半可な精神ではできません。日々の行政運営を通じて、常に中庸の在り方を実践されているのでしょう。今後の取り組みや発言にも注目です。

 

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年10月7日号

 


【プロフィール】

長野県佐久市柳田市長プロフィール写真栁田 清二(やなぎだ・せいじ)

1969年生まれ。中央大経済学部卒。井出正一・元厚生相秘書を務めた後、佐久市議会議員(1期)、長野県議会議員(3期)を経て2009年4月に佐久市長に就任。現在4期目。

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