人口増加自治体ならではの課題とは~荒木義行・熊本県合志市長インタビュー(2)~

熊本県合志市長 荒木義行
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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2023/03/23 目指すは「健康幸福都市」~荒木義行・熊本県合志市長インタビュー(4)

TSMC誘致と都市計画

小田 市議会の議事録などを拝見すると、渋滞問題は大きな悩みの一つとなっているようですね。

荒木市長 国道や県道といった主要幹線道路では、朝夕に慢性的な渋滞が発生します。人の往来や物流の停滞は大きな経済損失を招きますから、車線を増やすといった対応を国や県に要請しています。一方で人口増に伴い、地域の開発も並行して進めていきたいのですが、特に市街化調整区域が市の9割を占めており、柔軟なまちづくりができないことは痛手です。

 

小田 市街化調整区域の規制緩和を求める理由は、隣接する菊陽町にTSMCの工場進出が予定されているからでしょうか?

荒木市長 はい。2024年の操業開始に向け、菊陽町ではTSMCの新工場の建設が進んでいます。これに伴い合志市でも、さらなる人口増が見込まれます。企業進出の受け皿づくりを速やかに進める必要がありますが、市街化調整区域の規制によって難航している状態です(図2)。

実際に、TSMCの操業に合わせて進出を検討した企業の多くが、その規制により進出を断念しました。開発が許されている1割の市街化区域は、熊本市に隣接したエリアです。その外側が市街化調整区域となっています。

先ほど、市街化区域に人口が集中していると述べましたが、その分布のアンバランスさから暮らしの利便性に地域間格差が生じています。

加えて、合志市は2町が合併して誕生したまちです。合併の結果、市の中心部に国有地や県有地が配置されるような形になりました。この国有地や県有地にも配慮しつつ、まちづくりを進める必要があります。悩みどころが非常に多いのです。

 

図2 土地利用計画の構想図(出典:合志市総合計画第2次基本構想第2期基本計画)

 

小田 県の都市計画区域マスタープランによると、次の見直しは25年です。現在の企業進出トレンドからすると、それまで待つのは時間的にかなり厳しいのではないでしょうか?

荒木市長 その通りです。そこで県と共に、市街化調整区域の規制緩和を国に要請しています。どのエリアに住んでいても、生活や行政サービスの質に差がないまちづくりをしたいと訴えていますが、現状では厳しい回答が返ってきています。TSMCの誘致は国のプロジェクトですから、それによって集まる人口の受け皿づくりにも関与していただきたいのが本音です。

 

小田 TSMCの誘致は国策と言えるので、国から支援があるものだと思っていました。

荒木市長 現状で、TSMCの誘致に伴うまちづくりの構想やプロジェクトは、地元自治体だけで進めているものも少なくありません。国にとって、世界的な半導体企業を誘致することは一番の課題だったはずです。それがクリアされて以降、インフラや教育・医療環境の整備といった情報が近隣自治体に十分には伝わっていません。

TSMC側にも不安の声はあるでしょう。工場ができたのはいいが、住まいは確保されるのか。他県や台湾から移住して来た子どもたちに対する教育環境は整っているのか。公共交通は拡充されるのか。都市部からの移住者が久々にハンドルを握る中、安全にマイカーを運転できる道路環境は整うのか。

このように、生活インフラに関する悩みや不安の声が企業側から上がっているものの、整備するお金と時間が足りないのが現状です。

 

横串を通したまちづくりへ

小田 TSMCのような規模の企業を誘致することは、国にとっても初の挑戦です。生活インフラを含めた設計には不慣れなのかもしれません。

荒木市長 企業誘致は「まちをつくり、そこに工場を誘致する」という考え方です。台湾にあるTSMCの五つの工場の周辺には住まいがあり、病院や学校が充実していて、もちろんスーパーもあります。米アリゾナ州にも新工場を建設中ですが、そこも同じく、まちが同時並行的につくられています。

新工場が完成したらスムーズに操業を始められるよう、まずは衣食住が足りている状態をつくる。この発想は当然だと思います。

現状で合志市は、先ほど述べた土地の開発制限のほかに、教員不足という問題を抱えています。正規の教員が足りていないので、嘱託や臨時採用で来ていただいている状態です。これから台湾の子どもたちが市にやって来ることに備え、中国語(北京語)にたけた指導者の確保も急がれます。

経済産業省はTSMCの誘致に関する予算措置に注力していますが、ぜひ地元の県や市町と連携し、大規模工場を核としたまちづくりを進めていただければと思います。それが国内で今後、同様の大規模工場を誘致する際のノウハウや経験になるはずです。

 

小田 半導体は戦略物資です。その生産を国内で行えるようにすることは、経済安全保障政策につながります。体制を磐石にするためにも国と県、市町の連携が望まれます。

荒木市長 あるいは、早くから特区制度を使うべきだったのではないかと思います。道路行政にしても土地の整理にしても、特区であれば自由度が増します。これが的を射た意見かどうかは分かりませんが、利害調整が生まれやすい縦割りの状態で、このような大きなプロジェクトを進めていくのは困難が多いと感じます。

 

小田 「大規模工場を誘致し、人口増を目指す」という政策を打ち出す人口減少自治体もありますが、それが実現した合志市は、人口増加自治体ならではの課題を抱えているのですね。

荒木市長 商工業の振興という観点では企業を誘致したい、しかし農政の観点からは農地を守りたい、そのせめぎ合いのしわ寄せのような形で渋滞が起きており、それを道路行政で何とかしなければならないという状態です。このまま縦割りを続けていては解決になりませんから、横串を通そうと働き掛けを行っています。ここ数カ月で、ようやくその兆しが見えるようになってきました。

何しろTSMCの国内誘致は国、県、市町にとって初の試みです。誰かに落ち度があるという話ではありません。大切なのは、誰もが健やかに暮らせるまちにすることです。そのために協力し、この難局を乗り越えていきましょうということを伝えたいです。

 

小田 今回、急激な人口増が都市経営に及ぼす影響を知ることができました。人口と税収の増加は多くの自治体が目指すところですが、それが達成されたことで新たな課題が生まれることもあります。とりわけ合志市の場合は、国のプロジェクトであるTSMC誘致の受け皿づくりを早急に進める必要があり、荒木市長をはじめとする現場の皆さんの努力と苦労をうかがい知ることができました。「誰もが健やかに暮らせるまち」となるよう、国と県、市町の垣根を越えた柔軟な連携と、最上の折衷案が望まれます。

次回は、まちづくりの基本方針や基幹産業の振興を巡る施策について伺います。

 

第3回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年1月30日号

 


【プロフィール】

熊本県合志市長・荒木 義行  (あらき よしゆき)

1958年生まれ。警視庁警察官を経て、86年7月国会議員秘書。95年4月から熊本県議を務め、2010年4月同県合志市長に就任。現在4期目。

 

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