デジタル変革の展望
これまでに触れてきたように、デジタル化を推進するに当たっては、意識、人材、組織の面から課題があります。以下、それらの課題についての解決策も含めた展望を考察します。
意識の課題への展望
意識の課題に対する展望は、一義的には啓発活動です。この連載で触れてきたようなデジタル変革の意義・必要性やデジタル化とICT化の違いを、職員への研修や適切な情報提供により共有していくことが重要になります。
現在、テクノロジーについて先進的な取り組みを進めているといわれている自治体でも、そこに関係する部署の職員の意識化は図られている一方で、その部署以外の職員は旧来のままであるということも少なくありません。組織全体としてのデジタル変革への意識化にばらつきがあると、先進的に導入したデジタル化が機能しない事態にもなりかねません。
さらに具体的な取り組みの第一歩としては、職員全員がマイナンバーカードを取得することを意識化の数値目標とすることは明確で効果的です。デジタル変革の前提条件として、マイナンバーカードのような個人認証ツールは不可欠であり、その意識を持たない限り、マイナンバーカードの取得という行動には繋がりづらいためです。
人材の課題への展望
人材の課題への展望は、人材育成です。例えば、日本マイクロソフトは9月24日に、政府機関・自治体などを対象に、デジタル変革を推進する「デジタル・ガバメント統括本部(DG統括本部)」を新設することを明らかにしました。その中でデジタル人材の育成とそれを差配するCDOの必要性についても触れられたとされています。大手ベンダー企業の目から見ても、日本の自治体におけるデジタル人材の不足は深刻との認識があるようです。
組織の内部の人材にテクノロジーの知見を持たせるのか、外部のテクノロジーに明るい人材に行政の知見を持たせるのか、育成の仕方はさまざまですが、人材育成は官民の垣根を越えて、連携をしながら行っていくことが重要です。
組織の課題への展望
組織の課題への展望は、トップの決断です。自治体のトップは首長ですから、基礎自治体であれば市町村長、広域自治体であれば都道府県知事がCDOといったデジタル変革を推進できる人材の採用を決断し、適切な役職と権限を付与することです。
例えば、東京都は、9月10日の都議会本会議で、元ヤフー社長で、都の参与だった宮坂学氏を新しい副知事に選任しました。東京都には4人の副知事がいますが、他の3人の職員が都職員からの人事であるのに対して、宮坂氏は民間IT企業出身でその担当として明確にデジタル変革を期待されての就任です。つまり、実質的なCDOの役割を役職と権限で付与したことになります。これは小池百合子知事の決断によるものです。
今後はデジタル変革を目的とした役職が、首長の決断によって設置されることも増えていくのではないかと強く期待しています。
最後に
デジタル変革の意義、課題と展望について述べてきました。
日本は戦後から高度経済成長期にかけて、ものづくりで成長を遂げた電子立国であると自他共に認めるまでになりました。しかし、過去の成功体験に固執するあまりに、バブル経済崩壊後の平成期、日本は産業構造の転換に大きく失敗しました。大企業も、過去の遺産を食いつぶす経営では展望がないことには既に気付き始めており、お尻に火が付く形でデジタル変革に試行錯誤をしているというのが実際のところです。
自治体の抱える課題を解決し、より多くの住民が自分らしく幸せに生きられる社会をつくっていくためには、住民による共創とそれを手段として支えるテクノロジーが必要不可欠であると考えます。
政府は2018年11月、デジタル活用共生社会実現会議を設置し、誰もが自分らしく生きる共生社会をテクノロジーの活用によって実現していくことについて議論してきました。座長には、「日本のインターネットの父」とも呼ばれる村井純慶應義塾大環境情報学部教授を迎えています。つまり、共生社会という一見するとテクノロジーに関係のなさそうな目的の会議の座長に、テクノロジーの大家を充てる点に政府の強い意志を感じます。
従って、公に関わる者は、デジタル変革が時代の流れであるということ、誰もがデジタルに関する最低限の知見を持つこと、そしてそれが住民福祉の向上に重要な要素であることを認識することが、自治体のデジタル変革を推進する上で非常に大切であると考えます。
(株式会社Public dots & Company取締役(介護福祉士)福島県磐梯町CDO(最高デジタル責任者)一般社団法人Publitech代表理事・菅原直敏)