目指すは「健康幸福都市」~荒木義行・熊本県合志市長インタビュー(4)~

熊本県合志市長 荒木義行
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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農商工連携と医福食農連携

小田 農業に関しては、具体的にどのような取り組みを進めているのでしょうか?

荒木市長 市の総合計画で農業を中心としたまちづくりを宣言し、後継者の育成や経営力の強化、関係機関との連携強化などを通じ、その振興に取り組んできました。また、医療・福祉や食品の分野で成長が見込まれるバイオ産業を、農業の研究機関が集積する地域に誘致し、農商工連携や医福食農連携を進めてきました。

その中で大きなテーマの一つに「稼げる農業の推進」があります。民間企業の資金力やノウハウも活用しながら農産物の6次産業化やブランド化を図り、農業者の安定した所得向上につなげていこうとするものです。バイオ産業との連携ですから、健康・栄養食品の開発に注力しています。

 

小田 農業は経営力の強化や後継者の育成など、課題が山積する産業分野です。合志市では、どのような課題が背景にあったのでしょうか?

荒木市長 農業者の経営観念です。市場の原理を知っていて、より利益の上がる経営を意識する農業者は多くありません。「利益が出る」と耳にした作物を皆が一斉に栽培し、一斉に市場に出すものですから価格は当然、上がりません。しかし、多くの農業者がそれを繰り返してしまうのです。

必要なのは民間企業の経営ノウハウです。官と農だけでは手薄な「市場参入の見極め」や「利益体質への転換」といったノウハウを、民間企業と連携して補うことで、合志市の農業が高利益、高付加価値に向かうようにという狙いがあります。

 

小田 後継者問題は、いかがですか?

荒木市長 もちろん後継者がいないという問題を抱える農業者もいます。しかし課題に優先順位を付けるなら、まずは利益体質への転換です。既に経営が安定している農業者に対しては、後継者育成に関する支援を行うように進めています。合志市の場合、酪農家やスイカ農家が該当します。

 

小田 農業者の状況に合わせ、支援する内容を調整しているのですね。

荒木市長 「農家を守る」と「農地を守る」の順番を間違えてはならないと考えています。基幹産業である農業の振興を目的にするなら「農家を守る」が主です。

農地の有効活用という観点で捉えると、地元の農業者は不要になります。農地の使用権利を企業が持ち、その経営力をもって運営すればいいのですから。しかし市が目指すのは、地元の農業者が持続的かつ安定的な経営を行うことです。だから農家と農地はセットなのです。

私としては、最終的に農業者が植物工場を持つところまで実現できればと考えています。そうすれば365日、天候に左右されず、安定的に作物を市場に提供できます。

現在は露地栽培が主ですが、限界があります。台風などの自然災害で被害を受けたり、何年も同じ作物を作ることで土が痩せ、病害虫が広がりやすくなったりするからです。農業者の権利として農地は所有しつつも、将来的には露地栽培だけに頼らない生産体制が築ければと考えています。

 

小田 地元の農業者が農商工連携や医福食農連携を活用し、露地栽培と植物工場を併用する姿をぜひ見てみたいですね。

荒木市長 これからの農産物は、ブランドをつくるプロセスが大事だと思っています。今まで、数々の農産物ブランドが生まれては消えていく事例を数多く見てきました。

その原因の多くは、連携していた企業の撤退です。生産者と企業でプロジェクトを立ち上げ、ブランドをつくったはいいが、企業が撤退した途端に市場価格が落ちたり、ブランドそのものがなくなったりしました。出来上がったものをブランド化すると、このような事態が起こり得ます。これでは一向に事業の継続性が高まりませんし、農業者も守れません。

私がこれから実現したいのは「縁の下の力持ちチームのブランド化」です。実は一つのブランドをつくり上げるためには、水面下で非常に多くの方々の力添えがあります。この方々、つまりブランド化の支援チーム自体をブランドにしたいのです。

そのために現在、50余りの企業や大学と包括連携協定を結んでいます。このネットワークの中にアイデアを投げ、賛同して集まって来た方たちとグループでプロジェクトを生成する。そうすることで、農業者を守りながら農産物のブランド化が実現できると思っています。

 

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将来に負債を残さない

小田 荒木市長にとって理想の自治体運営の姿とは、どのようなものでしょうか?

荒木市長 将来に負担を残すことなく、福祉や教育が充実したまちづくりをすることです。言葉にすると至極、当然のことかもしれませんが、税収を伸ばし、財源を確保するのは容易ではありません。大胆な政策を打ち出し、予算を投下することも悪いとは言いませんが、私はあくまでも「身の丈」の考え方が大切だと思っています。

自分たちのできる範囲で、将来に負債を残さないよう、責任を持って取り組んでいく。できる範囲を超えているが、それでも目指したいものがあるなら、それは近隣自治体との広域連携で力を合わせて取り組むのが、今の時代に合っているのではないかと思います。

 

小田 地域住民にはさまざまな立場の人がいて、それぞれ意見を持っています。それらをまとめ上げて一つの方向に導くことは、いつの時代も民主主義の核であり、同時に難しさでもあります。

荒木市長 首長は、最終的には「自分が責任を取る」という覚悟で決断しなければなりません。私も一人の人間です。自分で決断を下して実行した施策に対し、評価を頂く一方で苦言を頂いたときには気落ちすることもあります。視点が変われば評価が変わるということを、市長の立場で勉強する日々です。

いつも考えているのは「この施策で喜ぶ方もいれば、不満を持つ方もいる」ということです。その点を踏まえつつも、できる限り多くの市民に恩恵がある施策を実行していきたいと思っています。「合志市に住み続けたい」「合志市で働きたい」「合志市で一生を終えたい」。そんなふうに思ってくださる方が増えるようなまちづくりを、気概を胸に秘めながら、これからも推進していくつもりです。

 

【編集後記】

「六つの健康」を実現するという市政の基本方針には、荒木市長の首長としての経験が集約されているように感じました。今後、広域連携や産官学連携による共創的なまちづくりを通じ、実現を目指していくことになるのでしょう。合志市の「健康」が「健幸」に発展していく姿を見守りたいと思います。

 

(おわり)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年2月6日号

 


【プロフィール】

熊本県合志市長・荒木 義行  (あらき よしゆき)

1958年生まれ。警視庁警察官を経て、86年7月国会議員秘書。95年4月から熊本県議を務め、2010年4月同県合志市長に就任。現在4期目。

 

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